地獄すら生温い
急に天を仰いだ俺の行動に結果を悟ったようで、早速ヴィンセントは身を乗り出し「誰がマリアさんだ?」と訊ねてきた。彼女を人質に取られている身としては、もう少し優しい聞き方をしてほしいものだが。
「強盗に囲まれてる……この金髪」
モニターに映る彼女を指差す。俺が指を引っ込めると入れ替わるように、ヴィンセントがモニターへ顔を近づける。
「ほぉ、この人が」
彼氏がいるのに無遠慮に見つめ、その後。
「いい女じゃない、羨ましいねまったく」
噛みしめるように言って笑う。マリアがいい女なのには違いないので、俺が「どうだ」と胸を反らすか「それほどでも」と返すか迷っていると。
「……?」
ヴィンセントが笑うのを止め、強盗の一人をジッと観察しだした。観察しているのは怪我をしている奴であり、背中をカメラの方へ向けている。
肩口の周辺に包帯が巻かれているせいで一部が隠れているも、背中に鷹のタトゥーが彫られているのが分かる。
「……鷹のタトゥーがどうかしたのか?」
「アンタ、この鷹に見覚えないか?」
質問に質問で返されたのに驚いたが、その質問の内容にはもっと驚いた。
「見覚えねぇ……」
言われるがまま俺はタトゥーを見る。半信半疑だったものの、よく見てみると確かに見覚えがあった。
一度取っ掛かりを掴んだら、後は簡単だった。
「海兵隊」
口から言葉がスルリと出てくる。
「その通り」
「ヴィンセントさん、アンタなんで」
俺の言葉の真意をくみ取るように彼はネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外すと、首から提げていた銀色の物を取り出す。
軍隊の認識票だった。
「俺も元海兵隊でね」
「……なるほど」
元海兵隊からすれば、紋章の鷹は飽きるほど見ているはずだ。
「残りの二人も、同じく元軍人かな」
「おそらく。少なくとも、サラリーマンが思い立って強盗してる訳じゃなさそうだ」
「一応聞きますけど、お友達ではない?」
「逆に聞くが、覆面してて分かると思うか?」
「ごもっとも」
「だが、一つ言えることがある」
「なんです」
「三人共、かなりの貧乏ってことだ」
そうじゃなきゃ強盗なんてしないだろ。なんてツッコミたいのをグッと我慢し「その心は」と返す。
「強盗団達が乗ってきたらしいバン。その車内には、生活の痕跡が残ってたらしい」
「痕跡」
「人数分の毛布やら、飯のゴミやら、歯ブラシや髭剃りとか、着替えの類だよ」
その話が本当ならば、三人は車中泊で日々の夜露を凌いでいたことになる。いくら元軍人とはいえ、不便で窮屈な生活には違いない。
「……なんでまた」
「おおかた、軍とかから支給される年金や再就職先の給料じゃ生活が成り立たなくなったんだろう。生きるのには、否応なしに金が掛かる」
飯を食えば食費。部屋を借りれば家賃。ライフライン存続に必要な光熱費と水道費。情報化社会に欠かせない通信費。その他、諸々に掛かる税金。
あの明治の文豪、夏目漱石が書いた草枕の冒頭には『智に働けば角が立つ情に棹させば流される意地を通せば窮屈だ』とあるが、『ただ生きるのにも金がいる』なんて文を付け加えたくなる。当然、文の締めは原文ママの『とかくに、人の世は住みにくい』である。
それを世知辛いと嘆くか、仕方がないと受け入れるかは読者に委ねられるが。
強盗達は前者寄りの人間らしい。
「それで強盗か……」
「元手は銃一本だけで済むし、狙う先によってはハイリスクハイリターン、ローリスクローリターンの調整が利く。頭が回る奴等がやれば、一攫千金も夢じゃない」
「それで失敗してちゃ世話ないな……」
呆れ半分、哀れみ半分で俺は言った。やはり、簡単に一攫千金なんて出来ないのだ。
「まぁ、そのおかげで俺達は食いっぱぐれないがな」
ヴィンセントの言う通りではあるが、俺はなんだか世の中の不条理さを感じざる負えなかった。
画面の向こうにいる強盗達と隣にいるヴィンセント。いったい何が違ったというのか。時代か個人の能力か、はたまた運か。
仮に運だとしたら、本当にどうしようもない。
俺は憐憫の情を強盗達へ向けたが。
「……ん?」
映像の中のピストルカービン男が動き出したかと思えば、マリアを椅子ごと蹴り飛ばしたのだ。
それによって、俺の中の同情心は一瞬のうちに蒸発した。
宣戦布告。徹底抗戦。
以下の八文字が脳裏を踊り狂う。
映像は録画なので、時系列的には少し前に起きた出来事だ。
なので、今どうなっているかは分からない。しかし、これ以上マリアに何かされたら、それこそ自分でもどうなるか分からない。
自分でも分かっているのは、少なくともカービン男は半殺しにするということだけだ。
これからの状況によっては、三人揃って地獄も生温いと感じるほどの痛みを味わってもらうが。
(強盗に入ったこととセットで苦しんでもらうぞ……)
憎悪の眼差しをカービン男に向けながら、俺は密かに誓った。
俺が物騒なことを誓っているとも露知らず、ヴィンセント達は強盗達と交渉に入ろうとしていた。
特殊部隊が準備した電話を前に、刑事達は真剣な顔つきをしている。
「掛けるぞ」
そう言ったヴィンセントは受話器を取り、プッシュを押し始めた。
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