争い狂い

 オークリーは語る。


「この国は争い狂いなんですよ。国として生まれてからね」


 入植者としてやってきたアメリカ国民の先祖は、まず先住民であるネイティブアメリカンもといインディアンと争った。これが記念すべき争いの歴史の始まりだ。

 インディアンを殺し終えると盟主国と独立戦争をし、国土を正式に物にする。米英戦争、米墨戦争を経て近所の国とあらかた争い終えると、今度は南北戦争として身内同士で殺し合った。

 身内の殺し合いに飽きると、今度は海の向こうに目を向けた。

 米西戦争を経験して、海の向こうに獲物がいることを認識すると欧州で起きた第一次世界大戦に首を突っ込んだ。

 そこからはとんとん拍子だ。第二次世界大戦で日本の地と国民を燃やし、朝鮮戦争では危うく核を落としかけ、ベトナム戦争ではマングローブ林を枯らせ、自身の裏にはで中米紛争を起こし、湾岸戦争でイラクに火の雨を降らし、報復という名の腹いせであるアフガニスタン侵攻とイラク戦争。

 更に去年まで米軍は、アフガニスタンに駐屯してムジャーヒディーン聖戦の戦士であるタリバンと群発的な戦闘を繰り返していた。


「他にも、戦争をしている国は山ほどありますが、短いスパンで争いを繰り返している国は我が国以外存在しませんよ」


 俺は否定も肯定もせず、続けろと目で示す。


「そして、二回の世界大戦に勝った全能感が、この国を修正不能なまでに狂わせてしまった。……本来であれば、戦争に負ければ覚めるはずの白昼夢に、取り込まれてしまったんです」

「ベトナムで負けても、夢が覚めなかったと」

「ええ……。しかも、その覚めない夢を他国にも振り撒き始めた」

「覚めない夢ねぇ……」

「あえて言うならば、自由と平等ですかね。ナニモノにも縛られないと言いながら、雁字搦めにされる自由。ナニモノにも差はないと言いながら、明確に分けられる平等」


 皮肉げな笑みを浮かべながら、オークリーは続ける。


「しかも、振り撒くだけ振り撒いて、責任を取りませんからね。傲慢ここに極まれり」


 日本人の俺しか聞いていないからか、言いたい放題だ。


「戦争を起こしたり首を突っ込んだり、不義理な自由と平等を振り撒こうが、それを選んだのは結局お前らアメリカ人だろ。自分達の利益やら生活を守るために。……別に、それ自体は悪でもないんでもないから責める気はしないけど」


 歴史を紐解けば、戦後のどん底にあった日本を救ったのは朝鮮戦争による特需だし、経緯はどうであれ俺の前の職場が生まれたのも朝鮮戦争にある。

 個人感情を抜きにして、俺は争い全てを十把一絡げに否定するような平和主義者ではない。


「確かにそうかもしれません。けど、やりたい放題やったツケは払わなければなりません」

「ツケか。……そのツケは、誰が誰に払わすんだ?」

、愛国者が一般アメリカ国民に。ですかね」

「愛国者、ね」


 オークリーの口から出てくるとは思えなかった単語だ。同時に、話の流れから考えて、その言葉は彼女の予想を語っているように思える。


「じゃあお前は、次に起きるであろう争いが身内同士で起きると思ってんのか」

「起きるであろう、ですか。……もうとっくに起きてますよ。とっくにね」

「この事件そのものが、お前の言う争いだと?」

「そう言ってるじゃないですか」


 何も言ってない。怒るのも馬鹿らしく、俺は黙ってドクペを啜った。

 ドクペの炭酸はコーラやサイダーの炭酸に比べると弱く、プルタブを開けたまま放置しているとすぐに抜けてしまう。炭酸が弱い甘い汁と長い付き合いをする気はないので、そのまま飲み切る。


「身内同士の殺し合いの舞台は、二百年前はゲティスバーグでしたが、今回はこのマンハッタンとなるんですよ。南北戦争は四年続き、九十万以上の人間が死にましたが、果たして今回はどれぐらい続いて、何人が死ぬか……」


 オークリーの口ぶりは、まるでその争いを待ちわびているかのようだった。だからこそ俺は、こう言わずにはいられなかった。


「……お前、実は犯人側の人間なんじゃないなのか?」


 すると彼女は、俺の顔を真っすぐ見て肩をすくめる。


「さぁ、どうでしょう」


 首根っこ掴んでとっ捕まえてやろうかと思ったが、そこにマリアが駆けてきたので止めた。


「浩史!」

「なんだよ」

「なんだよじゃないよ! 州知事が軍を出動させるって、記者会見やってる!」


 驚きの言葉が出るより先に、俺はオフィスへと駆け出して行った。

 オフィスもオフィスで大騒ぎになっており、これからどうなるかの話でもちきりである。

 壁掛けテレビに映るテロップには、「マンハッタンへ陸軍派遣を決定」と書かれている。

 このタイミングで誰かがボリュームを上げたのか、音声がはっきりと聞こえるようなった。


『――マンハッタンで連続するテロ事件に対し、本来であれば州兵を投入して治安維持を図るところでしたが、既存の警察力、政治力ではもはや対応不可能と判断し、州政府から州政府へと、一段飛ばしではありますが、陸軍の治安維持名目での出動を要請したのであります』


 質疑応答の時間ではないらしいが、勇み足を踏む記者が立ち上がって質問を州知事にぶつける。


『それってつまり、マンハッタン区ないしニューヨーク市に対して戒厳令を布告するという認識でしょうか?』

『ブルックリン橋を空爆したのは、陸軍所属の戦闘ヘリですよね。そんな連中に、治安維持を任せるという判断は、いささか早計かと思われますが』

『シビリアンコントロールから逸脱する可能性は、考えないんですか?』


 そんなことを言う記者に対して、うんざりした顔で州知事が答える。


『あくまでも、治安維持名目による出動であり、戒厳令ではありません! 出動に際しての規定は、国防総省及び連邦政府と検討を重ねていますし、非常事態宣言発令によっての出動であるので、シビリアンコントロールも守られます!』


 州知事はそう言っているが、マンハッタンに軍隊が来るという事実に変わりはない。状況によっては、彼らの持つ銃が火を吹くことだって考えられる。いや、必ず吹く事象が起きるだろう。

 それが戦争の始まりでないと、誰が断言できる。

 オークリーの姿は、いつの間にかなくなっていた。

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