俺のケツを舐めろ!

 俺達はセントラルパークのウォーキングコースを、のたりと歩いていた。

 意識を会話に向けている俺達とは違って、周りを歩いている連中は運動服を着て、せかせかと腕を振っている。

 ふと思いつき、すれ違った女のスマートウォッチを覗いてみるが、消費カロリーはおにぎり一個にも及んでいない。

 余程の暇人なんだなと思いつつ、話を続ける。


「――俺はさ、ガキの頃、警察官になりたかったんだよ」

「警察官」

「そう、ポリスマン。親父が刑事でね、憧れてたんだ」

「……そのガタイなら、今でもなれるんじゃないですか?」

「かもな。だが、なれなかった」

「どうして」

「親父に『お前には向いてない』って言われた」

「なんで!?」

「さぁ。それから半年後に親父が死んだから、真相は分からずじまいだ。……なんとなく悟っているけど、推測の域を出ないからなぁ」

「……それで、警官にはならなかったんですか?」

「『勘当する』とまで言われたからな。そん時、俺は高校生。逆らえないさ。……死んだ後も、なんとなく憚られちまったしな」

「………………」

「まぁ……俺は結局、自衛隊に入った。辛かったし、天職とまではいかなくとも、そこそこ楽しかったよ。ISSに入ってなければ、今も続けてただろうな」

「……未練は?」

「ないって言ったら嘘になる。後悔も……少ししている」

「………………」


 ウォーキングコースを抜けて、芝生広場に出た。

 色とりどりのピクニックシートが広がり、その上で家族連れが寝転がっている。


「……疲れてないか?」

「少し」

「じゃあ、ちょっと休んでくか」


 俺は芝生の上に寝転がった。男も隣に座って、ポケットをまさぐりだした。


「煙草、吸っていい?」

「いいぞ。ついでに俺にも一本くれ」


 嫌そうな顔をするが、男はなんだかんだで一本くれた。

 火を点けて、煙を吸う。ヤニの味しかしないのに驚き、飛び起きる。


「やっすい煙草吸ってんな!」


 喫煙習慣は無いが、煙草の味ぐらいは分かる。男も不味そうに吸っていた。


「しょうがないだろ。金無いだから……これしか買えねぇんだよ」

「だったら最初から買うんじゃねぇ!」

「吸うと気が紛れるんだよ」

「別のもんで紛らわせろ、ガムとか飴とか。……灰皿寄こせ」

「持ってない」

「……二度と煙草吸うんじゃねぇぞ、馬鹿野郎」


 煙草の火を靴底で消し、男の手からパッケージとライターを奪う。そして、再び寝転がる。

 手持ち無沙汰になった男も、寝転がった。

 空は青く広がっていて、薄い雲が漂っている。ここは、ビルだらけのこの町唯一のエアポケットだ。


「どうだ?」

「え?」

「まだ、物申したいことあるか?」

「……今のところは、ないっス」


 ひとしきり話して落ち着いたらしい。これなら、俺の話が理解できると判断して、口を開く。


「お前、今何歳だ」

「十九っス」


 予想よりも若かったので、「老け顔」だなと言いかけそうになるが何とか飲み込む。


「お前も知っての通り、この世の中はクソだ。クソで、カスがのさばってる。いっそ、滅んだ方がいいくらいの腐れ具合だ」

「………………」

「けど、そうはいかない。世界はそう簡単に滅びないし、カス野郎共は死なない。……けどな、世の中まだ捨てたもんじゃないと俺は思うのよ」

「……どうしてです」

「運命に潰されそうな高校生が、その運命から逃れられたり、人を沢山殺した奴が罪を背負って、死ぬ時まで前を向いて生きるって決めたり、生き別れた兄妹が再会できたりしたからさ」

「………………」


 何を言っているのか分からないという顔をする男だが、本質はそこの内容ではないので省く。


「つまりな、最後まで足掻いた奴が報われてるんだよ、こんな世の中でもな」

「………………」

「『求めよさらば与えられんAsk, and it will be given to you』って言うだろ。どうであれ、求めて動けば与えられるんだよ」

「……だから、行動しろと?」

「ああ。だがな、さっきも言ったみたいに、世の中はクソだ。求めても与えられないどころか、求めるチャンスすら与えないってこともある。それこそ、お前の就職みたいにな」

「………………」

「十九歳、現実は辛いわな。だから世の中恨んだり、こんな社会構造を放置している連中を恨むのも、筋違いじゃない。絶望して、自殺考えるのも不自然じゃない」

「………………」

「つまり、これの本質は、何故あいつ等が勝手に作ったルールや身勝手な行動で、俺が苦しまなければならんのだってことだ」

「………………」

「俺としては、って思うが、そうはいかない」

「……犯罪ですからね」

「そうそう。でも、このマインドは持っておいた方がいい。『畜生! いつか殺してやる!』ぐらいだな。で、このマインドってのは生きてないと抱けないんだな」

「………………」

「死んだら、少なくとも現世じゃなにもできやしない。呪いも祟りも、偶然の産物に過ぎないからな。……お前、絶望にかまけてことの原因放っておいて死ぬ気か?」

「………………」


 俺はケケケと喉を鳴らす。


「生きて、連中に目にもの見せてやろうとは思わないのか? 『つまんねえ漫画世の中にひり出しやがって、そんなにクソが好きなら俺のケツを舐めろ』って目の前で言ってやろうぜ」

「………………」

「ま、その前に、求める、もとい行動あるべしだがな」


 俺の笑い声が吸い込まれていく空は、どこまで広く澄み渡っていた。

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