甘党と辛党

 オークリーは俺を休憩室に誘った。特に断る理由も無いので、マリアの机に書き置きを残して休憩室に向かった。


「何、飲みます?」


 自販機の前でオークリーが訊ねる。


「そのくらい、自分で出す」


 俺は彼女の肩越しに小銭を入れ、ドクターペッパーのボタンを押す。


「……妙なの飲みますね」


 学生時代から愛飲しているのだが、このような反応を幾度も受けてきた。「匂いと後味が変」らしいが、俺はこれが好きなのだ。


「いいだろ、俺の金で、俺の好み買ってるだけだから」

「……そうですね」


 オークリーはブラックコーヒーを買った。この前も買ってきたあたり、彼女はブラック党なのだろう。


(水と油だな)


 個人の趣味趣向に口を出すのはよろしくないことだが、ミルクも砂糖をアホほど入れる身としては、ブラック党とは相成れないと心の底で思っている。

 お互いに飲み物を一口飲み、落ち着いたところでオークリーが口を開いた。


「今回の事件、どう思います?」


 相変わらず、回りくどいんだか素直なんだか分かんない質問をする女だ。付き合う俺も俺だが。


「正体不明ってのが正直なところだ。事態の発端となった『ブルックリン橋爆撃テロ事件』と、事態を深刻化させた『タイムズスクエア人間爆弾騒動』に昨晩の『国連本部前トラック爆弾テロ事件』の三つ。方法も結末も違うが、真相不明という点では共通している。勘の域を出ないが、どれも同じ気配がする」

「気配?」

「背後でニヤついている奴のな。三つの事件、どれもこれもいい具合に火に油を注いでる。人間の作為も感じる」

「じゃあ、この状況は仕組まれたものだと、赤沼さんは見てるんですね」

「ああ」


 ドクペを一口飲む。


「何が目的かは知らねぇし分からねぇが、策士だよ」


 俺の言葉にオークリーは微笑み、コーヒーを一口飲んだ。


「私も同意見です。犯人は頭が良くて、そして長いこと計画を立てていたに違いありません」

「ほう」

「爆弾の入手から、起こしてきた事件の手口。昨日、今日でやれませんよ」

「だろうな」


 カルテルに伝手があるからって、爆弾をホイホイ売るほどカルテルだってお人よしじゃない。

 世の中に不満を抱えているからって、ヘリパイもそう簡単には裏切らないだろう。

 自動車爆弾だって、ただ車に爆弾を積んで終わりの代物ではない。


「目的があるからこそ、計画を立てて実行に移した。違いますかね」

「論理としては、破綻してないな」

「それで私、一つ予想を立てたんですよ。犯人の目的について」

「なんだ? 言ってみろよ」

「犯人の目的、それは――この国の破壊です」


 俺は思わず吹き出してしまった。


「破壊、ねぇ……。じゃあ犯人は、共産主義者か社会主義者か、はたまたアルカイダとかか?」


 アメリカ嫌いは世界に山ほどいるが、きょうびなど限られる。それこそ、国家か大規模テロ組織ぐらいなものだ。


「今までの事件が、ロシアあたりのアメリカ侵攻作戦の初期段階ってなら納得もいくがな」

「残念ながら、アカヌマさんの案は全部ハズレです。それだったら、私も楽出来たんですがね。全部、国防総省に押し付けられる」

「じゃあなんだよ」


 オークリーはゆったりとコーヒーを飲んでから、俺の眼を見て答えた。


「政治的な主義主張でも、宗教でもない。ただの破壊が目的です」


 俺もドクペを飲んでから、返事をする。


「ただの破壊ねぇ。……なんか、手段と目的がごっちゃになってるように思えるけど?」


 破壊が目的というのは、どうにも論理性に欠ける。

 破壊というのは本来、目的達成のための副産物であってそれ自体を目的にするものではない。

 緻密な計画から繰り出される論理性に欠ける行動。1+1の答えが、急に99とかになるようなものだ。

 犯人の印象ともミスマッチを起こしている。


「目的と同時に、手段でもあるんですよ。私が言いたいのは、破壊は破壊でも、ただのdestruction破壊じゃなくて、downfall滅亡ですけど」

「滅亡……? この国のか」

「もちろん」


 何が面白いのか、オークリーはクスクスと笑う。思わず、俺は聞いてしまった。


「お前は、この国が嫌いなのか?」


 間髪入れずに返事が来る。


「好きですよ」


 喉まできた「嘘つけ」という言葉を、なんとか飲み込む。


「自分の国が好きなら、そう簡単に滅亡って口にしないだろ」

「好きだからこそって考えもありませんか?」

「………………」

「好きだからこそ、相手を見る。相手を見ているからこそ、相手の嫌なところが目に付く。目につくからこそ、滅亡というワードが出てくる」

「なるほど。それならまぁ、分からんでもない」


 自分の考えに理解を示したことが嬉しかったらしく、オークリーは笑みを浮かべる。


「更に言えば、この国は、狂ってるんですよ」

「狂ってる、ね。何がどう?」

「この国の全てが、ですよ。歴史も、国民性も、今の状態も何もかも」

「随分とハッキリ言い切るな」

「いけませんか?」

「素直な女は好きだが」

「じゃあ大丈夫ですね」


 小休憩とばかりに、俺とオークリーはお互いに飲み物を口にする。

 それから、オークリーは語りだした。

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