貧乏人は一攫千金の夢を見るか?

男達の終わりと女の始まり

 2022年1月。アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタン。

 絶えず光を放つ町並みから一つ外れた裏通り。そこに、一台のバンが停まっていた。

 白い塗装の上には商業用であることを示す屋号や電話番号は無く、エンジンは切られている。

 そのバンに一人の男が近づいてきた。手には、中華料理のテイクアウトボックスが三つ入った袋がある。

 彼はバンの後ろのドアを叩く。


「ニール、俺だ。開けてくれ」


 ニールと呼ばれた口元にホクロがある男がドアを開け、中華料理を持つ男はバンの中へ入った。

 その中は生活臭に満ちていた。男臭さとヤニの臭いと饐えた臭いが渾然一体となり、混沌としている。

 車内には二人の男がいた。


「おかえり、クリス」


 運転席に座っていた金髪の男が声を挙げ、ニールが無言でドアを閉める。


「飯、買ってきたぞ」


 クリスと呼ばれた小太りの男は袋からボックスを出し、他の二人へ手渡した。

 運転席の男が嬉々として箱を開け、中身を覗いてげんなりとした顔をする。


「……またチャーハンかよ。三日連続だぞ」


 箱の中では、細長い米と卵とチャーシューと玉ねぎが化学調味料で味付けされて、よく炒まれ、湯気を上げている。


「文句言うな、マイケル」


 ぼやくマイケルをニールがたしなめる。クリスが口を尖らせながら、箱を開けた。


「しょうがないだろ、チャーハンが一番安いんだから」


 クリスがそう言うと、マイケルはバツの悪い顔をして黙ってチャーハンを口へ押し込んだ。

 しかし、ニールは真面目な顔で野心めいた言葉を口にする。


「……だが、このチャーハン生活も明日で終わりだ」


 その言葉に他の二人もにわかに沸き立つ。


「……それもそうだな」

「そうだそうだ。明日にゃ、俺達は億万長者だ」


 その様子を見て、ニールも少し口角を上げる。


「車中泊とも、不味いチャーハンとも、安煙草ともオサラバさ」


 言葉をまじないのように唱えるニールの隣には、S&W社製の自動小銃M&P15が立てかけられていた。



 翌日。マリア自宅アパート。

 マリアは鼻歌まじりに部屋を掃除していた。

 久しぶりの一人で過ごす休日である。ここのところ、休日はずっと恋人である浩史と一緒に過ごしていた。半同棲状態と言われても、文句がないくらいだ。

 というのも、ISS本部を中心にすると僅かな差で浩史のアパートが近く、食べ物や酒が売っている店も近い。

 なので、休日の前に買い物をして浩史のアパートに行き、休日の最終日に家に帰るという流れが、ここ一年で出来上がっていた。

 だが、今日は浩史が休日出勤することになり、その流れに身を任せることが出来なかったのだ。

 それはそれでいいが、少し寂しい。


「これでいいかな……」


 掃除機を充電器に挿しながら、ひとりごつ。

 掃除機の音が無くなった部屋は、妙に静かに感じる。

 生まれ故郷のロサンゼルスから、ニューヨークに引っ越してきて早五年。一人暮らしには慣れてきたはずなのに、やはり寂しい。

 一人暮らししていた期間の方が、まだ長いはずなのに。


「……変なの」


 溜まっていた家事は消化しきっており、何もすることが無くなった。

 どうせ暇なら昼間からビールでも飲んでやろうと、寂しさも相まって半ば自棄気味に冷蔵庫を開ける。

 しかし、冷蔵庫の中には冷えたビールは一本も無く、それどころか今日の昼ごはんすら無かった。


「ウソ……」


 あまりの衝撃で顔が引きつるが、無理もない話だ。週末の食事は全て浩史頼りだった。

 平日も忙しさにかまけて出来栄えの飯や外食ばかり。冷蔵庫の中身など、気にしてすらいなかった。


(……買い物に行かないと)


 そう思い、鞄から財布を出して中身を見る。


「ウソでしょ……」


 思わず声が出てしまうほど、財布の中身も冷蔵庫と同じ状況だった。無一文では無いが、寒いことに変わりはない。


(……ATM行かないと)


 部屋着からジャンパーとジーパンに着替える。

 鞄に荷物を詰めていると、手が止まった。指先には、ホルスターに収まったグロック17がある。

 この拳銃は大切な仕事道具でもあり、浩史よりも付き合いが長い相棒でもある。

 だが、たかだかATMと買い物に行くのに拳銃が必要だろうか。

 少しだけ悩み、私はバックアップ用のグロック26を手に取った。グロック17よりも一回りほど小さく、装弾数も七発少ないがその小ささが活きる時がある。

 何かと物騒な世の中だ。このような隠し玉の一つくらい、持っていてもバチは当たらないだろう。


「よし」


 準備を終え、部屋を出る。

 この部屋から一番近いATMは一ブロック北の薬局に設置されている。まずはそこに向かうことにする。

 約百メートルの道のりは、昼飯前の散歩の始めとしては上出来だ。

 外は生憎の薄曇り。しかし、晴天だと遠くに出掛けたくなり、こういう地味な作業をしているのがもったいなく感じる。だから、のんびりとした休日を過ごすのは曇りの方がいい。

 そんなことを考えながら、百メートルの道のりをゆったりとした足取りで歩く。

 薬局は想像よりも混んでいたが、ATMを使っている人はいなかった。


(ラッキー)


 早速、端末に触れようと腕を伸ばすと、端末に表示された文字が目に付いた。


『故障中』


 端末の画面には間違いなく、そう映し出されている。


(……アンラッキー)


 この店にはATMがこの一台しかない。

 路上などに設置されているATMはスキミングされる可能性が高く、防犯上の理由から使うのは避けている。

 残る安全なATMは、銀行の支店に設置されている物しかない。

 少し遠いが、金を下ろさなければご飯が買えない。

 背に腹は代えられない。銀行まで歩くしか、私には選択肢が残されていなかった。

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