幕間

Shooting day

 三月も終わりに近づき、ジャンパーに袖を通す回数も減って、長袖のシャツで過ごすことが多くなってきた。

 そんな中、射撃大会に行ってこいという指令を受け取ったのは、自殺騒動から二週間が経った頃だ。

 班長曰く民間人も参加する大会だが、警察や州軍の連中も腕試しで参加するらしく、警察から「今年からはISSも参加してもよろしくてよ」という、なんとも陰険な声が掛ったらしい。

 独立独歩を地で行くISSだが孤立と孤高は別問題なので、上の人間も「顔ぐらいは出さないとね」ということになった。そこで、白羽の矢が立ったのがマリアだった。

 狙撃の腕に関して、他の追随も許さない彼女に行ってこいと言うあたり、上の人間もたいがい陰険である。

 他にもSWAT出身者を中心にして、何人か参加させるようだったが、どいつもこいつも銃の達人ばかり。

 マリアのおまけ、もとい荷物持ちとして選抜された俺は、少しアウェー気味だ。



 大会当日。

 晴天。マンハッタンから車で数時間の屋外射撃場には、ザッと数えても百人以上の人間が集まっていた。

 NYPDやARMYなんてワッペンをこれ見よがしに付けたジャンパーを着て、陽気に笑っている奴。

 髭面にサングラス、テキサス・レンジャーズのキャップを被って、コーラを飲んでるオッサン。

 ガンケースを抱えて、危なげに笑ってるオッサンもいる。

 荷物を自分達のスペースに置き終わると、俺は一気に手持ち無沙汰になった。


(暇だ……)


 大会を見るにも、マリアや同僚達の番は最後の方だ。

 銃は嫌いではないが、見つめてニヤニヤするほどのガンマニアではない。

 出店でドクターペッパーとホットドッグを買い、パラソルの下にある椅子に腰かける。

 大会が始まった。

 いくつもの銃声が重なる。身体が反応しかける。職業病だと、コッソリと苦笑する。


「楽しんでますか?」


 声を掛けられたので目線を上げてみれば、眼鏡に肉付きのいい顔をした初老の男が俺の前に立っていた。


「……まぁ」

「ああ、急に失礼。自分、ヨンカーズで銃砲店やってる、ネヴィルという者です。隣、座っても?」

「どうぞ。……ああ、俺は赤沼です。赤沼浩史」

「どうも、アカヌマさん。やれ、どっこいしょ」


 ネヴィルは膝を労りながら、椅子に座った。


「息子が大会に出てましてね。妻は店番があるんで、私が付き添いに」

「そうですか。……息子さんは?」

「あそこのレーンです。ほら、中折れ二連の散弾銃持った、カーキ色のシャツを着た」


 ネヴィルが指差す方には、彼が言う通りの青年が立っていた。ネヴィルをそのまま小さくしたような子だ。

 待機しているらしく、散弾銃の機関部を折ったままにしてシェルの紙箱を抱えている。


「スポンサーやってる銃砲店の倅が大会に出ないのは、失礼ですからね」

「はぁ。……学生さんですか?」

「いや、もう卒業して、私の手伝いしてます。昔馴染みの客は私が対応してますけど、もう殆どの客を息子が相手してますよ」

「そりゃあ、ご立派だ。忙しいときもあるでしょうに」


 余程の事情がないのに、十八、十九の遊びたい盛りで家の手伝いをするなんて珍しい。


「ええまぁ、それでもやってくれてますよ。……ここのところは、特に忙しかったですしね」

「ほう」

「一昨年、大統領が変わったでしょう。共和党から民主党の人に」


 2020年。民主党から出馬した老人が当選した。彼は泥沼のアフガンから米軍を撤退させ、アメリカ経済を長らく圧迫してきた軍事費の削減やインフレの改善に力を入れているが、今のところこれといった成果は出てない。

 もっとも、2016年の選挙で選ばれた元実業家の大統領は、過激な発言とアメリカファーストのマニフェストで注目を集めて当選したが、評価は一部界隈を除いて惨憺たるものだ。

 挙句、自身が再選目的で出馬した大統領選に負けると、陰謀論をぶち上げて支持者や過激派にD.C.の議会議事堂を襲撃するよう扇動した。

 というような、よくもわるくもノンポリ的なイメージを彼等に抱いている。なので銃砲店の景気とは、どうにも結びつかない。

 俺が冴えない顔をしているのを見てか、ネヴィルは詳しく話してくれる。


「銃規制ですよ。民主党政権になるか、乱射事件が起きると、規制が強くなりますからね。その前に、銃や弾を買い込むんです。駆け込み需要ってやつですな」

「なるほど」

「それに、乱射事件の場合はもう一つ買い込む理由があります」

「それは?」

「家族や自分の身を守るための銃を買うためです」

「………………」

「銃による暴力は、銃でしか抵抗できませんからね。それに、警察に通報したとしても、場所によっては来るのが遅いこともある。『なぜ警察を呼ぶ? 警察911は来るのに十分かかるが、1911なら二秒で済む』という、ジョークが出来るくらいにはね」


 日本みたいに、町と町とが繋がっているような国では想像しにくいかもしれないが、アメリカ含めた大きな国は町と町の間には広大な自然か畑だらけの田舎が広がっているのがデフォルトなのだ。


「……お国柄って訳ですか」

「ええ。それに、お国柄を象徴するものとしては、もう一つ、アメリカ合衆国憲法修正第2条――武装権があります」

「武装権」

「『規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。』というものです」


 如何にも、アメリカらしい。口が悪いが、原住民を追いやって自由を勝ち取った国らしい条項である。


「だからこそ、銃規制はしても日本やイギリスのように厳しくはないんです」

「なるほどねぇ」

NRA全米ライフル協会GOA米国銃所有者協会といったもありますからね」

「銃社会は、しばらく終わりそうもありませんね」

「まったくです。ただ……」

「ただ?」

「自分が売った銃で、善人が殺されるのは勘弁願いたいですよ」


 個人の道徳と生活を天秤にかけ、生活を取った。彼の表情は、そんな苦悩と葛藤が滲み出ていた。

 ――大会は、現役警官や州兵を差し置いてISSの面々が上位を独占し、マリアは優勝トロフィーをゲットする。

 俺は満面の笑みを浮かべる彼女を撮影して、携帯の待ち受けにした。

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