追跡

 強盗達は三人揃って馬鹿笑いしていた。

 作戦が成功したことは勿論、自分達が想定していた以上の金品や転売可能な麻薬を手に入れたことで、テンションが上がっているのだ。


「うるせーぞぉ」


 前に座る二人。制服を着た警官が馬鹿騒ぎを咎めるような言葉を発するが、声色は完全に騒ぎに乗っていた。

 彼等は強盗達の協力者もとい、共犯者である。


「あー早くビール飲みてー」

「ニューヨーク市を出るまで待てよ。ビール臭い警官なんて、怪しさ満点だろ」

「それもそうだな」


 強盗三人組と不良警官二人が出会ったのは、数か月前。

 まだ西暦が2021年だった頃。公園の木々が色づき始め、木枯らしが鳴り出した時期であった。

 今日食べる飯にも困っているくせになけなしの金で宵越しの一杯にありつこうとした浅ましき三匹と、人生が上手くいかない理由を世間のせいと決めつけた二匹は出会った。いや、出会ってしまったのだ。

 ニューヨークの片隅に存在する、場末のバーで。安酒を舐め、安煙草をふかしながら。

 金の無い退役軍人と勤務中にも関わらず制服姿で酒を呷る不良警官は、どこかしらの波長が合ったようですぐに意気投合した。

 だが知性も学も無い彼等にウィットに富んだジョークも、教養に富んだ話を弾ませる能力は無く、二言目には社会への不満や金が無いと叫ぶ。

 無い無いづくしの話が二時間続いた時であった。


「……いや、金ならあるな。銀行に、山ほど」


 ニールがそんなことを口にした。

 その言葉に、残りの四人は喰い付きを見せる。


「銀行……襲うか?」

「バーカ、そんなことしたって捕まるのがオチだ」

「……おいおい、俺達を誰だと思っている?」

「警察署から逃げられたとしても、リスクに対してリターンが合ってなくないか?」


 身を寄せ合い、良からぬ話を煮詰めていく。

 そして、計画を実行へと移していった。不良警官の二人から銃を横流ししてもらい、銀行を襲う。そして捕まり、二人に解放してもらって銀行の金や行き掛けの駄賃として金目の物や麻薬を頂いていく。

 計画通りことは進み、見事成功した。

 貧乏で苦労しながらも、真面目に仕事している者を嘲笑うかのように。

 彼等はこのまま空港に向かい、南の国へ高飛びする。

 はハイウェイを爆走していた。



 市警本部に着陸したヘリコプターは、飛び立つ時を待っている。

 そして、その時は訪れようとしていた。


『アカヌマ。不審車両を見つけた』


 班長からの連絡を受け取る。


「どこ走ってます?」

『ハイウェイを、ニューヨーク・スチュワート国際空港方向に走っている』

「車種は?」

『市警本部所属のパトカーだ』

「パトカー? そっちって、市警の管轄外ですよね?」

『だから不審車両なんだ。しかも、市警本部でごたごたが起きて、検問を展開しているのに、サイレンも鳴らさずにマンハッタンとは逆方向に走っている』

「……ビンゴじゃないですか」

『他に不審車両は見つからなかった』

「そっちに行きます。車の現在位置は?」


 班長からおおよその現在位置を聞き、それをマリアとヴィンセント、そしてヘリのパイロットへ話す。

 ヘリのエンジンが甲高い音を発し、ローターがゆっくりと回り出す。


「さぁ、出発だ!」


 背負っていたMP5を身体の前に回す。

 ヘリに乗り込み、マンハッタン島の上空へ昇る。雨上がりのマンハッタンは残酷なほど美しかった。

 ビルの一部屋一部屋が光を漏らし、道路に並ぶ車のライトがヴェールを創り上げている。

 それを見て俺は、『夜景は誰かの残業で出来ている』という皮肉めいた言葉を思い出してしまった。

 この世界は自分一人の力で回っている訳ではない。

 俺だって、野菜や食肉を作ってくれる農家や畜産家がいなければ飢える。生活インフラを整えてくれる作業員さんがいなければ、文化的な生活を送ることはできない。

 それらを享受する代わりに、俺は彼等の生活を脅かす連中を持ち得る力を用いて無力化もしくは撃滅する。

 ギブアンドテイク。

 だが、そのギブアンドテイクには重大な欠点がある。

 それぞれのギブとテイクが等しくないことだ。

 俺を例にすれば、俺は命と精神をすり減らしながら社会の敵を倒しているのに、テイクする連中は危険なことをしていない。

 資本主義や能力主義で回っている二十一世紀において、仕方のないことではあるが。

 勿論、俺自身はそういうことを百も承知でこんな稼業をやっているので文句は無いが、世の中にはそういうことに不満を持ち憎悪へと拗らす連中もいる。

 そういう連中を十把一絡げに悪人や敵と認定する趣味も思考も無いが、そう言う連中が往々にして社会悪や反社会勢力となりやすいのは事実だ。

 それを悲しいことだと思う反面、もし自分が同じ状況、境遇だった際に果たして道を間違えずにいられるかという疑問も残る。

 目の前にいる悪人が、別世界の自分である可能性を否定できないのだ。

 俺は運が良かっただけではないか。たまたま恵まれていただけではないか。

 そう考えずにはいられないのである。

 しかし、現実は違う。俺はISS局員、相手は銀行強盗だ。

 相手を無力化し、捕まえることだけを考えるべきだ。

 俺は眼下を流れるハイウェイに目を移し、湿った思考を追い出した。

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