ようこそデトロイトへ
五日後。
俺達はミシガン州の、デトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港に降り立った。
ターミナルから外に出た瞬間、露出した肌に冷気が突き刺さる。慣れ親しんだ日本の寒さとも、寒さの恐ろしさを再認識させたニューヨークの寒さとも異なる。
これは寒さというより、暴力だ。
自衛隊時代、北海道の
『あれはねぇ、寒いとか冷たいとか、そんなメーターを振り切っちまってるんです。生まれて初めてですよ、天候に殺意感じたのは』
こんなことを言っていたのは、静岡出身の二等陸曹だったか。彼の実家がある静岡の中部は雪が降らないらしく、初任地が北海道と聞いてはしゃいだそうだが、今はもう雪を見たくないとも言っていた。
その後、俺が練馬に異動になったのと同じタイミングで那覇に異動となったが、彼は元気にしているだろうか。
フィールドジャケットに首を埋めながら思い出を遠い目で見ていたが、横から鳴ったクラクションの音で現実に引き戻される。
「早く行こ」
ダウンコートとニット帽に挟まれた頬を真っ赤にしながら、マリアが言う。
クラクションを鳴らしたのは、茶色のジープ・ラングラーだった。余程寒いのか、マリアは俺を待たずしてラングラーの窓をノックする。
少し遅れて窓は開かれる。俺も窓を覗き込んだ。
運転席に座っていたのは、パンチパーマに鼻の下のヒゲが特徴の中肉中背の黒人の男であった。
「本部から来た人かい?」
彼は軽い感じで訊ねてくる。特徴だけ記せば厳ついが、それを軽く消し飛ばすくらいの愛嬌があった。俺達は彼の言葉に、身分証を提示して応じた。
「赤沼だ」
「アストールです」
身分証を確認した彼は満足げに笑い、握手を求めてきた。
手袋越しではあるものの、男の手を握る。
それなりに身体を鍛えた者だけが得られる、特別な重厚感があった。
「ISSデトロイト支部の、ライアン
仕事人というよりコメディアンのような笑みを浮かべた彼は、後部座席を指差した。
「まぁ、詳しいことは車ン中で話すからさ。乗って乗って」
「はい!」
元気よくマリアは返事をし、荷物を抱えて早速乗り込んだ。どうやら彼女は、この凶悪な寒さには最初から白旗らしい。
苦笑しつつ、俺も車に乗り込んだ。
ライアンは滑らかに車を発進させる。そしてハイウェイに乗り、デトロイトの市街地を目指していく。
本線に入ったところでライアンは口を開いた。
「改めて、ライアン三好だ。強襲係で班長やってる」
「赤沼浩史です」
「マリア・アストールです。……あの、突然つかぬ事を聞くのですが」
「なんだい?」
「ライアンさんは、ハーフなんですか?」
それは俺も気になっていた。三好なんて苗字は滅多にないが、英語とかでも似たような発音をするものは絶対に無いだろう。
必然的に、日本人が血筋に関わっているはずだ。
ライアンはハハッと笑い、話し出す。
「ハーフじゃなくて、クォーターさ。ウチの爺さんが日本人でね、ハリウッドで映像技師をやってたんだ。そんで、アメリカ映画に惚れこんで、アメリカに居付いちゃって、最終的に俺が生まれたのさ」
「なるほど。じゃあ、出身はロサンゼルス?」
「ああ。けど、ISSに来る前はフィラデルフィアの
ライアンはおどけた調子で話を進める。
「私もロス出身なんです。奇遇ですね」
「ほほう! ロスはいい所だよなぁ。冬もこんなに寒くないし」
「確かに」
「でも、日本もいい所だ。水も美味いし、飯も美味い」
今度は俺をバックミラー越しに捉えながら、話しかけてくる。
「恐縮です」
「ガキの頃、爺さんに連れられてトーキョーに行ったことがある。トーキョータワーにも登ったぜ。トーキョーが一望できた。良い景色だったなぁ……。まだあるんだよな?」
「ええ。高さじゃ、新しい電波塔に抜かされましたけど、まだありますよ」
「最近は仕事が忙しくて、旅行にも行けてないからなぁ。……悪党共を捕まえて、さっさと終わらせましょうや」
俺とマリアが同意すると、彼は満足そうに頷いた。
「じゃあ、仕事の話しますか」
そう言ってから、彼は片手でグローブボックスを開けた。中には説明書やらと共に、中型のリボルバーが入っていた。
「S&Wモデル686。357マグナム弾を使ってる」
S&Wモデル686。あの有名な怪盗三世の相棒ガンマンが使ってる、拳銃の弟分だ。俺やマリアが使っている拳銃とは異なり、
ジャムの危険性が無く、信頼性の高いリボルバーというチョイスは間違ってないだろう。
「……そっちの得物は?」
その言葉に誘われるように俺はジャケットの裾を捲り、ショルダーホルスターからそこに収まったシグのP226Rを抜いた。
マリアも腰のホルスターからグロック17を抜く。
「……二つとも、すぐに撃てるようになっているか?」
「ああ。引き金を引けば」
俺達の答えに、ライアンはあのひょうきんさから想像できない硬い声を発する。
「ここでは、そうしておいた方がいい。ここは今、想像以上の危険地帯だからな」
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