画面越しの再会

 若い巡査の声に俺は喰い付いた。掴みかからんばかりに詰め寄り、睨みつける。


「それは本当か?」

「え、ええ……」


 知らん男に詰め寄られても流石は警察官。表に出す動揺を抑え、しっかりと対応する。


「緊急出動部隊がレーザー盗聴器とファイバースコープで、確認したようです」


 俺は視線を巡査から外し、ヴィンセントと名乗った刑事に向けた。


「……俺も確認していいですか?」


 ヴィンセントはこんな展開を予測していたようで「そらきた」という顔をした。


「どうぞ。……だけど、そこら辺をうろちょろしないでくださいよ」

「もちろん」


 頷き、厚かましいと思いつつもヴィンセントへ先導を促す。彼は大きな溜息をつき、付いて来いと顎でしゃくった。



 銀行のすぐそばに停められた緊急出動部隊所属の大型車両。シボレー製の大型トラックを特殊作戦用に改造したであろう車両は、荷台の部分に無線等の機材が積まれて指揮所となっている。

 観音開きの扉は開け放たれ、中で多くの警官が機械と向き合っているのが丸見えだ。もっとも、周囲が封鎖されている以上、覗かれて捜査状況が露見するなんてことはないだろうが。


「おう」


 ヴィンセントが中でヘッドホンを片耳に当てている刑事に、声を掛ける。


「ああ、警部補。……って、隣の人は?」


 刑事が不思議そうな目で俺を見詰めてくる。良くも悪くも、刑事らしくない俺を訝しんでいるのかもしれない。


「ISSのアカヌマさんだ。どうやら、局員が一人巻き込まれたらしい」

「え? それは本当ですか?」

「確証はまだないんですが、八割くらいの可能性で……」

「それで、中の様子を確認したいらしいんだ」


 言いたいことのほとんどをヴィンセントが言ってくれた。小学生じゃあるまいし、少し恥ずかしくなる。


「そうだったんですね。ファイバースコープの映像は録画してあるんで、最初から見てみてください」


 刑事は自身の前にあるモニターを指さす。


「かたじけない」


 手刀を切りながら、刑事の前に割り込む。彼は俺のジェスチャーが理解出来なかったのか、目を丸くしながら慌てて避ける。


「カザルス、それは『シュトー』と言ってな。日本人がする『退いてくれ』ってジェスチャーだ」

「へぇ」


 カザルスと呼ばれた刑事が感心したように頷く。

 そのそばで俺はマウスを操作し、映像を確認する。どうやら壁に穴をあけてスコープを挿入したようで、そこから映像は始まっていた。

 壁の中を進み、銀行内を映す。

 本来であればこの時間の銀行は利用客や右往左往する職員でいっぱいだろうが、映像の中の銀行はガランとしていた。

 カメラが大きく左へと動く。

 入口の方だ。人の頭がいくつか、カウンター越しに見える。

 おそらく、そこに職員や客を集めているのだろう。

 警察による突入を防ぐ方法として、人質を建物の幾つかにバラけて配置して「突入すれば人質を殺す」と脅すという画期的かつ外道な方法があるが、そうしていないあたり強盗の人数は少ないのだろう。

 外道な方法は、効果的な代わりにそれなりの人数を必要とするからだ。

 ニュースでは強盗は三人と報じていたが、その人数に間違いないのかもしれない。

 そんなことを考えながら映像を見ていると、カメラが強盗の姿を捉えた。

 人数は三人。全員、バラクラバを被って人相を隠しているテンプレスタイル。

 得物はそれぞれ一丁ずつ。AR-15系ライフルとセミオート散弾銃、そしてピストルカービン。

 散弾銃の男は肩を負傷しているようで、包帯が巻かれている。

 警備員にでも撃たれたのか。そう思った瞬間、ピストルカービンを背負った男が動き陰に隠れていたもう一人の人質が現れた。

 目を見開く。

 ウルフカットにした金髪に、見覚えのあるジャンパー、敵を前にしても闘志を燃やす目。

 強盗に囲まれていたのは、探し人マリア・アストール本人だった。手足はテープらしきもので縛られており、身動きが取れる状態でない。

 声が漏れそうになるのを堪え、映像に注視する。

 よく見て分かったこととしては、ピストルカービンの男はもう一丁銃を手にしていた。フォルムから推察するに、おそらくグロック。それもコンシールドキャリーに適したグロック26。

 同じ銃をマリアは持っていたはずだ。

 この時点で、俺の脳裏に一つのイメージが流れだした。

 銀行に押し入る強盗。そこにマリアは居合わせ、どこかしらのタイミングで強盗に向けて発砲した。彼女の腕前から、最初から肩を狙ったのだろう。標的は散弾銃の男。

 見事、九ミリ弾は男の肩に命中した。しかし、二射・三射は撃てなかった。

 無理もない。相手が手にしているのはライフルや拳銃以上の装弾数を持つピストルカービンであり、拳銃一丁で相手するには分が悪すぎる。

 相手の火力か、周りの民間人へ気を使い過ぎたか。

 どっちみちマリアは銃を取り上げられ、拘束されてしまった。


「くそ……」


 口の中で小さく悪態をつき、天を仰ぐ。

 だが、見えるのは青空ではなく灰色の天井だ。仮に外にいたとしても、見えるのは墨汁で染め上げた雲だけだが。


「……降ってきたな」


 ヴィンセントが手のひらを天へ向けながら言う。既に彼のスーツには雨粒が染みた跡が幾つも出来ていた。


「こりぁ、しばらく続くかもな……」


 彼のその言葉は、どこか暗示めいて聞こえた。

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