司令部にて
移動してきた軍の司令部は、大学の大講堂に設置されていた。
普段は大学生達が勉強したり、駄弁ったり、寝こけているであろう講堂も、今は軍人達が青ざめ、冷や汗を浮かべながら右往左往している。
黒板に貼られたマンハッタンの地図には幾つものバツマークが書き込まれ、現在進行形で矢印も書き込まれていく。おそらく、敵の侵攻ルートだ。
それによると、敵はセントラルパークを完全に占領して、そこから数ブロック先で止まっている。
その場所でなんとか侵攻を食い止めているのだろう。
数ある無線からは、激闘の音が流れている。
銃声。砲撃。雄叫び。
今この瞬間にも、戦っている人がいることを実感させられる。彼らが倒れれば、この大学や周辺にいる人々にも危険が及ぶ。
彼らに頑張ってほしいと思うと同時に、自分も飛び出していきたいとも思う。
だが、今回の敵は自分一人が飛び込んでどうこうなるような相手ではない。雑兵の十人や二十人を倒すのは簡単だが、それで事態は収まらないし、進まない。
なんとももどかしいが、こればかりはどうしようもない。
やるべきは味方と足並みを揃え、徹底的に敵を潰すこと。それ以外の選択肢はない。
「ISSの皆さんですね」
俺達を出迎えたのは、頬に組織液と血が滲んだガーゼを貼った陸軍中佐だった。微かに香る軟膏の臭いから、彼の怪我が火傷だと推察する。
そして、自分の肩書を臨時の司令官だと名乗った。
軽いとはいえ顔面に火傷を負った人間に司令官の任を与えているあたり、セントラルパークの爆破によって多くの将兵を失ったのか、現場はかなり切羽詰まっているようだ。
そんな彼もかなり疲れているようで、声のトーンも低く、目の下に濃いクマがある。
「先程、海兵隊の出動が決定しました。明日の日の入りに到着します」
「……海兵隊」
アメリカ海兵隊。海外での武力行使を前提に設立された、闘争専門の軍部隊で「殴り込み部隊」とも称される。給仕のコックから、会計部門の人間に至るまでライフルマンの訓練を受けている、バチバチの戦闘部隊だ。
このような事態にはピッタリかもしれないが、本土防衛が主任務じゃない部隊を引っ張り出すあたり、国のお偉方も中々追い詰められているらしい。もっとも、陸軍から離反者が出ているので、別の組織を出すのは合理的とも言えるが。
「それからすぐに、海軍と協力して反攻に転じます」
「作戦は?」
「それは、今から説明します。……こちらへ」
火傷の中佐は、俺達を大きな机の前に案内する。その机には、黒板に貼ってあるのとは別のマンハッタンの地図があった。
反攻作戦図のようで、どことなく見覚えのある駒やチップが配置されている。
「明後日の〇五○○に、セントラルパークなど敵が多くいる施設にハイマースとMLRSによるミサイル攻撃を仕掛けます。そして、それと同時にイースト川河口付近を海兵隊の攻撃ヘリが掃射し、安全を確保してから、そこに上陸します。ISSの皆さんは、この上陸部隊に編成されます」
「よく、そんな作戦、市当局が許しましたね」
同僚の一人が口を挟む。
「……市としても、さっさとこの事態を収めたいんでしょうな。それに、州政府からも圧力もあったようですし。ビルを崩壊させなければ、何をしても構わないと」
いくらアメリカのビルといえど、ミサイルの一発や二発では崩壊しない。それこそ飛行機が突っ込んで爆発するか、支柱に爆弾でも仕掛けられていれば話は別だが。
「湾に海軍のワスプ級とホイッドビー・アイランド級の揚陸艦が来ますんで、そこからAAV7とエア・クッション型揚陸艇を使って、イースト川河口付近に上陸します」
「質問」
俺が手を挙げると、中佐は手で指してきた。
「上陸後の火力支援は?」
「上陸直後からは攻撃ヘリによる近接航空支援、アーレイ・バーク級の
至れり尽くせり。軍も本気らしい。
個人的には爆撃機で更地にしてしまった方が、テロリストや誰かが巡らしている陰謀ごと吹き飛ばしてくれる気がするが。
中佐は机の地図に手を乗せながら、決意に満ちた目で語る。
「とにもかくにも、我々はもう負けるわけにはいかないんです。軍人として、アメリカ人として……」
中佐が周囲を気にしてから、声を潜めた。
「国防総省からの情報だと、ロシア陸軍と空挺軍がウクライナ国境に演習名目で集結しつつあるそうです。極東地域には戦闘機や爆撃機が。中国海軍はこの十数時間でフィリピン海、尖閣諸島での活動を頻発させています」
「……そりゃあ」
「こんな言い方は、あまりしたくありませんが……現在進行形で、世界のパワーバランスが崩れつつあります」
冷戦に事実上勝利してから、世界の警察としての地位を守ってきたアメリカ。そんな国の第二の都市で、内乱まがいのことが起こっている。
他の大国からすれば、願ってもないチャンスである。
軍のリソースを一時的とはいえ、国内の一か所に集中している以上、スケベ心を出してくるのも無理ない話だ。
「これで勝利しなければ、世界がどうなるか。……私には、想像できませんし、したくありません」
中佐の言葉は音量こそ小さかったものの、体重が乗っていた。それは自分達の責任の重さと合わさり、猫背になりそうだった。
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