敗走

 ハイドラ70ロケット弾を喰らったのは、ストライカーとブラッドレーの二台だった。

 兵員達が脱出しようとするが、一足遅く爆発に巻き込まれ、その身を焦がす。

 二台の爆発に周囲にいた兵士達も倒れる。

 俺とマリアは運よく巻き込まれなかったが、それを喜べるような状態になかった。

 主火力を失い、前線は現在進行形で崩壊しつつある。

 兵士の誰かが放ったであろうスティンガー携行対空ミサイルによって、歩兵の天敵とも呼べるアパッチはフレアを撒きながら飛び去ったが、劣勢状態には変わりない。

 「退却」と言う声と「徹底抗戦だ」と言う声が、混じって聞こえてくる。

 移動司令部が吹き飛んだ今、指揮系統は滅茶苦茶。

 逆に小隊ごとの指揮が機能しているのが災いし、小隊長ごとに言うことが異なっているのだ。

 退却と叫んでいる者も、退却の程度は数ブロックから何十ブロックと人ごとにバラバラ。

 これなら、指揮があるよりも個人判断で動いた方がマシまで思えるほどだ。

 一先ず、俺とマリアはビルとビルの間に隠れ、周囲を確認した。

 テロリストは反乱兵達はかなり肉薄してきており、迂闊にリロードしようものなら蜂の巣にされかねない。


「どうしようかね……」

「逃げるべきじゃない?」

「逃げるったってどこに? 相手は、もう地下鉄網使ってマンハッタン中に浸透してるだろう」

「けど、ここにいたってジリ貧なのは変わらないでしょ。……私、いくら浩史が好きだからって、心中する気はないよ」


 マリアの言うことはごもっともだ。

 主火力がいなくなっては、数の多い方が有利。このまま持していれば、死ぬのは確実だ。


「……そうだな」


 俺は頷き、タイミングを窺った。

 丁度よく兵士連中が手榴弾を投げ、ミニミ軽機関銃をぶっ放しだす。

 敵の火線がそちらへと集中した。


「今だ!」


 マリアの手首を掴み、通りに出る。敵はすぐそばまで来ていた。

 しかし、応戦している暇や余裕はない。

 俺達が動くと、ISSの同僚達や退却派の兵士達が付いてきた。

 背後から。


「逃げるな!」

「最後まで戦え!」

「死にたくないよ!」


 そんな声と苛烈な銃声がする。俺は心の中で何度も謝罪の言葉を唱えながら、必死に走った。

 なんとかISS本部前まで戻ってくると、弾に当たらなかった安堵から座り込んでしまう。マリアも肩で息をしており、顔は真っ青を通り越して真っ白だった。


「アカヌマ! マリア!」


 班長が俺達の前に立つ。


「無事だったか」

「……なんとか」

「状況は?」

「前線は崩壊。そんでもって、いくつかの陸軍部隊が離反したっぽいです。歩兵だけじゃなく、アパッチも来ましたよ。この分じゃ、機甲部隊もでしょう」

「……それだけならまだいい。ついさっき、市警本部が占拠されたとの無線が入った。つまり、警察が使い物にならなくなった」

「最悪ですね」

「これから、その最悪は更新され続ける。だが、起きるのは悪いことばかりじゃない。市警は指揮が完全に崩壊する前に、市民や警官達の避難場所を定め、そこに向かうように指示した。生き残った軍司令部の連中もそこに向かっている」

「どこですか?」

「ニューヨーク市立大学だ。最終防衛ラインはウェスト125番ストリートだから、そこを越えれば一先ずは安心できる」

「ハーレムの方ですね」


 脳内にあるNY市マップを広げながら答える。


「そうだ。だから、我々ISSもそこへ向かう。道中、避難する市民を拾いつつだ」

「分かりました」

「それでだ、アカヌマ。お前は軍隊と小隊規模の指揮経験がある、だから生き残った兵士をまとめて指揮をしろ」

「俺が、ですか」


 陸自時代、確かに俺は小隊長をやっていた。だが、実戦での指揮経験はない。

 それにも関わらず、班長は有無を言わさぬ口調で。「異論は認めん」と。

 更にマリアを副官に指名した。彼女は軍隊経験がないことを理由に断ろうとするが、「アカヌマの暴走を止められるのはお前しかいない」と言われてしまう。


「わざわざ口にしなくても分かっているだろうが、今は非常時だ。経験なんて言うが、お前達、さんざん鉄火場に立ってきただろ。それで構わない。必要なのは、いざという時に躊躇わないことだ」


 これは班長なりのエールなのだろうか。

 そう考えたのも束の間、班長は如何にも敗走兵な風体をした連中を連れてきた。

 連中の顔は煤煙や埃、迷彩服は敵味方はたまた自分の血で汚れている。よく見れば、階級章は伍長や一等兵ばかりだ。

 小隊長やベテランの軍曹クラスを亡くした連中だろう。


(敗走兵を指揮、か)


 自嘲とも諦めともつかない笑いを堪え、立ち上がった。

 よく考えずとも、自分も全身煤煙や埃で汚れている。お似合いというのは斜に構えすぎだが、状況はそこまで切迫しているのだ。


「諸君、初めましてだ」


 急ぐ必要があっても、最低限のコミュニケーションは必要だ。少なくとも俺は、名前も知らない小隊長からの指示を受けたくはない。


「元陸上自衛隊、普通科、一等陸尉キャプテン、赤沼浩史だ」


 俺の階級は一等陸尉だが、これは自衛隊だけの階級であり、諸外国の軍隊では大尉に相当する。

 大尉キャプテンという単語に、兵士達がざわつく。

 三十ちょっと過ぎで尉官以上の階級を持つ人間は、基本的に士官学校卒。

 戦争映画じゃベテラン軍曹に舐められる役回りだが、現実では百戦錬磨の古強者を抑えて部隊を指揮する実力者だ。


「君達には、これから国家のために命を捨ててもらう」


 兵士達がざわめく。


「国家国民のために、死ぬまで働いてもらう。けど、無駄死にしろとか犬死には、俺が絶対にさせない」


 俺はあえて言い切った。優柔不断な奴だと思わせないためだ。


「君達は軍人だ。そして、軍隊は国家国民のためにある。軍に属する者としての義務を果たしてほしい。俺もそのために全力を尽くす」


 ここで俺は頭を下げた。


「だから、君達の命を俺にくれ」


 一瞬の沈黙。

 そして兵は一斉に敬礼をし。


「サーイエッサー!」


 と叫んだ。

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