発覚

 ISS本部。強襲係オフィス。

 俺は腕時計のボタンを押して軽い電子音が鳴ると同時に、目を開いた。

 時計のデジタル表示は「3,06」とある。


(六秒のズレか)


 マイ箸を横に咥えながら、俺はカップ麺の蓋を取った。

 香しい醤油の匂いが顔面を包み込む。その瞬間、たった六秒のズレなど脳裏から消し飛んでしまう。

 巷では、カップ麺は二分が美味いだのゼロ秒チキンヌードルだのと硬いまま食うのが通だと言わんばかりの論調がまかり通っているが、俺はそれらをほざく連中に中指立てるほどではないものの、呆れにも怒りにも似た感情を抱いていた。

 腹を空かせたガキや躾のなってない野良犬でもあるまいし、たかだか三分や五分を待ちきれないのか。

 食品会社の開発部門が頭を捻り、多大な月日を所費して編み出した最適解を、無下にしているとは思わないのか。

 三分という時間は、ただ麺を湯でふやかすだけの機械的な待ち時間ではなく、空腹という名のスパイスを効かすための粋な演出込みの待ち時間であることを理解していないのか。

 確かに硬い麵は普通に作った麵よりも食い応えがある。

 硬い分、よく咀嚼するので結果的に脳の満腹中枢を刺激し、満足感があるのは理解出来る。がしかし、かの古代ギリシアを生きた哲学者ソクラテスは「最高のソースは空腹である」と言ったらしい。

 結局のところ、人間は腹を空かせて食う飯を美味く感じる生物なのだ。

 だからこそ俺は自然の摂理と食品会社の意思に従い、カップ麺を三分待ってから食すのだ。


「いっただきま――」


 箸で麺を手繰り、口に運ぼうとする神聖な儀式を邪魔したのは無粋なデフォルト設定の通知音であった。

 視線を脇に置いた携帯へやると、そこにはマリアからメッセージが送られてきたことが表示されていた。


(なんだ?)


 彼女は今日は、休日だったはずである。

 溜まった家事を片付けてランチでも食べている時間に、何を送ってきたのか。さては、新しい飯屋を発見して休日出勤に勤しみカップ麺を一人寂しく啜っているであろう相棒兼彼氏に、美味そうな飯の写真を送りつけてきたか。

 予想が的中していたならば「愛い奴め」で済んだのだが、彼女からメッセージに写真は無く、ただ。


『助けて、銀行にいる』


 とだけあった。

 俺はすぐに『どういうことだ?』と返信したが、返事はおろか既読にもならない。

 十秒、二十秒で既読になるわけがないことは心得ているが、『助けて』とメッセージにある以上、何らかの危機状態におかれていることぐらいは予測できる。

 助けを求めておいて、返信に反応しないとはどういうことか。


(……嫌な予感がする)


 背筋に寒いモノが走る。

 自分には第六感とも言うべき危機察知能力が備わっているが、今回はそれを使わずとも何かがおかしいことが分かる。


(銀行か……)


 手元の端末に「周辺の銀行」と入力して検索する。当然ながらすぐに幾つかの銀行が検索結果に出てきたが、何処の銀行かはメッセージにはない。

 メッセージの真意と真相を考え、時折伸びかけのカップ麵を啜りながら十分くらい唸り続けた。そんな俺を同僚達は、奇妙なモノを見る目つきで見ながら早足で後ろを抜けていく。

 結局、俺の肩を叩いて真相を伝えたのはメッセージを送った張本人であるマリアでなく、俺が知らぬ間に刻々と進んでいた状況であった。

 外が緊急車両のサイレンやヘリコプターのローター音で騒がしくなりだしたのだ。

 何人かの同僚が窓に掛かるブラインドを人差し指で押し下げながら、外の様子を確認する。


「なんかの事件か?」


 といった声がチラホラ出だす。俺もその声を聴いた。


(事件……銀行……。まさか……)


 脳裏に一つの可能性が浮かんだ。血の気が引いていく。

 それに追い打ちをかけるかのように、我らがISS本部強襲係第二班班長であるメリッサ・トールが焦った様子でオフィスに入ってきた。

 部下から掛けられる「お疲れ様です」の声を彼女は無視して、壁掛けテレビのチャンネルを変えてボリュームを上げた。

 女性リポーターの声がオフィス全体に響き渡る。


『たった今入ったニュースです。ワーナー銀行マンハッタン支店に、三人組の武装強盗が押し入り、警察官二名に発砲したとのことです』


 オフィス全体の関心が一台のテレビへと向けられる。精鋭の元軍人や元警官が多いせいか、無駄な騒ぎは一切起こらず全員が無言で画面を見詰める。


『十二時三分頃、ワーナー銀行マンハッタン支店に散弾銃や自動小銃等で武装した三人組の強盗が押し入り、駆け付けた警察官二名に向けて発砲。一名が足を負傷し、病院に救急搬送された模様です。

 銀行はシャッターが閉められ、中の様子が確認出来ないという情報も入ってきています。

 銀行内には二十名近くの行員と三十名程の利用客がいたとの情報もあり、警察による早急な対応が望まれます』


 ここで班長はテレビのボリュームを少し下げる。


「皆、聞いての通りだ。今のところ、我々強襲係に出動要請は来ていないが、万が一ということもある。いつでも、出動が出来るようにしておいてくれ」


 同僚達が軽く拳銃の準備を始めだす中、控えめに俺は手を上げた。


「……どうした、アカヌマ」

「その、マリアが……」

「ああ、非番の係員にもいつでもここに来れるように連絡をする。勿論、マリアにもするぞ」


 班長は俺がここにいない相棒を気遣っての行動だと解釈したらしいが、実際は違う。

 俺は班長に駆け寄り、メッセンジャーアプリを見せた。


「……なんだこれは?」

「マリアからのメッセージなんですが」

「銀行? 助けて? ……まさか」


 精鋭達を束ねる班長のこと、俺が何を言わんとしているかをすぐに察したようだ。


「アイツが、巻き込まれたんじゃないかって。送信された時間も一致してますし」

「……試しに、電話を掛けてみろ。お前との信頼関係を担保にした、タチの悪い悪戯かもしれんぞ」


 未だに送ったメッセージが既読にならないのに、よくそんなことが言えますね。という言葉を飲み込み、言われた通りにする。

 接続音の後、『現在おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあります』というアナウンスが流れてきた。

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