一ノ瀬香織と斉藤拓真


 斉藤くんを空き教室に連れてきたあと、一応ドアの鍵を閉めて私は完全に二人きりの状況を作り出した。

 彼の知ってる斗真について、私にも教えて欲しいと思っての行動だった。具体的には斗真が好きな女性像、好きな行為、求めてるもの。そういうのをたくさん聞かせて欲しい。


「すみません、急に呼び出したりして」


「それは全然大丈夫なんだけど、色々説明してくれるとありがたいかも。あ、告白とかじゃないのは分かってるよ」


「あはは、そうですね。告白ではないです」


 そう告げても落胆した様子を見せない斉藤くんは私にとってかなり好印象だった。他の男子は授業中に話しかけるだけでも何かを期待するような目で私を見てくるのに、彼にはそんな素振りは全くない。


 たくさんの生徒に「完璧」だと持て囃されている私だけど、不特定多数から恋愛感情を向けられるのは好きじゃない。


 私はこれまでもこれからも、一生斗真一筋だ。


「結論から言うと、私は斗真のことが好きです」


 斉藤くんを呼び出すと決めた時から、私は彼に、私の思いを全部伝えると決めていた。遠回しに聞いたところで察しのいい彼ならすぐに気づいてしまうだろうし、些細な隠し事をするほど私は斗真の親友を疑ったりしない。


 パチっと目を見開いたあと、斉藤くんはすぐに冷静さを取り戻した様子で壁に背を預けた。


「好きって、ライクの方じゃないよね?」


「はい。ライクじゃなくて、ラブの方です。私は一人の女として、斗真のことが大好きなんです」


「……そっか」


 隠す必要なんてない。

 だってこの気持ちは、全く恥ずかしいものじゃないんだから。


 斉藤くんでも少しくらいびっくりするかなと思っていたけれど、彼は腕を組んで口を結んだ。


 びっくりどころか困らせた?

 なんでだろう。


 斉藤くんが私を恋愛的な目で見ていないことは、こうして話してみてはっきりと理解した。それは呼び出したのが告白のためじゃないと告げた時の反応からも明らかだ。


 私は本題に入れず彼の言葉を待った。

 言いづらそうに斉藤くんが口を開く。


「オレが訊くのも変な話だと思うんだけど、一ノ瀬さんは斗真の過去について知ってる?」


 瞬間、私はそれが斗真の両親の話だと直感する。

 廊下に人気はないものの、斉藤くんは自然と小声になっていた。


「中学のことですか」


 万が一私の思ってることと違った場合に備えて、情報は小出しにしていく。

 斗真の両親の話を私の口から漏らす訳にはいかない。例え相手が知っていたとしても、話すのは最小限にしたかった。


「そう。中学の、事故の話」


 斉藤くんも様子を伺っていたようで、私の答えを聞いてもう一歩踏み込んでくる。

 でも、事故というワードまで出れば、斗真の両親についてだと確信していいだろう。


「知っています」


 それ以上は言わないのは、本人のいない場所、しかも学校で核心に触れる訳にはいかないからだ。


『今までみたいに笑ってさ、私といっぱい遊んでよ。斗真の元気な姿をお母さんたちにも見せてあげようよ』


 事故以降、私が斗真の前で両親の話を口にしたのは、虚な彼を慰めたあの時だけ。それからは何よりも両親の話を禁句としてきた。

 だから、誰かとこの話題について話すのは本当に久しぶり。私のお母さんとだって最近は話していない。


 斉藤くんの目を見つめ、本当に知ってるよと念を送る。すると、彼は微かに口角を上げた。


「すごいな、一ノ瀬さん。本当に斗真のことを一番に考えてるんだ。いや、疑ってたわけでもないんだけど、今ので改めて一ノ瀬さんが斗真の幼馴染で良かったって思ったよ。……だから、一ノ瀬さんが本題に入る前に、オレの思いだけは伝えさせて」


 深呼吸。

 壁時計の短針が、三回カチッと音を鳴らす。


「オレはまだ、一ノ瀬さんの気持ちを応援してあげられない」


「……え?」


 何を言われたのかすぐには理解できなかった。

 でも、大人しく引き下がるほど私の気持ちも弱くない。


 それに、斉藤くんはなにも頭ごなしに私の気持ちを否定しているわけではなく、その瞳に宿る温かな光からも彼の言葉にはしっかりとした理由があるのだと分かる。


「オレは学校での二人しか見てないから、幼馴染として二人がどれだけ親しいのかは知らない。でも、少なくともオレは、一ノ瀬さんがいない場所での斗真のことを一ノ瀬さんよりよく知ってる」


 私がいない場所での斗真?

 それは確かに私には知りようのない部分。


 クールでかっこよくて、いつも私を助けてくれて、笑えば笑顔を返してくれる。斉藤くんが言っているのは、そんな斗真とは違う一面の話。


「一ノ瀬さんは、学校での斗真が何してる時に一番よく笑うか分かる?」


「……それは、斉藤くんとお話ししている時では?」


 事実、お昼休みに斗真と斉藤くんが談笑しているのはよく見かける。私も学校で一番笑うのはいつかと言われれば、友達と喋っている時だろう。

 そこそこ自信を持って答えたのだが、斉藤くんは首を横に振った。


「違うよ。そりゃあオレも斗真の親友として、一緒にいるのを楽しんでくれてるなとは思う。でも、あいつが一番笑うのは、間違いなく一ノ瀬さんの話をしてる時だ。まあ、本人は無自覚だろうけどね」


「……っ。そう、ですか」


 思わず胸が熱くなる。

 これが私の気持ちを応援できないというさっきの話に繋がるのなら喜んでいる場合じゃないのに、心臓は言うことを聞かないで快感に似た痛みを全身に巡らせる。

 もしかしたら、顔が赤くなっているかもしれない。


 そんな私を見て斉藤くんは寂しそうに笑った。


「斗真がよく笑うから、オレはあいつに一ノ瀬さんの話題をよく振るようにしてる。でも、オレから見ての話だけど、斗真が一ノ瀬さんの話をしてる時に見せる笑顔は恋愛的なものじゃない。そういうのじゃなくて……なんていうかな。家族が褒められて嬉しい、みたいな笑顔なんだよ。伝わるかな?」


「……はい、伝わります」


 恋愛的な行動とそうでない行動。

 たくさんの視線を浴びてきたからこそ、そこに明確な違いがあると私はよく知っている。


「つまりさ、斗真が求めてるのは、恋人としての一ノ瀬さんじゃなくて、家族のように親しい幼馴染としての一ノ瀬さんだとオレは思うんだ。家族がいるオレたちにとっては些細な違いに感じられるかもしれないけど、斗真からしたら全く違うものなんだと思う」


 恋人は恋人であって家族ではない。


 高校生まで歳を重ねると、その気持ちは私にも少し理解できる。


 子供にとって両親はどっちも血縁だけど、親同士はそうじゃない。どこかで出会って付き合い始め、呼び方が恋人から家族に変わっただけ。

 もし仮に私が斗真と付き合って結婚したとしても、斗真へ向ける思いは、親に向けるものとは絶対に一致しない。


 私は斗真に「好き」って言われると、興奮するしドキドキする。

 でも、親に「好き」って言われても、興奮しないしドキドキもしない。胸が温かくなって、安心する。


 斉藤くんが言っているのは、斗真が後者を求めているということだ。


「一ノ瀬さんほどの人が斗真の恋人になってくれたら、もちろんオレは嬉しいよ。けど、あいつの心は家族って部分にぽっかり穴が空いたままなんだ。それを塞いでくれてる一ノ瀬さんは、もし中途半端な気持ちなら、斗真の恋人になんかなっちゃいけない」


 ドキドキや興奮だけに従って恋人になれば、その関係性はむしろ安心感の邪魔をする。だから私の気持ちを応援できないと彼は言ったのだろう。


 斗真に私を好きになってもらう。

 関係性を、幼馴染から恋人へ。


 生半可な気持ちならそれは、斗真に「家族同然の幼馴染」を失わせるだけなのだ。恋人になった私に穴を塞ぐ気がないのなら、心に注ぐ愛は全て家族という穴から漏れてしまう。

 斉藤くんは、そんな悲惨な結末を防ごうとしてくれている。


 家族と恋人。

 本当に些細な違いで、私自身どれだけ理解できているか分からない。


「斉藤くんは、斗真とは高校からのお付き合いでしたよね」


「……正確には、高校に入る少し前かな。街中で竹刀をやたら一般人に向けて笑ってた高校生を、当時のオレはそいつらと同じ暴力で解決しようとした。今となっては本当に反省してるけど、その時の馬鹿なオレを止めてくれたのが、たまたま通りかかっただけの斗真だった。面識もなかったのにオレを止めて、高校生に注意もして、本当にすごいやつだよ斗真は。高校で再会した時はマジでびっくりした」


 過去を懐かしむように斉藤くんが目を細める。

 私は斗真からそんな話を聞いたことはない。


 いいな。

 私の知らない斗真を、もっと教えて欲しい。


「私……なんて言ったらいいのか。とにかく嬉しいです。斉藤くんが、こんなにも斗真を想ってくれていて」


 本心から笑顔を向けると、彼は少し照れたように頬をかいてから真剣な眼差しを私に向けた。


「一ノ瀬さんは絶対良い人だって正直オレも分かってる。いや、オレだけじゃなくて、多分学校のみんなそう思ってると思う。でも、斗真はきっと、一ノ瀬さんと付き合った後に別れでもしたら立ち直れない。だからあいつの親友として、オレはお節介を焼かせてもらってる。ごめんね。決して一ノ瀬さんに不満があるとかってわけじゃないのは理解して欲しい」


「はい、理解していますよ。斉藤くんは良い人です。それはもう私の中で確定しました」


「ははっ、ありがとう。一ノ瀬さんも絶対良い人だ。その確信に、確証が欲しい」


「分かりました。でも、私が斗真への愛を語ると長いですよ?」


「いいよ。いくらでも聞かせて欲しい。部活もみんな勝手に始めてくれるだろうから」


 そう言って剣道部の主将は椅子に座った。

 どうやら長話になりそうなので、私は斗真に「ごめん!ちょっと用事が長引きそう。先帰ってて」とメールを入れた。すぐに、「大丈夫。待ってるよ」と返信が来て、ああ、こんなの嫌でも口がニヤついてしまう。


「そうですね。まずは──」


 私は語り始める。

 斗真への愛と思いを。

 その具体的な内容は、いつか斗真に伝えられたらなと思う。


 終始笑顔で私の話を聞いてくれていた斉藤くんへ向かって、最後にこう締めくくる。


「私は、斗真を悲しませてまで付き合いたいわけじゃないんです。ただ、付き合った先で、今よりもっと斗真と笑い合えると信じています。斗真の心は私が満たします。心の穴も、私が必ず塞ぐつもりです。でも、私はみんなが思ってるほど完璧な人間じゃない。……だから、手伝ってくれますか?」


 笑顔での問い掛け。

 まっすぐ伸ばした手のひらを、斉藤くんはしっかり握ってくれた。

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