一番好きな子を殺さないと脱出できない百合デスゲーム

いかずち木の実

1.プロローグ

『これから皆さんには殺し合いをしてもらいます』


 犬島いぬじまはるかは、いきなりそんなことを言われた。

 無論、彼女だけではない。彼女の所属する加治屋かじや女子高等学校二年四組の38名は、目が覚めると突然そんなことを言われたのだ。

 修学旅行の最中、観光地に向かう途方もなく騒がしいバスの中で記憶が止まっている。


 目を覚ましたら何やら教室のような場所で、自分が、そしてクラスの他の皆が机に突っ伏して寝ていたことを悟る。同じブレザー姿の見慣れた面々が、同じように周囲を見渡している。


 どういうわけか、その席順はいつもの学校と同じ――窓際の後ろから二番目――で、だけど机や教室の古めかしさからそれが自分の机でないことは分かった。


 そして教壇には仮面を被った黒いスーツ姿の怪人物が一人。その仮面はピエロめいたデザインで、音声は加工されており、年齢や性別は窺い知ることが出来ない。

 そんな彼とも彼女ともつかない誰かが、薄暗い教室で、その見た目から想像通りの台詞を吐いていた。


 まさしく王道中の王道な展開。あまりにも陳腐な展開。はるかが読者だったら“はいはい、またこれね”で失笑して終わるような――だけど彼女は、表情を上手く作ることが出来なかった。だって、これは現実なのだから。


(……いやでも、だったら、ドッキリ?)


『残念ながら、ドッキリではありません』


 仮面は手元のボタンを押すと、途方もない爆音が響いた。


『こういうのは普通、反抗的な態度を取った人に見せしめのためにやるものだと思うのだけれど、面倒ですからね』


 見やれば、教室の一角から煙が上がっている。そしてその煙が晴れると同時に、はるかはそれを見た。


「……息吹いぶきっ」


 古洞こどう息吹、それははるかの大親友で。

 そんな彼女は、机に顔を突っ込むようにして、びくびくと痙攣していて。


「息吹っ、息吹っ!」


 ほとんど悲鳴に近いざわめきを切り裂き、すぐさま駆け寄ったはるかは、まずその体の熱さに驚く。それでもなお、はるかは息吹の体を揺すって――


「……あ」


 ぼとりと、息吹の首が取れた。その死に顔は、煤にまみれ白目と舌を剥き出しにした、あまりに凄惨なもので、生前あった日本人形めいた美しさから程遠かった。


『皆さんには殺し合いをしてもらいます。でもってあなたたちの首についているのは、小型爆弾です。これもまた、王道ですね。当然、これがある限り、あなた達は私に逆らうことは出来ません』


 当然、それははるかの首にも首輪の形でまとわりついていて。


『だけど安心してください。このデスゲームは最後の一人になるまでなんて理不尽なものではないですから。

 あなた達は、特定の一人を殺せば、それで脱出できるのです。逆にいえば、特定の一人を殺せなかったら、その時は――』


 かちり、そんな音がはるかの首元からした。そして次の瞬間、彼女の首の小型爆弾が爆ぜて――


『まあ、こんな感じで死にます』


 犬島はるかは、死亡した。無様な死に顔を晒し、親友と全く同じように。


 反射的に他のクラスメイトたちもまた自身の首輪を外そうと手をかけるが――


『あ、その首輪、15秒以上触れてると爆発するので。まあ、検証したい方はご勝手に、という感じですが』


 その言葉でまるで熱いものに触れたかのように一気に手を離した。


『……そういうわけで、殺すべき相手は机に入っていますので、各自確認してください』


 言われて、皆が机を漁る。

 そこには、一枚のクレジットカードほどの大きさのプラスチックのカードと、一枚の地図が入っていて。


『そこに書いてある名前が、あなた達の殺すべき相手です。まあ、だいたいお察しのとおりですが――』


 そこで仮面は一度言葉を止めて、緊張にこわばった皆の顔を一瞥してから、続けた。


『あなた達は、自分が一番好きな子を殺せば、それで脱出できるのです』


 かくしてそれは始まる。


『あなた達は、誰よりも早く、一番好きな子を殺せば、それで脱出できるのです。タイムリミットは24時間。

 それを越えたら、首の爆弾がドカン。もちろん、24時間が過ぎる前に誰かに先を越されてしまったら、それでも同じことです。こちらに転がっている犬島はるかさんのようにね』


 最後の一人になるまでではなく、一番好きな子を殺せば脱出できる、世にも性格の悪いデスゲーム。

 そんなデスゲームが、加治屋女子高等学校二年四組38名――今は36名になってしまったが――の間で、今ここに開幕した。



死亡者名簿

1.古洞息吹

2.犬島はるか


……残り36名

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