確保

 市警本部を出発して十分と三十秒。ヘリパイが朗報を伝えた。


『該当車両を発見。本機より一時の方向』


 向かい合って座っていた俺とマリアが、窓に顔を貼り付かせる。

 俺達の中で一番、目の良いマリアが声をあげた。


「あれ!」


 彼女が指差す方に目を凝らすと、前方に市警のパトカーが見えた。

 かなり飛ばし、多くの車を追い越しているのにサイレンやその類を一切鳴らしていない。不自然だ。


「あれだ。間違いない」


 俺はMP5のセーフティーを外した。そして、ヘッドセットを使いヘリパイへ指示を出す。


「あのパトカーにライトを照射して、前に出てくれ。それから、俺が合図してから高度を落としてくれないか」

『了解』


 ヘリパイはスイッチを幾つか弄り、ライトを点けた。何カンデラか分からないが、とにかく眩い光がパトカーを包み込む。

 突然の出来事に余程慌てたのだろう、パトカーが大きくふらついた。


「よし。……マリア」


 俺は向かいに座る相棒の目を見た。


「任せて」


 彼女はライフルのボルトを操作し、薬室へ.338ラプアマグナム弾を送り込んだ。

 ヘリはライトをパトカーへ向けたまま、車の前へ躍り出る。


「ドア開けるぞ!」

『え? えっ?』


 戸惑うヘリパイとヴィンセントには申し訳ないと思いつつ、俺は扉を開け放ち、マリアはライフルを構えた。

 機内に猛烈な風が吹き込むが、ある種のトランス状態にあるのか彼女は動じない。目がカッと開かれ、指が僅かに動く。

 周りの音がほとんど聞こえなくなるくらいヘリのローター音は機内に響いているが、銃声は何故か聞こえた。

 下を見れば、パトカーは大きくスリップして、側面のガードレールに衝突したところだ。

 マリアが、狙撃でパトカーの左前輪を撃ち抜いたのだ。


「今だ! 高度を下げてくれ!」

『了解!』


 ヘリパイは自棄気味に叫んだ。徐々に高度を下ろし、ヘリが地面まで後二メートルほどまで来た時。

 俺達は揃ってシートベルトを外した。


『お二人さん!?』

「ヴィンセントさん。……こっからは、俺達の領分だ。ヘリパイさん。俺達が降りたら、すぐに飛んでくれ。流れ弾に当たるかもしれん」


 言うだけ言ってそれらの返事を待たずに、マリアと共にヘリから飛び降りた。

 ヘリはすぐに高度を上げていく。

 俺は片膝立ちになって、車のヘッドライトを狙い撃つ。後続車両のライトがあるので俺達が逆光側であるのは変わらないが、これで少しはやりやすくなった。

 マリアはM24からグロックに持ち替え、同じく銃口を向けた。


「武器を捨てて、大人しく出て来い!」

「今すぐ出てきなさい!」


 この状況。俺がMP5のセレクターを連射に切り替えて、引き金をチョイと引けばパトカーに乗ってる連中を皆殺しに出来るのだ。

 将棋なら王手、チェスならチェックメイトといったところだ。

 当然だが、そんな残虐なことをする気はサラサラない。しかし、人間の想像力は豊かなのでそんな残虐なことを、うっかり想像してしまうものだ。

 相手が人間並の知性を兼ね備えていれば、そればかりは避けたいと白旗を振るはずである。

 だが、いくら状況が状況とはいえ金欲しさに強盗するようなアホウに、それを期待した俺も馬鹿だった。

 次の瞬間、全身を駆け巡る寒気。反射。

 第六感とも呼べる、俺の危機察知能力のアンテナが反応した。


「伏せろ!」


 叫び声の最後の方は銃声に持っていかれた。俺のMP5でも、マリアのグロックでもない重たい銃声。

 おそらく散弾銃だ。

 それに合わせて、パトカーから男達が飛び出してくる。

 見覚えのある作業服が二人と、警察の制服が二人。それぞれの手には、拳銃グロック19散弾銃レミントンM870自動小銃AR-15が握られている。

 種類から考えるに、パトカーに積まれていた物だろう。

 俺は地面に伏せながら男達を睨みつけ、引き金を引く。

 まずは一人、拳銃を構えていた制服野郎の肩を撃ち抜く。

 そいつの叫び声が轟くよりも先に、二撃目を放つ。それは外れたが、三撃目は自動小銃を持った奴の脇腹に当たる。

 この間、約二秒。

 同じ二秒で、マリアも二人仕留めていた。

 彼女は手を狙って、しっかりと命中させている。


「………………」


 俺達は目配せをし、車内を覗き込んだ。

 中には肩を押さえて荒い呼吸を繰り返す、作業服の男がいた。外で悶えている四人とは異なり、武器を手にしていない。


「貴方……」


 マリアが声を発する。


「知り合い?」

「……私が肩を撃った人」

「ああ……」


 銀行で散弾銃を持ってた奴だ。あの時は覆面を被っていたので、人相が分からなかったのだ。どうやら、事故の衝撃で傷が開いたようで作業服にまで血が染みている。

 男は億劫そうに首を動かし、俺とマリアを交互に見てから口を動かした。


「……天国から地獄、か」


 その言葉には、自嘲の色が強く滲んでいた。だからといって、どうということは無いが。


「皆は、どうなった……?」

「死んではない。……だから動くなよ、救急車呼ぶから」

「……………………」


 男は無言だったが、怪我と痛みのせいで武器は握れないだろうと踏み、視線を外す。

 すると。


「……悪いことは出来ないなぁ」


 そう男が呟いた。それに俺は「当たり前だ馬鹿垂れ」と返し、マリアは呆れの感情が籠もった大きな溜息をついた。

 

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