30.エピローグ②生きてる人、いますか?

 水庫百那は、草原で横になり、頭の後ろで手を組んで目を瞑っていた。


 ゲーム終了まで15分を切っているが、彼女は動く様子もなくて。


「……生きてる人、いますか? なんて」


 古い古いギャルゲーの名台詞を呟いた。


 主人公は結局自分の怪物性を克服できず、あらゆる他人を拒否して一人になってエンディングを迎える、そんな名作の台詞だ。


 ……百那は一時期恋愛を理解するためにギャルゲーや乙女ゲーをやっていたが、恋愛要素は良く分からずにループや殺し合いやミステリーや毒電波ばかり楽しんでいたのである。


 そのまま柔らかな日差しに手を伸ばし、カードを透かしてみる。


 そんなことをしたところで、眩しいだけで何の意味もなくて。


 相も変わらず、カードは真っ白なままだった。


「……結局、わたしは最後まで変われなかったな」


 百那は静かに呟いた。


 そうだ、水庫百那は変われなかった。


 結局、誰のことも好きになれなかった。


 彼女が唯愛に見せた『埋橋唯愛』のカードは、中島ハルの衣服を止血のために剥いだときにいっしょに取ってきたものだった。

 万が一のときのためにハンカチに包んで持っていたものが、あの場面で活躍していたのである。


『……ねえ、唯愛。見せたいものがあるんだけど』


 百那が唯愛を殺すことになったのは、決して山田千明の介入のせいではない。


『……わたしみたいな壊れたやつが誰かを殺したら、きっと歯止めが効かなくなる。だって誰も好きじゃないんだもん。そんなわたしを繋ぎ止めてくれてるのは一般的な常識や倫理観で、それがあっけないものだと分かったら、どうなるか』


 そうして二千花を殺してタガの外れた百那は、唯愛のもとに帰るまでの道すがらで気づいてしまったのだ。


 きっと唯愛は、絶対に自分を殺さない――だったらせめて幸福な死を与えてあげたほうがいいのではないかと。


 中島ハルの持っていた『埋橋唯愛』のカードを使い、唯愛を騙す。そして唯愛は百那と両想いになったと信じながら死んでいく。


 そのほうが、時間切れで首の爆弾が爆発して死ぬより、いいのではないか。


 それが百那の結論であり、唯愛の死に際に彼女が流した涙は、嗚咽は、演技にも等しかった。


 百那はたしかに唯愛を想っていたが、それはどこか冷めたもので、まるで遠いどこかを俯瞰して見ているような感覚で。


「……あと10分で死ぬのか、わたし」


 自分のことも、そうやって俯瞰して見ることしか出来なかった。


「まあでも、人でなしのわりには結構いい事したんじゃないの?」


 少なくとも、死に際の唯愛は幸せそうだった。


 もしこのゲームがなかったら自分は二千花や唯愛のように他の誰かを傷つけて、自分も傷つけて生きていく事になったのだろう。


 そう思えば、悪くない顛末な気がした。


『好きとか嫌いとか最初に言い出したやつをぶっ殺してやりたい気分だよ、今。別にいいじゃん、誰も好きになれなくたって。それで不都合あるの?』


 不都合などない。自分は自分だ。


『なんでみんなそんなに楽しそうにしてるの? わたしだけ置いてかれてるの? おかしいじゃん。好きってなんだよ、意味わかんねえよ』


 それは自分の命を犠牲するほどの価値があるのだろうか。


『そして復讐でもある。わたしに一方的に好意をぶつけて、わたしの空虚を無理やり浮き彫りにさせた、唯愛と、二千花への!』


 あるいはこれも、復讐なのだろうか。


 そもそも自分は、埋橋唯愛をどう思っていたのだろう。


「……分かんね」


 本当に、何もわからなかった。


 たまたま近くにいたから一緒にいただけ?


 きっと多分それだけで、深い理由はないのだろう。


 最初に出会ったのが二千花で、彼女が自分に協力的だったら多分同じことをしていたと、そう思う。


「……ろくでもねえ」


 まあ、本当にろくでもないのはこんなデスゲームを考えて、挙げ句実行に移したどこかの誰かなのだが。


「……あの仮面は流石にセンス無いと思うけど」


 唯一見たことのある運営側の人間。


『これから皆さんには殺し合いをしてもらいます』


 そんな何のひねりもない台詞に、何のひねりもないピエロの仮面の、性別不詳の黒服。恥ずかしくなかったのだろうか。


「どうせならもっとひねりの効いた格好をすれば良かったのに。……恋のキューピットとか?」


 裸のおっさんが白いおむつに羽をつけて弓矢を構えて登場するが、その顔は相変わらずピエロの仮面……流石に変すぎてシリアスもクソもなかった。


 そんなくだらないことを考えているうちにも時間は進んで、あと3分で午前十時――24時間が経過しそうだった。


「……最後までくだらないこと考えて死ぬのかなあ、わたし」


『え、マジで? 日本人なのに? 世界のキタノだよ?』


 そういえば、映画見るって約束したのになあ。


 どんな映画なんだろう。北野武が拳銃自殺するポスターって何さ。攻め過ぎじゃないのか。……ああでも、とっても面白そう。


 水庫百那の人生最後の3分間は絶対に見ることの出来ない映画についてで瞬く間に消費されていって、


「……あ」


 ついに、スマートフォンは午前十時を示した。


 ※


 我ながら数奇な人生だと、アオイは自分の半生を振り返って思う。


 孤児を暗殺者に仕立て上げる施設に拾われ、人生の大半を殺しとその練習のために使ったと思ったら、偶然ひとりで仕事に出かけた先で出会った相手に一目惚れしてすべてを捨てて逃げたり、相手は追手に殺されてあっさり死んで、自分も命からがらに逃げたと思ったらこれだ。


(デスゲームの司会とか、馬鹿じゃないの)


 偶然自分を拾ってくれた相手がデスゲームの運営をやってるとかで趣味の悪い仮面を渡されれて司会をやってみたら、そこには何故か自分の元同僚がいて。


 昔なじみのよしみで助けてやるにしても自分に出来ることは道化に徹することくらいしか無かったし、大体元? 殺し屋が一般人の群れで殺されるはずがないと、そう思ったが、これである。


 今は埋橋唯愛と名乗っているらしい彼女は、好きな女を庇って死んだ。


(まあ、昔から甘いやつだったのは本当だからなあ)


 だからこそ今自分は生きているのだから、因果なものである。


 そして今、アオイは上司の命令で最後の一人になった、埋橋唯愛が惚れた女――びっくりするくらい自分に似てて流石に引いてしまった――の元へ向かっていた。


「……どんだけ好きだったんだよ、私のこと」


 かくして彼女は、時間を過ぎたのにもかかわらず生きていることに目を丸くしている水庫百那の元へたどり着いた。


「……ええっと、なんでわたし、生きてるの?」


 艶めいた黒のボブカットの、童女の如き少女。近くで見た水庫百那はやはり見れば見るほどに自分にそっくりだった。


 特にその深い深い鳶色の瞳は、いつも鏡で見つめるそれに酷似していて。


「えー、このゲームの運営者があなたのブレない姿勢を気に入ってしまいましてね」


 アオイは仮面を被ったまま、しかし変声機は使わずに答える。


「へえ、女の子だったんだ」


「それはどうでもいいでしょ」


「でもいいの? このゲーム、一番好きな子を殺さないと脱出できないんじゃなかったの? ブレてない?」


「やたら細かいことを気にしますね」


「だって、脱出したってやりたいことなんてソナチネ見るくらいしかないよ?」


「……ああ、ユアが好きだったやつか」


「知り合い?」


「まあね、元同僚でさ――」


 アオイはただ、百那を驚かすためだけに、ちょっとしたいたずら心で仮面を取っただけなのに。


「……え?」


 次の瞬間、アオイは心臓に弾丸を撃ち込まれていた。


 ※


 アオイが仮面を取った瞬間、そこに現れた顔を見て、水庫百那は恋に落ちた。


 それは間違いなく初恋で。


 それは笑えるほど胸がときめいて、泣けるほど胸が苦しくて、この世のすべてが薔薇色に見えて。


 見なくても確信できる。彼女の名前が、手元のカードに書かれていると。


 だから水庫百那はデザートイーグルを構え。


 埋橋唯愛に習ったとおりに、名も知らぬ初恋の彼女を撃ち殺した。


 ……だってこれは、一番好きな子を殺さないと脱出できない、そんなデスゲームなのだから。


「……ああ、誰かを好きになるって、辛いなあ」


 そんな辛ささえも愛おしみながら、百那は――


『一番好きな子を殺さないと脱出できない百合デスゲーム・完』

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一番好きな子を殺さないと脱出できない百合デスゲーム いかずち木の実 @223ikazuchikonomi

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