お引き出し

 銀行の前に一台のバンが停まった。

 車内にはニール、クリス、マイケルの三人がいる。三人揃って作業服を着ており、それぞれの手には銃器があった。

 ニールはS&W社製の自動小銃M&P15を。

 クリスはCAAタクティカルロニという拳銃を装着してカービン銃として扱えるキットに、ロングマガジンやロングバレルといった改造が施されたグロック17を着けた物を。

 マイケルはレミントン社製のM1100セミオート散弾銃を。

 どれも新品のように光沢を放っている。

 運転席に座るニールは、助手席と後部座席に座る仲間へ声を掛ける。


「……今まで、話し合った通りにやるぞ」

「あ、ああ……」


 三人が三人共、緊張の面持ちであった。

 車載時計が十二時を示す。


「……行こう」


 三人は一斉に頭蓋骨がプリントされたバラクラバを被った。

 空の色は、徐々にグレーさを増している。酷い雨が降りそうだ。



 銀行内は混雑していた。何処の窓口も十人前後が順番待ちしている。

 面談ブースも満室で、時々興奮気味な銀行員の声が漏れる。なんの相談をしているかは分からないが銀行が勧める額は、型落ちの戦車が買える値段であった。

 少なくとも、私には一生縁の無い金額である。

 ATMコーナーもかなり混んでいた。安全性の面から路上のATMを使う人間は少なく、ここに集中しているようだ。

 私は前に立つビジネスマンの背中を眺めながら、順番が来るまで昼飯のメニューを思索することにする。


(お腹すいたなぁ……)


 ミートソースパスタか、浩史に貰った日本のインスタントラーメンか、持ち帰りの箱中華でも買おうかなどと考えていると時計の針が十二時を指し示した。


(まだかなぁ)


 一番短い列を選んだつもりだが、進みは鈍い。

 先頭の老婆が長時間、端末を占領しているのだ。私の後ろに付いた人は、早々に見切りをつけて隣の列に移っている。


(私も移ろうかなぁ)


 心の中に苛立ちが積もり出した頃。

 視界の端に奇妙な一団が見えた。作業服を着た三人組、これだけならば別に気にも留めなかったであろう。しかし、彼等は頭蓋骨がプリントされたバラクラバをすっぽりと被り、手には自動小銃や散弾銃を手にしている。

 ハロウィンならば三か月ほどの遅刻だが、彼等からは祭りを楽しむ余裕が感じられなかった。

 三人組の目的を考えるより先に、私は鞄へ手を突っ込んだ。

 グロックのグリップをしかと掴むと同時に、散弾銃を持った男がその銃口を天井へ向けた。

 次の瞬間、腹の中に響くような破裂音が銀行内に轟く。

 アメリカ人の性か銃声を耳にしたと同時に、銀行員、利用客問わず床に伏せたり、姿勢を低くする。


「動くな!」


 散弾銃を発砲した男が怒鳴る。

 銀行の所々でどよめきが生まれる。それに呻き声が混じった。

 他の二人が警備員達を殴り倒し、戦闘不能にしているのだ。

 散弾銃の男が叫ぶ。


「おい、そこのお前! 金庫を開けろ! ぶち殺すぞ!」


 支店長へ銃を突き付ける。散弾銃の中には、支店長をミンチに出来るほどの弾が残っている。

 なのにも関わらず、支店長は抵抗を試みた。


「き、金庫を開けるには……本店のシステムと同調する必要が……」

「猿芝居はよせ! 開けねぇと殺すぞ!」


 男は支店長を銃床で殴りつけ、カウンターを乗り越える。

 警備員を無力化した仲間二人も集まり、「動くな!」や「静かにしろ!」と叫びながら銃口を客や行員に代わる代わる向けていく。

 支店長を痛めつけた散弾銃の男は、痛めつけられた支店長と共に金庫室の方へ消えていった。

 他の客と同じように床に伏せていた私は、鞄のグロックを抜くか否か迷っていた。

 このまま三人の銀行強盗を見逃しても、警察は威信を賭けて追うだろうし、盗んだ金もこのような時に備えてナンバーが控えられているはずだ。

 元警官という立場から正直に言えば、強盗三人組は既に詰みの状態にある。せめてもの救いとしては、まだ強盗が人を殺していないところだが、それも状況によっては怪しくなる。

 支店長を脅した様子から察するに、少なくとも散弾銃の男は暴力に関して全くの素人だ。無駄に痛めつけて怪我を負わせている。プロならば、もっとスマートに脅す。

 素人である以上、プロ以上に間違いを犯しやすい。

 何かのはずみで人を殺しかねない危なっかしさが、三人にはあった。

 ならば今ここでグロックを抜き、三人を無力化した方が結果的に被害が少なく済むのではないか。

 自分の腕前なら、急所を外すどころか銃だけを狙い撃てる。だが、この状況では撃てない。

 散弾銃の男が奥にいるし、他の二人も警戒心をハリネズミのようにしている。少しでも怪しい素振りを見せれば、こちらが撃たれかねない。

 そうなれば、自分はおろか民間人にも被害が出かねない。それはなんとしてでも避けたい。

 ならば、と私はプランを練った。

 強盗は金を手に入れたらすぐに撤収しようとするはずだ。その時には、金を手に入れた喜びと強盗を成功させたという興奮と達成感が、彼等の警戒心を僅かに麻痺させるはずである。

 そこを狙って、強盗犯達を無力化させる。逃走を許せば、新たな犠牲者が出る可能性もある。

 これが一番、怪我人が出ない作戦のはずだ。

 幾度か深呼吸をし早く脈打つ心臓を鎮め、実行の時を待つ。さながら、獲物を狙う鷹の如く。

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