SOSのメッセージ
金庫室の方から支店長の叫び声がした。人々の意識がそちらへと向けられる。
「なに見てんだ!」
「動くな! 殺すぞ!」
男達が怒鳴り、銃口を振り回す。
私は最悪のパターンを予想したが、すぐに頬に青痣を作った支店長が現れて少しだけ安心した。
散弾銃の男がパンパンになった鞄を二つ持っていた。鞄の中には百ドル、十ドル問わず紙幣が所狭しと詰まっているはずだ。
彼は仲間に鞄を渡し、空の鞄を代わりに受け取ってまた金庫室の方へ向かっていく。おそらく、残る紙幣を詰めに行ったのだろう。
何百ドル、何千ドルあるか見当も付かないが、名前含めた今の生活を何もかも捨てて遠くの地で新しい生活を始めるには十二分な金額に違いない。
強盗を始めた時は殺気立っていた男達も、ソワソワとしながら鞄をチラチラと見ている。
男達の脳内では、自分達が南の島でトロピカルドリンク片手に美女とバカンスしているビジョンが上映されていることだろう。それが何百回も出来るだけの金が、鞄の中には詰まっているのだ。
散弾銃の男が、やはり鞄を膨らませて戻ってきた。
目的を果たした彼等は、銃口を私達へ向けながら入口へ向かっていく。
「動くな! 動くんじゃねぇぞ!」
私は鞄からグロックをソッと引き抜き、スライドを引いた。これで
残るプロセスはなく、あとはタイミングだけ。
しかし、そのタイミングは聞き慣れたサイレンの音によって乱された。
音は段々と大きくなり、銀行の前で止まった。心の中で「止めろ」と叫ぶが、伝わるはずがない。
パトカーから黒の制服を着たニューヨーク市警の警官が二人降りて、
「警察だ! 武器を捨てろ!」
悪いことは続くもので、その言葉に散弾銃の男が反応してしまう。彼はあくまでも冷静に、警官に向けて引き金を引いた。
破裂音と共に、警官の足が吹き飛ぶ。鮮血がパッと床に散り、弾痕と合わせて奇妙な模様を描く。
悲鳴がそこかしこであがる。
咄嗟に私は立ち上がり、散弾銃の男を狙って撃った。散弾銃の男の肩に銃弾が食い込み、雄叫びをあげながら床に倒れる。
「マイケル!」
ピストルカービンを持った男が悲鳴めいた声を出す。
警官の一人が負傷した仲間を左手で引きずり後退しながら、右手で拳銃を撃つ。
自動小銃を持った男も反撃をする。
すかさず二発目を撃とうとしたが、仲間の仇とばかりにピストルカービンが私に向けて火を噴いた。そのせいで、火線から逃れることを優先せざる負えなくなる。
奇しくも、仲間であるはずの警察にタイミングを乱された形となってしまった。
「シャッターを閉めろ!」
ピストルカービンの男が銃で行員を脅し、そう命令した。
「駄目だ!」
支店長が叫ぶが、目の前で銃撃戦を繰り広げられて恐れをなした行員の何人かが入り口脇にある操作盤へと走っていく。
状況は混沌を極めていた。
私は机を背にして、次の射撃のタイミングを見計らっていた。
しかし周囲には民間人も多く、一歩間違えれば負傷者を増やしかねない。このような逃げ場の少ない場所での流れ弾のリスクも考えると、敵の懐に突っ込んでいくような無茶が出来ないのだ。
それに今は一人。援護は望めず、共闘によって相手にする敵の数を減らすことも望めない。
私が決断できないでいると、銃撃音に混ざって機械音がし始めた。
なんとか銃撃の僅かな切れ間を使って、音のする方を覗く。シャッターが上から下へとゆっくりと降りてきているのが見えた。
このままでは閉じ込められる。
心ではそう思っても、自分一人では今の状況を打破することも好転させることも出来ない。
(浩史がいたら……)
掠める銃弾に心臓の鼓動を速めながら、私は拳銃を強く握った。
この場にいない人間の援護を望んでも仕方がない。だが、攻撃することもどうすることも出来ない中では、この場にいない人間でも縋りたくなる。
だが、とうとうシャッターが閉まり切ってしまった。
不意に銃撃音が鳴り止む。
あんまり急に止んだので、時が止まったかとも思った。シャッターが閉じられて本来聞こえるはずの外の喧騒もシャットアウトされたせいか、静寂が際立つ。
間違いなく時が進んでいると思わせるのは、徐々に薄くなる硝煙の香りだけだ。
そのおかげで、外界と隔絶されていても時の流れだけは遮断されていないと確信が出来た。
「出て来い! 女ぁ!」
ピストルカービンの男が感情の赴くままに、声を発する。
「今から十秒数えるうちに出てこないと、そこらへんの市民一人を殺しますよ」
聞き覚えの無い声、つまり三人の中で今まで声を出していなかった自動小銃の男の声。それは、ピストルカービンと比べると幾ばくか冷静であった。しかしそれでも、言葉の内容からも分かる通り若干の怒りが見え隠れしているが。
早速、カウントダウンが始まる。
「十、九、八――」
私は出ていく前に携帯のメッセンジャーアプリを立ち上げ、一番上にいる人物へメッセージを送る。
今すべきことはこんなことではない。分かっているが、一度動き出した心の波は打ち消えなかったのだ。
『助けて、銀行にいる』
入力してすぐに送信するが、当然ながら既読にはすぐにならない。
(お願い……気付いて……)
送信したことには間違いがないので、気が付けばあとはどうにかなる。
「四、三、二――」
「……出ていく! だから、誰も撃たないで」
周囲の責めるような視線が突き刺さる。
痛くて悔しくて堪らないが、何の罪も無い人が撃たれるよりもマシだった。
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