さようなら
膨大な金を消費してまで、軍隊が守るべきものはなにか。
模範解答は国民の生命及び財産だ。
それを理解しないか、答えをはき違えたまま軍隊を動かせば、最終的に訪れるのは勝ち負けではなく破滅という現実である。
軍隊は国民のためにあるべきであり、国のためにあるべきじゃない。軍隊に属する兵士もまた、そうあるべきである。
二十一の俺が見た自衛隊員はそうだったし、八年間の自衛隊生活で俺はそれを意識して業務にあたってきた。
しかし、今マンハッタンの辻に立つ兵士はどうだ。
守るべき国民に歓迎されず、国のメンツを保つためにそこに立たされている。
存在意義を見出せず不満が臨界点まで達した時、銃口の先にいるモノは果たして敵か。
同時に、ブルックリン橋を吹き飛ばしたヘリパイと同じ思想を持つ兵士がいないと言い切れない……いや、確実にいる以上、事が起きた時にマンハッタンにいる兵士達は動けるのか。
考え出せばキリがないのは理解しているが、どうしても考えてしまう。
恐れや不安を忘れたいのか、少しでも不安を取り除きたいのかは脳ミソを解体してみないと分からない。結局のところ、人間が真に恐れるのは不確定な一寸先の未来なのだ。
そう無理矢理に結論を出して、目の前の夕飯を食む。
メニューはインスタントのトマトスープと、丸型のパンに脂っこいハムステーキとささやかな清涼剤であるキュウリとレタスのサラダと乳白色のフレンチドレッシング。
ありがたいことに、今回はブルーベリージャムが付いてきた。
パンに付けて頬張りたいが、コーラやドクペなどの甘い飲料が手に入りにくくなっており、甘党として死活問題に直面している今、ジャムは貴重な甘味だ。
ジャンパーに忍ばせ、取っておく。
「ジャム、食べないの?」
パンの表面を紫色にしているマリアが俺に問う。
「取っておく。疲れた時に、チビチビ舐める」
「その時、ちょっと分けてよ」
「嫌だ。いくらお前の頼みでも、聞けない」
「ケチ」
「ケチで結構」
オフィスの中でしょうもない喧嘩をするべきでない。しかし、いつ何が起きるか予測もつかない中、しょうもない喧嘩も心休まるひと時なのは間違いない。
周囲も少なからずそう感じているようで、普段だったらシカトされるはずなのに、そこらでクスクス笑う声がする。メリッサ班長ですら、俺達へ温かい眼差しを向けているのだ。
俺が思っているよりも、皆追い込まれているのかもしれない。
またなんとも言えない嫌な感じが、背筋を走った時。垂れ流しにしていたテレビの音が急に途切れた。
「あれ?」
「誰か切ったか?」
「電源点いたままだぞ」
テレビ局側の電波が途切れたのか、画面は砂嵐。電波妨害かと身構えるものの、携帯の電波はあるし、パソコンのワイファイも切れていない。
ただの電波障害ではなさそうだ。
画面が砂嵐から真っ暗になる。しかし、電源は切れてない。
沈黙がオフィスを支配する。
誰かが唾を飲む気配がすると、画面の下から黄色い文字が出てきた。
「スターウォーズか」
また誰かがポツリと言い、どこかで吹き出す音がする。
「黙れ」
班長は静かながらも重たく一喝する。ここで文字が画面全体に収まった。
『親愛なるアメリカ国民の皆さん』
『残念ながら、今日で貴方達のステイツは終わりです』
『皆さんが大好きな西部劇の世界に逆戻りです』
『力ある者が生き残る世界です』
『けど、怒りの矛先を向けるべきは私達じゃなくて、皆さん自身です』
『アメリカ国民の皆さんが、力がモノを言う世界を望んだから、私達も力を行使することにしたんです』
『では、さようなら、さようなら、さようなら』
途端、フッと視界が真っ暗になった。電気が消えたのだ。
「落ち着け! 非常電源に切り替わる!」
班長の言葉通り、すぐに電気が点く。テレビ画面にはあの文字は無く、「No Signal」とある。
「今のは?」
「西部劇の世界だと?」
突然の出来事を消化しきれない中でも、状況は進んでいく。
セントラルパークで爆発音と同時に火柱が立った。かなりの規模のようで、オフィスのガラスが全て割れる。
「爆発?」
「無線を確認しろ! ……あそこには、軍の仮設司令部があったはずだぞ」
俺は食いかけのハムステーキとパンを、スープで流し込んだ。マリアも慌てて、パンを口に押し込んだ。
「ヤバいな……」
「何が起きてるの?」
「俺が知るか」
言い合いをしながら、互いに拳銃をチェックする。
弾倉にはフルで弾が込められており、予備弾倉も同様。
スライドを引いて、薬室に弾を送り込む。これで、引き金を引けばいつでも撃てる。
ホルスターに収めてから、防弾チョッキを着こむ。SCARもすぐそばにある。弾薬もある。
今すぐにでも戦える準備が整えてから、無線の側に行って通信に耳を傾ける。
『弾薬集合場所がやられた! 武器庫も同様だ!』
『地下鉄から敵だ! 大勢いるぞ! ――撃て、撃て、撃て!』
『マイク軍曹が銃を乱射! 射殺に成功するも、五名が死亡、九名が重傷! 衛生兵を寄こしてくれ!』
どうやら既に、戦闘が各所で始まっているらしい。
外に目を向ければ、銃声やヘリのローター音に爆発音で賑やかになりだしている。
「面白くなって、きやがった……」
「本気で言ってる?」
「まさか。こうでも言わんと、やってられんのさ」
一階で待機していたであろう兵士の一人が、オフィスに駆け込んでくる。
「敵襲! 手を貸してください!」
マリアとアイコンタクトを交わし、一緒に駆け出した。
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