作戦会議は親友と
「なぁ、本当に殴り込みに行っちゃダメか?」
「ダメ。普通に死んじゃうから」
いつもとは少し違う夕飯時。
それは俺の家にいるのが香織ではなく拓真だからであり、その拓真に状況を説明したところ物騒なことを言い出したので腕を引っ張って押さえ込んでいるのが今である。
状況説明を明日まで待てなかった俺に二つ返事で「そっち行く」とかホントいいやつすぎ……なのはもう十分伝わってると思うからわざわざ繰り返さないけど、やっぱり友達は量より質だなと思うなど。
確か拓真が住んでるのはここから自転車で15分くらいの場所のはずなので、基本インドアな俺からしたらすごい行動力だしありがたい。
「でもオレ……あーもうムカつく! 引っ越し? しかも一ノ瀬さんじゃなくて斗真が? それが嫌なら別れろって? 何様だよク──」
ソbba、と続きそうな勢いだったがさすがに拓真の株が下がるようなことは言わせないよ?
「とりあえず落ち着けって。俺たちが焦ってもどうしようもないだろ?」
まあ、ここには俺とこいつしかいないから多少はいいんだけどね。
正直俺も全面的に同意だし。
「けどさ、一ノ瀬さんが自分で選んだ相手に、親でもない祖母がケチつけるってマジで意味不明だぜ? むしろ彼氏のお前がもっと怒るべき……いや、ごめん」
「今は怒るよりも香織を取り戻す方法を考えたい。手伝ってくれよ親友」
「……おう。任せとけ!」
それでも、一度タカが外れると汚い言葉に抵抗がなくなるなんて話は良くあるもので、拓真には直接関係ないことだからこそ怒るのは拓真でなく俺でありたい。
(……マジでふざけんなよあいつ!!)
内心では今すぐに隣家へ行って暴れ回りたい気分だが、それは流石に我慢する。
拓真に愚痴るのも止まらなくなるので我慢。いやもうちょっとしちゃったけど、悪口オンパレードになるのは避けている。
そして発散せずに堪えるとなると、この有り余る怒りと恨みを全て、別の活力に変えないといけない。
そこで、「任せろとは言ったものの何をすればいいんだ?」という顔をした拓真の出番である。
「拓真に頼みたいことは一つだ。……あ、もちろん俺の愚痴を聞いてほしいとかは抜きにして」
悪口に聞こえない悪口は高校生の言葉遊びが本領を発揮する場。
本音を晒すなら俺もかなり真面目にガチでキレているので、やっぱり愚痴はありにしよう……とか一瞬で考えを改めながら、俺は本題を切り出した。
「俺に勉強を教えてほしい」
口論の援軍でも暴力の助っ人でもなく。
「……勉強? それは別にいいけど、なんでまた。一ノ瀬さんの今の状況と何か関係あるのか?」
「ああ、ある。大アリだよ」
それは、あのバ……祖母に質問した内容の一つ。
「次の全国模試で香織と並べるだけの成績を取る。それが唯一、あの祖母に俺が認められるっていう温厚な解決手段なんだ」
「いや、それは……」
「言いたいことは分かってる。俺じゃあ実力差がありすぎるし、それに時間も圧倒的に足りない」
「……それ以前に、オレが一ノ瀬さんにテストで並んだことないんだぞ?」
学校の定期テストでも、香織は常に一位、拓真は十位前後を彷徨っているレベル。これを何十万人も受験者がいる全国模試に例えたら、順位と実力には相当な開きがあるのだろう。
それでも文武両道を目指すこの男は、今の俺より圧倒的に格上と言っていい。
「基礎だけでいいんだ。部活も今まで通りやってくれていいし、勉強時間を増やせだなんて言わない。拓真が勉強するタイミングで俺を近くに居させてくれ! 頼む!」
「ん〜……近くにいるだけでいいのか?」
「…………あと、わからないとこ質問させてもらえると助かる」
格上とはつまり、初心者が感じる疑問なんぞとっくに通過してきてるわけで。
「……ダメでも責任は取れないぞ」
「そんなの元々取らせるつもりないよ」
「並べるか、本当に分からないぞ」
その高みに近づこうとしたことがあるが故の、畏怖にも似た感情。
「お前がそこまで言うほどなのか……」
「今となっては残念なことにな。オレがもし部活をやっていなくても、届いたかどうか。……っていうのも強がりなだけで、本当は悔しいけど、無理だろうなって確信してる」
実際に近づいた拓真だからこそ分かる、圧倒的な実力差。
「学校の勉強なんて教科書を丸暗記すればいいって言う人もいるけど、そんなレベルじゃ一ノ瀬さんには追いつけない」
俺より格上のこいつが恐れるほどの壁。
その材料は、幼少期からの努力と、人並みの才能。
真剣な言葉をくれる親友を、俺も真剣に見つめ返す。
「それでも、その説き伏せる価値も無さそうな人を納得させるためだけに、勉強しようっていうのかよ?」
「…………ああ。する」
高すぎる努力の壁。
しかし、幸いなことに、俺はまだ諦められるほどその壁について詳しくない。
天井が見えないから高さが不明、向こう側が見えないから厚さも不明、掴める突起の有無も不明。
もちろん未知に怯えてる暇はない。
だってその壁のてっぺんに香織との日常があるっていうならさ、登る以外に選択肢ないでしょ。
「なんでそこまでするんだよ? 一ノ瀬さんを取り戻すだけなら、多少無理やりなら手はあるんだろ? それこそ言ってること全部無視して、お前の叔母さんと話をつけるだけでも……」
「……うん、まあ、それも一つの手ではある」
「だったら! 少なくとも斗真がしようと思ってる勉強が楽しいものにならないのは、自分でも分かってるよな?」
「うん、分かってるよ。今から短期間で香織に追いつこうと思ったら、適当な努力じゃ全然足りないって。だから尋常じゃなく努力しないといけないのも分かってる。それが楽しくないことも」
俺がしようとしてるのは、本当なら一年半後の受験に向けてゆっくり着実につけていくべき実力を、一ヶ月足らずで我が物にしようという無茶だ。
しかも、そんな無茶をして得られる特別報酬は、あの祖母に認められるというだけで。そんなこと、相当な物好きでなきゃしないんだろう。
でも……
「でも、楽しいとか楽しくないとかじゃないんだ。これは完全に俺の我儘だって分かってるけど、香織には、家族と喧嘩別れで終わってほしくない」
そこに少しでも穏便に解決する手段があるのなら、俺はそれを選ぶまで。
「それは……でも、相手によるとオレは思うけどな」
拓真が納得しないのはもっともだ。
きっと、全国で投票でもしたら、過半数が拓真の意見に賛成するだろう。相手がクズなら家族だろうと仲良くする必要はないと。
ああ、分かってる。それが正しいって。
家族の愛憎は場合によっては命にさえ関わることだ。今回の場合は将来の幸せに関わる一大事。
「俺はなにもあの人を許そうって言ってるんじゃないんだ。反省はしてもらう。盛大に」
香織の、俺の思いを無視した蛮行は絶対に許さない。
祖母だろうがやっていいことには限度がある。
……なんか思い出すとムカついてくるな。
「けど、今まであの人を放置しちゃった俺だけど、一度くらいはあの人の心が変わる可能性がある方に動いてみたいんだよ」
『家族は大切』
それだけが、両親を失った時に俺が得た経験だから。
「それでも……変わらなかったらどうするんだよ?」
「その時は俺がぶん殴る」
「はぁ……なんか話が一周してきてるぞ」
と言われても、本心では手を出さなかったのを褒めてほしいくらいムカついているのだから仕方がない。
「んじゃあ、しょうがないからその時はオレが止めてやる」
「……ああ、助かる」
一周した結果、立場は入れ替わったみたいだった。
「……はぁーあ」
改めてと言わんばかりにわざとらしくため息をついた拓真が何を言おうとしてるのか、先に読めてしまうのは親友だからかな。
「勉強、やるからには一ノ瀬さんにも勝つつもりでやるぞ」
「おう」
運動部の負けず嫌い精神。あるいは香織に勝つことを諦めたくないという拓真の本音には、強い気持ちが感じられた。
勝てるかどうかは置いといて、やるからには勝つつもりでやる。
それにもやっぱり全力で同意する。
「……ありがとうな」
「気にすんなよ……って、そういうのは結果が出てからにしてくれ! プレッシャー感じるだろ!」
茶化しつつも珍しく本気で嫌そうにされる。
「言っとくけど斗真の努力次第だからな! 本当に責任取れないからな!」
「あ、あぁ、分かってるよ」
……香織、マジでやばいんだな。
しかし、これで問題はあと、あの自分勝手な祖母をどうやって泣かせるか……じゃなくて、どうやって反省させるかだ。
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