腰の低い恐喝

 ニューヨーク州マンハッタン島。ISS本部。

 俺は資料に落としていた視線を上げ、自分達の真向かいに座る上司達を見た。


「……デトロイトですか」

「そうそう」


 俺のこぼした言葉を、我らが強襲係の長であるデニソン・マッテン主任が拾い上げる。


「君達に行って、向こうで指揮を執ってほしいって言われちゃってね」

「……誰が言ったんです? こんなこと言うのもナンですけど、俺達この前、香港行ったばかりですよ」


 隣に座るマリアも同意の声をあげる。

 香港に行き、哀れな兄妹と惨めな学生運動の落とし子と対面したのは、まだ記憶に新しい。

 その気になれば、あの時にぶっ放したRPG-7の反動や炸薬の香りも思い出せるほどだ。

 主任は口ヒゲを弄りながら、何処か困った顔をする。


「まぁ、というのもあるんだろうけどね」

「どういうことですか?」


 早速マリアがデニソンの言葉に食い付く。


「ほら、君達って出張に行く度に大物を捕まえてくるじゃない。テロリストに殺し屋集団に、他にも悪人を山ほど。それを総務部とか他の幹部が気に入っててね。君達を向かわせろって、うるさいんだ」

「はぁ……」


 他の局員だって、マフィアを壊滅させたりしているので実力はあるはずなのだが。何故俺なのか。

 意図してか偶然かは分からないが、俺のそんな疑問に答えるように主任は言葉を続ける。


「赤沼君とか、入ってまだ二年でしょ? なのに、かなりの悪人を捕まえてるんだから、気に入られるのもさもありなんだけどね」

「ああ……」


 そういうことならば、理解は出来る。実際に現地へ行かされて危険な目に遭う側として、納得は出来ないが。


「行ってくれるかい?」


 主任はそう上目遣いで頼んでくるが、その隣のメリッサ班長は渋い顔をしている。


「……私としては、あんまり行かせたくないんだがな」

「コラコラ、メリッサ君」

「ですが主任。デトロイトでは……」


 揉めだす二人を前に、俺達は戸惑うしかない。


「……どういうことですか?」


 主任に代わり、今度は班長が口を開く。


「デトロイトという地と、お前達のコンビは相性が悪いんだ」


 一拍置いてから班長は続ける。


「アカヌマは日本人、マリアは若い白人。デトロイトではある種の憎悪の対象だ」

「人種問題ってことですか?」

「マリアはそうだ。デトロイトは自動車の町だった時代から、黒人が多い。だから、そういった問題も多々ある。……しかし、アカヌマに関しては少々面倒だ」

「何故です?」


 人種としては、俺は黄色人種。古い考えかもしれないが、白人をマジョリティーとするなら黄色人種や黒人はマイノリティーの側となる。

 一昔前なら「黄色い猿」と罵倒されて、石でも投げつけられただろう。

 ならば、同じ差別される対象だろうが。

 そう思っていたが、その予想は易易と超えられた。


「お前が日本人で、デトロイトにとっては破壊者だからだ」

「破壊者?」

「デトロイトはさっき私が言ったみたいに、車の町、自動車産業で栄えた町だ。だが、70から80年代に掛けての日本車の台頭で、デトロイトの自動車産業は一気に衰えた。そのせいで、治安は悪化、貧困層は激増した。だから破壊者なんだ」

「ちょっと待ってくださいよ。……その時代って、そもそも俺は産まれてません。破壊者って言われてたって……」


 こちとら90年産まれで、産まれてすぐにバブルが弾けた身だ。親父が警察官だったおかげで食うに困るとかは無かったが、バブルの恩恵は受けなかった世代である。

 恩恵を受け、破壊者と呼ばれても不自然ではない世代は俺の親とかそこらへんだ。


「確かにアカヌマ、お前の言う通りではあるんだが……。それは、デトロイトでは通用しないんだ。お前が日本人である以上はな」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ということか。

 普段なら皮肉げに唇を歪めて、一つ笑ってみせるだろうが、班長達の手前それをやるのは止めた。

 ここで主任が再び話の主導権を握った。


「まぁ、私としては君達の意見を尊重したいと思っている」


 不安げな班長をよそに、主任は飄々と笑っている。


「決断が全てさ。君達がデトロイト行きを拒否しようとも僕は責めないし、他の誰にも責めさせない。それに、君達の評価を下げる気はないよ」


 彼は背中を曲げ、俺とマリアの目を交互に覗き込むようにする。


「けれど、これだけは言っておこう。……最終的に、後悔しない方を選びなさい」


 「それって、行けって言ってません?」と言いたくなるのを堪える。隣を見れば、マリアも何か言いたげな表情をして口をへの字に曲げていた。

 どうやら、マリアも同じことを思ったらしい。

 班長がついた大きな溜息が、主任の真意を暗に語っているようだ。

 俺は再び、資料へ目を落とした。

 資料にはデトロイトが陥っている状態と、そこに蔓延る悪党達の組織名が記されていた。

 地域密着型の有象無象のギャング団の名前の上に、赤字で記された組織が二つあった。

 フアレス・カルテルとロス・セタス。

 どちらもデトロイト出身の組織ではなく、メキシコの有名な麻薬カルテルである。

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