発覚

 特別保管庫の前には人だかりが出来ていた。人を掻き分けて進めばそこに広がっていたのは、酷く荒された部屋であった。


「おいおいおいおい……」


 幸か不幸か、銃器などは厳重な金庫やガンケースに仕舞われていたので盗まれてはいなかったが、他の物はかなりの量が盗まれていた。

 今日押収した現金を始めとした金品や、麻薬なども無くなっている。

 だが、鍵を壊した形跡は全く無かった。

 それがという俺の考えの裏付けとなっていた。


「……やられたな」


 ヴィンセントは力無く呟いた。


「連中は、このことを言ってたのか……」


 この惨状が、『捕まっても金が手に入る』の答え合わせだ。

 現金は勿論だが、麻薬や宝石類は転売すれば相当な額の金が手に入るだろう。



「真相が分かったよ。……にしても、悪知恵が回る連中だ」


 俺は皮肉げに顔を歪め、床に落ちていた大麻が詰まった袋を足で小突いた。

 最初から、強盗三人は捕まることを前提に置いていたのだろう。だから逃げられる状況なのに逃げなかったり、すぐに投降したのだろう。

 チグハグな行動を取ったのは、捜査を撹乱するため。真の目的をあやふやにしたり、こうして逃げても共犯者の存在を有耶無耶にするためだ。

 俺が警官が協力者となっている可能性に気が付けたのは、マリアとヴィンセントの話を聞いたからだ。二人の話がなければ、その発想に辿り着けたか怪しい。


「……警官を抱き込んでおくとはな。本当に考えたもんだ」


 警官なら留置場の警備を問題なく倒せる。

 警棒や拳銃といった武器もあるし、警備もまさか同僚が襲ってくるとは思いもよらないだろう。

 こうして強盗達は大金をせしめ、逃げたわけだが。そのまま逃がしては、とんだ恥晒しである。

 人として、一人の治安職員として見過ごす訳にはいかない。

 それに個人的なことを言うと、マリアを蹴ったピストルカービン男にお礼参りをしていない。

 義憤に駆られてと言い切れるほど、俺は人間が出来ていないのだ。


「おい!」


 人だかりに向かって、俺は叫んだ。


「ここはいつからこうなってた!」


 その問いに五秒ほどざわめきが続き、人だかりから「十分ぐらい前だそうです!」と女性の声がした。

 仮に十分前に強盗達が警察署から逃げたとして、車を使っていてもまだマンハッタン島からは出てないだろう。

 すぐさまヴィンセントに声を掛ける。


「ヴィンセントさん」

「……なんだ」

「アンタの権限でヘリは出せるか? 検問は出来るか?」

「いや、部長の決裁が必要だ」

「だったら、頼んでください」


 次にマリアを見る。


「マリア」

「なに?」

「強盗を捕まえるとか言って、狙撃銃を借りてこい。ついでに、サブマシンガンも一丁借りてきてくれ」

「分かった」


 マリアが駆け出す。

 次に俺は携帯を出し、班長に電話を掛けた。


「もしもし、赤沼で――」


 その瞬間、怒号が耳を貫く。が、それもある意味想定していたことではあるが。


『連絡もせず、何処をほっつき歩いてた! こっちのテレビじゃ、強盗は逮捕されたってやってるぞ!』

「……すいません」


 なにかあったら連絡しろと言われていたののに、連絡していなかったのだ。俺が百パーセント悪い。

 怒られている側として言い分はあるが、それを班長に聞かせるために連絡をしたわけではない。


『で、マリアは無事なのか?』

「ピンピンしてます。けど、大変なことになりまして……」


 俺は、逮捕された強盗が逃げたことを端的に話す。班長も話を聞いている内に落ち着いてきたようで、声のトーンも落ちてきた。


『――なるほど。それで、ウチは何をすればいい?』

「調査係に警察署付近の防犯カメラを探らせてほしいんです。不審車両があれば、教えてください」

『分かった。何かあれば教えるから、絶対に出ろよ』

「……はい」


 班長はそれはそれと前置きをしてから、「帰ってきたら覚悟しろ」とも言った。

 猛烈に帰りたくない気持ちと、強盗達をしばいて少しでもお叱りを軽くしてやるという気持ちが同時に湧き上がってくる。

 それなら、少しでも世のためになることをした方がいい。


(絶対に強盗を捕まえよう)


 そう思いながら、俺は人だかりを掻き分けた。


 十分後。

 武器庫にいた俺とマリアの元に、ヴィンセントがやってきた。急いで来たようで、額には汗が浮かんでいる。


「ヘリを出すそうだ。五分後にここの屋上に着陸する。検問は各所の分署に指示しているが、展開するにはまだ少し時間が掛かるそうだ」

「ありがとうございます」


 俺はMP5の弾倉に、9ミリパラ弾を押し込み終えたところだった。

 マリアはとっくに準備を終えており、借りたレミントン社製のM24ライフルを背負って、俺の弾込めを手伝ってくれている。


「……準備万端ですな」

「まさか。……まだ、標的の居場所が割れてない」


 強盗達の居場所捜索は検問がすぐに出来ない以上、ISS一本頼りだ。調査係を信用してないわけじゃないが、不安は雪の如く積もっていく。

 強盗達だって、盗んだ物をよもや抱きながら運んではいないだろう。絶対に車を使用している。

 そうなれば、彼等は刻一刻とこのマンハッタンの地を離れていく。

 ヘリの行動範囲を越えれば一巻の終わりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る