デトロイト闘争記
路上にて
アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト。
かつて自動車メーカーのフォードやゼネラルモーターズやクライスラーが拠点を構え、モーターシティーとも呼ばれていた都市。
自動車産業で栄華を極めていた時代は、百八十万もの人々が暮らしていた。
しかし、70年代からは安価で丈夫な日本車の台頭によりアメ車の需要が減少。それによって関連企業の倒産や破綻が相次ぎ、多数の失業者と浮浪者を出すことになる。同時に治安も悪化していった。
市当局は必死に対応するが、一度動き出した流れを止めるのは困難を極めた。
富裕層は郊外に移住し、都市には移住できない貧困層が取り残され治安は悪化の一途を辿る。あまりの人気の無さや貧困具合から空き家が増え、一ドルで投げ売りされている地域も少なくない。
追い打ちというより、死体蹴りだが2008年に発生したリーマンショックによってこれまでデトロイトをけん引してきた自動車産業が死に体となり、自動車産業によるデトロイトの再起はほぼ不可能となる。
五年後の2013年には財政破綻し、負債額は約二兆円だった。
統計上では市内に住む子供の六割が貧困生活を強いられており、市民の半分が読み書きもできず、市内の住宅の三分の一が廃墟か空き部屋となっていて、市民の失業率は18パーセントに達している。しかも、警官が通報を受けて現場に到着する平均時間は、人手不足のために約一時間かかる。
2020年代に入って多少は回復してきたとはいえ、書いて字の通りの犯罪都市、無法地帯であることには変わりない。
工業労働者として住んでいた黒人の子孫がマフィア化し、銃器片手に徒党を組んで闊歩する。
住民無き抜け殻が二月の凍てつく風を受けながら、朽ちて塵芥となる日を待つ。
二度と動くことのない巨人の心臓の如き廃工場は、何も語ること無く寂れた街を見下ろす。
今日もまた、ならず者がデトロイトに流れてくる。
大都会では食えない半端者。組織からあぶれた一匹狼。時代遅れのヤクザ者。
デトロイトの街を一台の黒塗り型落ちベンツが走っていた。
ハンドルを握るのは、三か月前にシカゴから流れてきた半端者。助手席に座るはその情婦。
彼等はシカゴのギャング団の名を騙り、弱小ギャングから金をタカっていた。
シカゴからここデトロイトにも活動拠点を作る。潰されたくなければ、金を寄こせ。
半端者がギャングに属していたのは事実だが、ロクにアガリも納めずに呆れられて破門されたロクデナシである。
虎の威を借る狐といったところだが、それを咎める知能もプライドも無い彼等にはこれが効率のいい稼ぎ方であり、ギャングだらけの町で手っ取り早くのし上がる方法でもあった。
今日もまた、彼等はギャングから金を巻き上げてアジトへ帰るところだ。
情婦が科を作った声を出しながら半端者へ甘え、ネッキングを始める。
半端者はそれを咎めるも、その声は満更ではなさそうだ。
そうこうしているうちに二人の昂りは一線を超え、遂に情婦は半端者の社会の窓を開け始めた。体勢的には不自然ではない。
お楽しみのひと時を過ごそうと、半端者が信号で停めたその時。
後ろから追突された。半端者のモノは一気に萎え、お楽しみを邪魔された怒りが沸騰する。
情婦を車に残し雪が降りしきる中、半端者はカマを掘った相手へ怒鳴りに向かう。半端者のベンツはライトなどは割れていないが、後部が大きくへこんでいた。
カマを掘った車は白のマツダのボンゴフレンディ。ボンゴを睨みつけながら、半端者は車へ近づいていく。
車の窓にはスモークフィルムが貼られており、中の様子は伺えない。
半端者は運転席の窓を叩いた。反応は無い。
半端者は悪態をつきながらボディーを蹴りながら、スライドドアまで回った。
ドアを開けろと騒ぎ、ドアを何度も蹴り飛ばす。
そんなとき、瞬間接着剤で固められたとも思われていたスライドドアが一気に開け放たれる。
半端者はその際、蹴り飛ばそうと足を上げていたので、間抜けにも体勢を崩した。
顔を上げた彼の視界を捉えたのは、丸太の如き太さを誇る黒い腕であった。
そんな腕のストレートパンチを喰らった半端者は、軽く吹き飛んだ。
趣味の悪い白のスーツが泥と雪で汚れ、灰色の地面に鼻や口から溢れる鮮血を垂らす。
車から、二人の男が降りてきた。
いくつLが付くか分からないくらい大きなダウンジャケットを着こんだ、筋肉で身体が形成されているような大男が二セット。
服装や体格に黒い肌と、もみあげとヒゲといった容姿も同じであり、双子であることは容易に想像できるが、そんな考え事をする余裕は今の半端者には無い。
この状況をどう切り抜けるか。その事だけを考えていた。
しかし、彼は大男の一人に数発殴られると気絶し、全身を弛緩させる。
逃げることは叶わず、ボンゴに乗せられていく。
その様子をどうすることも出来ずに眺めていた情婦は、震える手でスマホを取り出し911に連絡しようとするが。
突如として差し込んできた冷気と共に生えてきた腕が、彼女のスマホを奪う。
振り返れば、そこに立っていたのはメキシコ系の女だった。
タンクトップにモッズ・コートを羽織っており、口元と耳に付いたピアスが街灯の光を鈍く反射している。
スマホを握る反対の手には、チェコのCZ社製CZ100拳銃が握られており、その銃口は真っ直ぐ情婦へ向けられていた。
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