元警官と現役警官

 携帯電話は電源を切った上で事務机の上に集められ、手足はダクトテープをぐるぐる巻きにして拘束されている。

 つい数分前まで握っていたグロックは、皮肉なことに私の額へ突き付けられている。

 グロックを握っているのは、ピストルカービンの男だ。

 散弾銃の男は、自動小銃の男に怪我の応急処置を受けている。強盗をやる割には妙に滑らかな手付きで、タトゥーが刻まれた肌に包帯を巻いている。

 他の利用客や行員は、私と同じように手足を拘束された上に待合室の一角に集められていた。

 何故、私だけ強盗三人の前にいるか。


「なんで、俺達の邪魔をした」


 こんな具合に尋問されているからだ。


「警察か? お前?」

「警察じゃないわ」


 正確に言うと、警察じゃないだ。五年前までは間違いなく警察官だった。


「じゃあ、何者だ」

「……鞄の中に、身分証がある」


 素直に言わない私に苛つきつつも、男は鞄から身分証を出した。その瞬間、男の顔から血の気が引く。


「ISS……だと……」


 それを聞きつけた残りの二人も「ナニッ!」とこちらを向く。


「ISS、強襲係。マリア・アストール」


 私は頷いた。

 男達は忌々しく顔を歪めるが、逆に腑に落ちたといった感じで身分証を見詰める。


「どおりで、容赦なくやるわけだ」


 自動小銃の男の視線は怪我をした仲間に向けられた。


「……その気になれば、一発で殺すことも出来たのよ」


 私は冗談でなく本気で言ったつもりだったのだが、男達は私のだと判断したらしく鼻で笑った。肩に当たったのも、胴を狙ったつもりが外したからと解釈したらしい。

 こうなるのであれば、頭を狙っておくべきだったとすら思えてくる。だが不幸中の幸いか沸騰した怒りが、敵の手中で囚われている恐怖心を吹き飛ばしてくれた。

 チャンスさえあれば、どうにか出来る。大切なのは希望を捨てないこと。

 そう自分に言い聞かせた。

 浩史にもメッセージを送った。警察もすぐに動くはずだ。希望を捨てるには、まだ早すぎる。



 ワーナー銀行マンハッタン支店前。

 ニューヨーク市警は銀行強盗発生の一報を受けると、即座に付近を警ら中だったパトカーを向かわせた。

 数分後、緊急無線が銀行に向かったパトカーから送られる。

 銀行強盗に関する通報は本当、犯人グループは全員銃器を所持、パトカーの乗員一名が足を散弾銃で撃たれ重傷、至急応援要請する。

 このような無線を受けた市警は、付近の警察署や消防に緊急出動要請を出し、緊急出動部隊にもフル装備での出動を命じた。

 周辺道路は五ブロック先まで封鎖され、銀行を中心に緊迫した空気が立ち込めだした。そんな空気の中、市警刑事部強盗・殺人課所属のヴィンセント警部補が現場に到着した。

 イタリア系の伊達男といった風貌だが、少しこけた頬とギラリとした眼光は貫禄づいた刑事そのもの。


「状況は?」


 掛けていたサングラスをジャケットの胸ポケットに仕舞いながら、同僚の刑事に訊ねる。


「シャッターは閉まったまんま。人質の安否は不明、犯人グループからの要求は今のトコ無し」

「ハハッ、サイコーだな」

「まったく」


 ヴィンセントはシャッターが下ろされた銀行を一度見てから、大きく嘆息する。


「中の様子が分からんと、どうにもならんな」

「今、緊急出動部隊が赤外線カメラとファイバースコープで中の様子を確認しています」

「そうかそうか。……だが、こりゃあ長くなるぞ」

「は?」

「今回の犯人グループが素人だからだ。こんな町のど真ん中の銀行に入るわ、派手に銃声を鳴らすわ、逃げずに立て籠もるわ、プロが踏まない轍を何個も踏んでる」

「それと長期戦になることが、どんな関係が? 素人の根性無しの方が、早くに音を上げるでしょう」


 首を掻きながら、ヴィンセントが語る。


「奴等は根性無しじゃなくて、能無しだよ。奴等には、落としどころが分からない。ここまでの犠牲で済めば良し、これ以上の犠牲や損害が出るなら全てを放って逃げる。この判断が出来ない。だから、逃げずに立て籠もっちまった。……というか、強盗なんかする奴が根性無しな訳ねぇだろ」


 ヴィンセントの言葉に、同僚の刑事は「言われてみればその通りだ」と苦笑した。


「まぁ、とりあえずは緊急出動部隊の確認待ちか」

「説得用にメガホンでも用意しときますか?」

「とりあえずな。……それならそうだ、銀行の電話番号調べておいてくれ。犯人グループと話が出来るかもしれんからな」

「了解です」


 去っていく同僚と入れ替わる形で、制服の巡査が申し訳なさそうに近づいてくる。


「あのぉ、警部補」

「なんだ?」

「ISSのアカヌマという方が、責任者を出してくれって言ってるんですが……」

「ISS? また、別ベクトルでめんどくさい奴が来たな」

「とりあえず、会ってください」

「分かったよ。……どこにいる?」

「こっちです」


 巡査は規制線の付近まで案内し、指をさした。


「あそこにいる、日本人がアカヌマです」


 巡査が指さす方には、確かに日本人がいる。短く刈り上げた黒髪にMA-1ジャンパーを着ている体格の良い、如何にもな男だ。

 そんな男とヴィンセントは目が合った。

 アカヌマという男は、芯が一本通った意志の強そうな目をしている。だが、何処か危なげな光が時折煌めくのが少し気になった。

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