急転
チキンを平らげた俺達は、その場しのぎの対応としてミントタブレットを購入して市警本部へ向かった。
受付の警官に。
「殺人強盗課のヴィンセントさんに繋いでくれ、ISSの者と言えば分かる」
と言って微妙な顔をされたのは、決してISS局員が刑事を訪ねてきたからではないだろう。
(……本部に戻る前に、絶対に歯を磨こう)
受付の反応を見てマリアも同じことを思ったのか、口をいつも以上に固く結んでいる。女性にとって口臭は、男以上にデリケートな問題だろう。
気休めにしかならないが、念の為にとタブレットを噛んでいると。
「どうも」
ネクタイを外したヴィンセントが、片手を上げながらやってきた。
「腹ごしらえは……済んだみたいだな」
俺達から香る、肉とニンニクとネギの匂いで察したらしい。
「……まぁいいや。話聞くんで、付いて来てください」
そう言い、彼は俺達を近くの会議室へ案内する。
会議室には既に記録用のノートパソコンが用意してあり、俺達が椅子に座るとほぼ同時にヴィンセントはマリアへ質問を始める。
俺は隣で、それを聞いていた。
彼女の話し方は決して上手くはなかったが、あの場で何があったかを簡潔明瞭に説明した。
元は聞く側だったからか、説明のツボを分かっている。
パソコンのキーを叩き終わったヴィンセントは、指を揉みほぐした。
「なるほど、よく分かった」
「お役に立てたなら、幸いです。……ただ」
「なんです?」
「強盗達の動きについて、少し気になることがあって」
「……話してみてください」
マリアは先程俺に話したことと同じことをヴィンセントへ話した。
数々の強盗犯を相手にしてきただけあって、彼は彼女が語った出来事が何を指しているかを真剣に考えているようだ。
かなりの時間考え込んでから、ヴィンセントは口を開いた。
「確かに、おかしい……」
現職刑事のお墨付きを貰い、マリアはホッとしたようだ。
「ここだけの話、俺もあの強盗達は変だと思ってたんだ」
「どういうことです?」
この会議室に入ってから初めて、俺は口を開いた。
「連中、突入する前は投降するのを嫌がってたくせに、突入した途端、投降しやがった」
それは俺も間近で見ていたので、よく知っている。
ある意味、見事な投降ぶりだった。
「捕まりたいのか、捕まりたくないのか、よく分かんないな」
俺が素直な感想を口にすると、マリアが鋭く切り込んだ。
「……案外、それが目的かもしれないわね。何を企んでるのかは知らないけど、捜査を攪乱させるために」
ただの馬鹿な強盗かと思いきや、意外と知能犯ときた。
マリアの言葉の説得力を高めるかのように、ヴィンセントが続ける。
「それに……。連中のリーダー、自動小銃持ってた奴だがな。アイツが妙なことを言ったんだ」
「妙なこと」
「『捕まっても、金は手に入る』とさ」
「はぁ?」
どんな錬金術を使えば、逮捕されても金が手に入るというのだ。
「捕まろうが、捕まらなかろうが金を手に入れる仕組みを既に組み立てておいたってことだ」
俺はそもそも畑違い。マリアも元警察官といえど直近はSWATで、その前は地域課の文字通りのお巡りさんだったのだ。
餅は餅屋と、専門家に質問をする。
「……どういうことです?」
「今回のこの強盗は、金に困った馬鹿が一攫千金で場当たり的にやった犯行じゃなくて、仲間と計画を練りに練ってやった作戦行動だったってことだ」
「……作戦行動」
「どんな作戦かは、本人達の口から聞くしかないが……どうにも嫌な予感がするな……」
顎に薄っすら生えた髭を掻きながら、ヴィンセントが言ったとほぼ同時。
真っ青な顔をした制服の巡査が駆け込んできた。
アメリカに来て何度も似たような経験をしてきたから言えるが、言霊というのは存在するらしい。
「今日逮捕した強盗達が……逃げました……」
一瞬。俺達の間を奇妙な沈黙が支配した。
強盗達に先を越された。
言葉を使わずとも、そのことは他の二人も理解したのだろう。
俺達はほぼ同時に、駆け込んできた巡査へ掴みかかった。
「それ本当か?」
「冗談じゃないでしょうね?」
「ウソじゃねぇだろうな?」
ドスの効いた声を三方向から投げかけられ、若い巡査は泣きそうな顔で何度も首を縦に振った。
「ジーザスクライスト……」
ヴィンセントは目を片手で覆いながら、そう漏らす。
「……これも作戦の内かな?」
「……多分」
俺達二人は顔を見合わせ、この状況がどれだけのことかを確かめる。少なくとも、警備部門の人間の首が飛ぶはずだ。
なんとか取り直した巡査は更に言葉を続ける。
「警備にあたってた人が殴り倒されている間に、逃げたみたいです」
「殴り倒された?」
「ええ……」
警官が殴り倒されるなんて、ただ事ではない。しかも、ここは警察署だ。警官を殴り倒せるような武器やフィジカルを持った人間が、おいそれと入れる場所ではない。
俺達だって、ヴィンセントが迎えに来るまで受付で大人しく待っていたのだ。
部外者が入れないということは、内部の人間がやったということに――。
「あっ……」
ここまで考えると、みるみるうちに点と点が線で繋がっていく。
「おい!」
「は、はい!」
俺は再び巡査に掴みかかった。
「今日、押収した現金と武器類は何処にある!」
「ご、五階の特別保管室です……」
「今すぐ案内しろ! 今すぐだ!」
ここまでの流れを見ていたマリアとヴィンセントも、今の俺の言葉にピンと来たようだった。
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