疑問
マリアの腹の虫を黙らせるべく、近くにあったいい匂いを漂わせている店に入る。フライドチキン屋だった。
それもただのチキンではなく、韓国のフライドチキンだ。
俺には違いがよく分からないが、商品説明を見る限りでは牛乳に鶏肉を漬けていたり、衣が日本やアメリカのとは違うらしい。
キャラメルフラペチーノに革靴のナウでヤングなニューヨーカーにも馬鹿ウケらしいようで、ひっきりなしに客が入ってくる。
「これとこれとこれ。……あと、この水原カルビ味ってのをください」
適当に注文して、受け取った商品をマリアに献上する。
「どうぞ」
「ありがと」
彼女は満面の笑みで紙箱を開ける。道すがら聞いた彼女の話では、昼から今の今まで飲まず食わずだったらしい。その間約四時間。
俺もそれ以上の時間を飲まず食わずで過ごした経験があるが、やはりキツイ。人間の一番苦しい死に方は餓死だと聞いたことがあるが、それを肌で感じた。
「……沢山食え。遠慮するな」
既にマリアは恥も外聞もなく、ただ腹を満たそうと口いっぱいにチキンを詰め込んでいた。
詰め込んだ肉をやっと飲み込んだ彼女は、残り少ないチキンをこちらにも差し出す。
「浩史も食べなよ。このタレが掛かってるヤツ、美味しいからさ」
その言葉に甘え、壁に寄ってタレ掛けチキンもとい水原カルビ味チキンを頂く。
チキンなのにカルビとはこれいかに、と思ったが、鶏肉自体が淡白なので濃い目のタレが合う。
タレにはニンニクとネギがたっぷりと入っているのだろう。味にパンチがある。
美味しいが、これを食った後キスはしたくない。本部に戻る前に一度家に帰って歯を磨いて口臭防止スプレーを空にしなければ、班長に怒られるだろう。
「美味いな」
「ね」
一箱を空にして、お互いにミネラルウォーターで一息付く。マリアからすれば人心地ついただろうが。
ペットボトルのキャップを締めながら、彼女が口を開く。
「……ねぇ」
「ん?」
カルビ味に即発されて、俺は二箱目に手を付けていた。
「少し聞きたいことがあるんだけどさ……」
「なんだよ」
彼女の顔は真剣で、今から投げかけられる質問の内容がチキンの味を訊ねるものではないのは予測できる。
「もし、浩史が強盗に入ったとして――」
「急にとんでもないこと聞くな」
予想の斜め上どころか、予想の枠組みを超えてきた。
「――いいから。それで、もし警察が予測より早く来たら? お金は既に持ってるとして」
「警察の数は?」
「パトカー一台」
「じゃあ、頭数は二人か。それだったら、殺すなりなんなりして無力化してさっさと逃げるわな。強盗するくらいなら、武器も持ってるだろうし。金も手に入れたのなら、居座る理由がない」
フル武装の特殊部隊が押し寄せてくるならまだしも、警らの警官相手だったら簡単に逃げられるはずだ。
「それが普通だよね」
神妙な顔をしてマリアが同意を求めてくるので、俺は頷いた。
「私もそうするわ。……だけど、あの強盗はそれをしなかったの」
「なんだって?」
「だから、警らのパトカーが駆け付けてきてすぐに、立て籠もろうとしたのよ」
「は?」
俺は連中の武装を思い出す。
5.56ミリの自動小銃。9ミリのピストルカービン。12ゲージのセミオート散弾銃。
警らの警官相手なら、過剰火力ともなり得る武装だ。現に強盗団は警官の足を一本吹っ飛ばしている。
個人的にはこれが気になる。
強盗するほど切迫していたのに、何故銃を揃えられたのか。それもおんぼろの中古ではなく、新品か中古でも美品を買えたのか。
もしかすると、協力者がいるのかもしれない。
そんな考えが脳裏をよぎるが、一先ずマリアの話に戻る。
「……金は手に入れてたのか?」
「うん。……というか、浩史も見たでしょ? 警察が回収してた鞄の中に金が入ってるはず」
「……なんで、目的は達成してたのに立て籠もった?」
ヴィンセントが言っていたが、三人組は銀行の前に逃走用の車両まで用意していた。逃げようとする意志は感じられる。しかし、実際には警察を前にして逃げなかったのだ。
「おかしいのはそれだけじゃないわ。連中、これからどうするかを私の前で話し出したのよ」
「それは、お前が人質として近くにいたからだろ」
「そうじゃないの。わざわざ声を潜めてたのに、私の前から一歩も動こうとしなかったのよ。本当に聞かれたくなければ、場所を移して話すでしょ?」
「……言われてみれば、確かに」
やっていることがチグハグだ。
逃げられるのに逃げず、内緒話をしているくせに人払いをしない。
「……連中、本当に金が欲しかったのか?」
ここまでくると、金目的の強盗かも怪しく思えてくる。もしかしたら、なにか別の目的があるのかもしれない。
それは俺の知ったことではないが。
しかし、マリアは俺の疑問を即座に否定した。
「金が目的なのは間違いないと思う。だって、金を手にしてから妙にソワソワしてたし、嬉しそうだった」
強盗を間近で見ていた分、その言葉には信頼性がある。
「……そうか」
これでますます理解が出来なくなった。
マリアの話を鵜呑みにするなら強盗達は金を手にしたにも関わらず、警察が来た瞬間に立て籠もり、逃げ切るルートを自ら潰したことになる。
地下に逃走用のトンネルがあれば分からなくもないが、強盗達は警察が突入するまでその場にいたのだ。
まるで、捕まえてくださいと言わんばかりに。
「ワケ分かんねぇな」
俺は二箱目最後のチキンを口に放り込みながら、呟いた。
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