勉強回
翌日の水曜日は、朝から拓真と図書館で待ち合わせの約束をしていた。
……へぇー、朝の図書館って意外と人が少なくて過ごしやすいかも──なんて呑気に考え事をしていられたのも束の間、拓真がやってきた朝の7時45分を境に図書館は俺の戦場と化した。
「昨日の夜はちゃんと勉強してきたよな?」
「ああ、もちろん。言われた通り文系科目を中心にやってきたぞ」
「よし。じゃあ今から30分でオレが作った問題を解いてもらう。言ってみればテストだな」
「え……いきなりですか」
「当たり前だろ? 教える側が生徒の実力を把握してなかったら時間が無駄になるんだよ。今の斗真にそんな余裕はない」
「……はい」
「ちなみに問題はオレが良問だと思ったやつを問題集から勝手にコピーしたやつな。良い子は真似しないように」
そうしてテストが始まり、現代文20分、古典10分と書かれた表紙をめくって30分が経ち──
「完成した答案がこちらになります」
「料理番組みたいに言うな。まあでも、とりあえず空欄を残さなかったのはエライ。それにパッと見た感じ、古典の暗記系もそれなりにできてる……」
「小学校の頃は一応勉強得意組だったからな」
以前も言ったかもしれないが、アウトドア派で好奇心旺盛だった昔の俺はそれなりに勉強が得意だった。小学校の内容が簡単だったというのもあるかもしれないが、それでも一度授業を受けただけでテストで好成績を収めていたのは我ながらすごいことだったと思う。
もちろん当然のことながら、その頃も香織に及ぶ気配はなかったが。
「……あーでも」
「でも?」
「地頭が良くて人の心を読むことに長けたヤツが良く陥る症状が出てる」
「それってつまり?」
「つまり、現代文で行間を読んでるってこと」
「え、それってダメなことなの?」
「ダメだな、少なくとも高校生の勉強においては」
「??」
レベルの高い読書家ほど行間は読むものだと思ってた。
「いいか斗真。高校生レベルの勉強は、全て大学で学ぶ内容の基礎にすぎないんだよ。よくあるピラミッド型のグラフで考えてみるとわかりやすいと思うけど、三角形の底面を含む下層……つまり現代文の基礎になるものは、書いてある文章を正しく読めるかどうかの能力だ。そして大学レベルの三角形の上層で初めて行間を読むって話になってくる」
「……なるほど?」
「要するに、高校生が現代文のテストで問われる能力は『書いてある文章を正しく読む能力』だから、行間を読ませるような問題はまず出てこないってこと。逆に言うと、書いてあることを無視して勝手に行間を読んだら間違えになる」
「……ほほう」
「いつだって基礎あっての発展だからな。文章テーマについての事前知識も、そういう意味では使い方を知らないと邪魔になったりすることもある」
「マジか」
「マジだよ。いいか斗真、お前にはこれから文章を対比で読む訓練を────」
と、まあそんなマジでありがたい話を朝から聞かせてもらい、昼も、放課後も、拓真には俺の勉強に付き合ってもらった。
一方で、香織とは何も無かった。
理由は単純。
お互いに避けているから。
香織は昨日あんなことがあって俺と話しづらいだろうし(現代文ならやっちゃダメ)、俺は香織と話すタイミングをもう決めているし。
だからお互い話しかけない。
でも、何度も目が合い、その度に言葉にならない言葉を交わしたような気がする。
申し訳なさで満たされたように見えた香織の瞳に、俺はなるべく優しい視線を返したつもりだ。
『ずっと一緒にいたい』
香織はそう何度も俺に言ってくれた。
恋人という肩書きを捨ててその願いを叶え続けた香織の思いの強さには、多少落ち着いた今ならちょっとだけ嬉しさを感じたりもする。
香織本人も含めて、香織は誰にも責められるべきじゃない。だって俺も、香織の立場なら同じことをしただろうから。
でも……
『3日後の土曜日に、俺の家で直接会って話したい』
香織にそうメールを入れて、俺は自炊に挑戦するべく冷蔵庫を開けた。
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