市街戦の刺客

 俺が見る限りでは自家発電設備がある建物以外、電気が消えていた。

 街灯も信号も、目の前のビルも真っ暗だ。ISS本部から漏れる光だけが周囲を照らしている。

 時刻は七時過ぎ。春先だがとっくに日は沈み、本来なら人類は文明の明かりに頼る頃合いだ。

 その僅かな明かりを頼りにして、兵士達は戦闘準備を整えていた。

 銃に弾倉を叩き込み、ハンヴィーの銃座に付き、小隊ごとに点呼を取っている。

 兵員輸送モデルのストライカー装甲車とM2A3ブラッドレー歩兵戦闘車がディーゼルの唸りを挙げ、目の前を進んでいく。

 奇襲を受けたようだが、兵士達の士気は高い。やはり、辻で待ちぼうけするよりも鉄砲撃っていた方が目的がはっきりしている分、精神的に高揚しやすいのだろう。

 銃声がする方へと向かっている兵士の一人を捕まえ、状況を訊ねる。


「敵は?」

「この先の地下鉄駅から、わんさかと。他の駅からも、ほぼ同じタイミングで出て来たらしいです。多分、地下に潜んでたんでしょう」


 これだけ言って、兵士は駆けていく。


「……なるほど、だから電気を切ったのね」

「どういうことだ?」


 マリアの呟きを聞き返す。


「ロス市警にいた頃に、交通局の人から聞いたんだけどね。地下鉄ってのは、線路の脇にある給電用レールから電気を供給して走ってるの。即死するほどの強い電流じゃないけど、危険なのは変わりないし、電車も短いスパンで走ってくる。だからきっと、電気を切って自分達が身動きできるようにしたのよ」

「なるほど。計画的だな」


 一般歩兵にも暗視装置が配られるようになって久しく、現代において暗闇は戦闘が出来ない理由にはならない。むしろ、暗視装置を持っていない方からすれば自らの首を絞めかねない行為だ。

 そのくらいの理由がなければ、電気をわざわざ落とす必要がない。


「とにかく、前線を見よう。敵の人数、様子、装備を見ないと、どうにもならん」

「だね、行こう」


 兵士の流れに沿って、俺達は走った。後ろを見ると、何人かの同僚もついて来ている。

 少し行くと、銃声が大きくなり、火薬の臭いが強く感じられるようになった。前線が強い証拠である。

 また少し行くと、先程見たブラッドレーとストライカーがいた。ブラッドレーの25ミリ機関砲とストライカーのRWS遠隔操作式銃架に装着された50口径の重機関銃がそれぞれ火を吹いている。

 発火炎や曳光弾の明かりによって、一瞬だけ発砲する敵の様子が見えた。

 白人男性で服装はチェックのシャツにジーパン。装備は、そこらへんのガンショップで売っているペラペラの弾倉入れのみ、防弾装備の類はなさそうだ。武装はAR-15系のライフルで、腰のあたりに拳銃のホルスターも見える。


(テロリストらしくねぇな)


 それこそ、いつぞや開かれた射撃大会の会場にいた銃好きのおっさん達と、格好に大差がない。そこに疑問を覚えつつ、ラッキーとも考える。

 襲撃者達は地下への階段周辺に留まったまま。このまま火力に物を言わせて、連中を地下へと押し戻せれば勝ち目が見えてくる。

 地下からの出口が限られている以上、押し戻されたままの状態を維持できればあとは煮るなり焼くなり好きにできるからだ。


(何事もなく、倒されてくれればいいけど……)


 とりあえず仏やらイエスやらアッラーやら助けを乞える連中に、あらかた願ってみる。

 それから、SCRAを撃つ。


(なんか、プライベートライアンに似たようなシーンあったな)


 現実逃避の一環としてか、つまらないことを思い出してしまう。

 プライベートライアンで神に祈っていた人はスナイパーだし、無慈悲に戦車砲で吹き飛ばされていた。いや、ある意味一瞬で死ねただけに慈悲があったのかもしれないが。

 つまらない妄想の副産物。アドレナリンのせいで変な笑いがこぼれる。


「ハハッ」


 声に出した瞬間。通りの奥で何かが光り、後方で放置されていたセダンが吹き飛んだ。


「!?」


 内側から爆発したセダンは黒煙を上げ、オイルやらガソリンを垂れ流している。

 敵から予想外の攻撃に、兵士達の間に動揺が広がる。


「ロケットだ!」

「敵は対戦車火器を?」


 その疑問の答えは敵の方から出してくれた。飛んできたロケットとそれを放った連中が、こちらに近づいてきたことによって一瞬の砲火に照らされる。

 通りの奥から現れたのは、米軍が正式採用しているM4カービンやAT4携帯無反動砲を持った男達。

 米陸軍のOCP迷彩を着て、ECH ヘルメットを被っている。

 銃の撃ち方も移動の仕方も、何もかも軍隊式だ。

 それがどういうことか、分かり切っているはずなのに理解に時間が掛かった。

 軍の移動司令部には、当然ながら兵士しか入れない。弾薬集積所や武器庫なら尚更だ。そこが爆破され、こうして兵士の装備をした奴等が正式採用された武器で俺達を攻撃してくる。

 俺が不安としていたことが、現実となったのだ。


「クソッたれ……」


 日本語の罵倒は銃声によって、容易くかき消される。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。


「クソッたれがぁっ!」


 マリアが怯えた顔で俺を見る。何かを言おうとしたのは気配で分かったが、銃声に交じって聞こえるヘリの音に意識を吸い取られた。

 上空から舞い降りてきたのは、肉食獣の顔面の様な角ばったフォルムを持つアパッチであった。

 兵士の何人かが歓喜の声を挙げるも、その声は続かなかった。

 アパッチが両脇に抱えたハイドラ70ロケット弾を、発射したからだ。

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