退役軍人

 最初は壁や窓を複数個所でノックされていると思ったのか、強盗達は銃口を四方八方へ向けたり、人質達に「静かにしろ!」と怒鳴ったりもした。

 だが、ノックの音は感覚が短くなっていき、最終的にはザーという砂嵐みたいな音となった。

 自動小銃の男が「雨か」と呟き、ここで仲間も合点がいったようだ。

 よくよく窓を見れば、潰れた雨粒が垂れている。

 私は時計を見上げ、どれだけ時間が経ったかを確認する。

 時計を見上げて戦慄する。強盗が入ってから、まだ一時間も経過していなかったのだ。

 感覚としては、もう三時間は経っているはずだったのだが。


(……外はどうなっているんだろう)


 外と室内を隔絶させているシャッターをぼんやりと眺める。

 けたたましく聞こえていたパトカーのサイレンも、飛び飛びで聞こえていた人の声ももうしない。不気味なほど静かなのだ。あまりに静かなので、銀行内の私達を残して世界中から人が消えたのだと錯覚するほど。


「……これからどうする?」


 ボリュームを落としているはずの強盗達の声も聞こえてくる。


「どうするもこうするも、警察サツと交渉して……逃げるしかないだろ」

「逃げるって……」


 散弾銃の男が私を見る。


「この女を人質にして、交渉するんだ。ISSの人間なら連中も無下にはしないはずだ」

「お前、それ本気で言ってるのか?」


 ピストルカービンの男が声を震わせた。


「どうせ人質を盾にしても、スナイパーや特殊部隊に制圧されるのがオチだ」


 そう言う、男のグロックを握る手に力が入り、色が白くなる。


「だったら、見せしめに一人殺してやる……。そうしたら、流石の警察も……突入を避けるだろ」


 聞くに堪えない思考を目の前にし、マリアは言葉を脳内のフィルターに通すより先に口から発していた。


「馬鹿ね。そうなれば、警察は問答無用で突入してくるわ」


 突然口を挟みだした人質に驚いたようで、頭に血が上っていたカービン男も鼻白む。


「今のところ、貴方達の罪は強盗と違法銃器の不法所だけ。長い間、刑務所に入ることになるだろうけど、死刑にはならない。だけど、人を殺せば、マザーテレサ並の善行を積んでようと問答無用で死刑よ」


 死刑。そのワードに弾かれるかの如く、カービン男が私の額へ強く銃口を押し付ける。


「止めろ」


 自動小銃の男が手で制す。


「お前のせいだ! お前が撃たなきゃ、逃げれたんだ!」


 あまりの身勝手さに、私の貯まっていた感情が破裂する。


「強盗なんかやる、アンタ達が悪いんでしょ!」


 沈黙。

 外の沈黙が一瞬のうちに、ここまで侵食してきたか。

 そう思ったのも束の間、鈍い痛みが身体全体を襲う。

 何が起きたか。視界は薄汚れた床が支配している。

 どうやら私は、カービン男によって座らされていた椅子ごと蹴飛ばされたらしい。

 蹴りから間髪入れずに男はマウントを取ろうとしたが、自動小銃の男がビンタして止める。


「馬鹿野郎! なにやってんだ!」


 カービン男は半ば奪われるように拳銃を放したが、怒りを収める気はないらしい。


「クソ女! 舐めやがって!」

「私がクソなら、アンタ達はクソ以下よ!」


 売り言葉に買い言葉。子供じみたやり取りがヒートアップさせていったが。


「俺達だって、やりたくてやってる訳じゃないんだ!」


 カービン男のその言葉がマリアの琴線に触れた。

 カービン男もそれを言おうとしたわけではなく、口を滑らせたようだ。彼の表情がそれを物語っている。

 元警察官という経験と元々持っていた浪花節的な素養が成すナマモノの部分、もしくは単純に彼氏赤沼に似ただけかもしれないが、何か感じるところがあったのだ。


「……じゃあ、なんでやってんのよ」


 人間関係は鏡なんて言葉があるが実際にその通りで、マリアが冷めるとカービン男の声のトーンも落ちてきた。


「金が無いからだよ……」


 ポツリと語り出した散弾銃の男を、カービンの男が制止させようとするが自動小銃の男が更にそれを引き止める。


「おい……」

「いいじゃないか、それぐらい」

「……金が無いなら、働けばいいじゃない」


 マリアのストレートな言葉に男達は最初こそ額に青筋を浮かべたが、やがて諦めたように、肩を落としながらそれぞれポツリポツリと言葉を口にしだした。


「簡単に言ってくれるぜ」

「マトモに稼げる仕事が無いんだよ」

「ISS勤めの嬢ちゃんには、一生分かんないだろうがな」


 唐突に散弾銃の男は背中を見せてきた。その背中には、羽を広げた鷹と『Semper fidelis常に忠誠を』という文字が彫られていた。


「タトゥー?」

「……俺は、海兵隊にいたんだ」


 海兵隊。六つあるアメリカ合衆国軍の内の一つ。アメリカの法律に基づき、海外での武力行使を前提とし、万が一の際の緊急展開部隊として行動する特性上「殴り込み部隊」とも称されている。


「退役軍人ってこと?」

「ああ……」

「退役軍人なら年金とかあるはずでしょ?」


 私の発言に、散弾銃の男は侮蔑の目線を投げかけてくる。


「ハッ、本当に何にも知らないんだな」


 世の全てに憎悪を向けているかのような声だ。


「まず軍を辞めても、学が無いから良いところにも再就職出来ない。年金は雀の涙、最近の物価高もあって食うにも困ってる。家賃の安いところに住んだり、生活費を切り詰めても破産寸前」

「……………………」

「軍しか知らん俺達に、社会は冷たい。……再就職プログラムなんてやってるが、あんなモンはお偉方のポーズにしかならん。どんなに俺達が努力しても、軍で生きてきたおっさんより、社会は毛並みの良いホワイトカラーを求めるんだからな」

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