第25話 太陽が昇らない街


 私たちが住むセントシャールの街から別の街へ移動する。カフェを出てすぐ疑問に浮かんだのは、どうやって移動するのかという点だった。


 元の世界であれば電車やバスを使えば事足りるだろうが、ここは異世界だ。


 セントシャールの近隣には街らしい街がいくつか見当たるものの距離が遠く、仮に徒歩で向かえば何時間、あるいは何日もかかってしまうだろう。まったく現実的ではなく、移動の手段としてはまず考えられない。


 ならばどうやって、なづなとライモンさんが住んでいた街に移動するのか。

 ギルドで”あるもの”の使用手続きを済ませた私たちは、街の広場まで来ていた。


「ルキは使うの初めてだっけ? 転移石」

「うん。買い出しとかで、通り過ぎるたびになんなんだろうって思って見てたけど……」


 きらびやかな金枠が施された、透明な壁に囲われている青く、大きなひし形の魔石――通称、転移石。


 眼前に見えるそれは時折淡く発光し、まばゆい光の中から人を送り出している。かと思えば光が人を包み込み、姿を消してしまったりと、およそ超常的と呼んで差し支えない現象が私の横で頻発している。


 メロと葵さんから聞いた話によればこの転移石はその名の通り、魔力と思い描いたイメージにより、人を任意の場所に転移させることが出来るらしい。


 残念ながら元の世界へ戻れるほどの力はなく、この転移石にできるのは街から街への移動程度。期待はしていなかったけれど、それでもありがたい事に変わりはない。


「準備はいいかい? いくよ、みんな」


 ライモンさんの呼びかけに頷き、私たちは転移石に手をかざして目をつむる。


 思い浮かべる街の名は――太陽が昇らない街『マスカルーナ』。

 光のトンネルを抜けた後、私はその街の名の意味を理解した。





 暗く、眩しい夜だった。


 ほんのりと赤みを帯びたオレンジ色の街灯が街並みを照らし、ネオンサイン風の看板と店構えが広場一帯をぎらつかせている。セントシャールの穏やかな街並みに比べればだいぶ刺激的だ。人々の賑わいも相まって繁華街か、見方によっては夜の街とも受け取れるかもしれない。


 比喩やいかがわしい意味ではなく――頭上に広がる、幻想的な夜空を見てそう思った。


「メロ……今って、お昼だよね?」

「そう、だと思うけど。いつの間に夜になっちゃったんだろ?」

「……ライモン殿。もしやこの街は――」

「そう。この街には夜存在しないんだ」


 「あれを見て」と言って、ライモンさんは手にしていた杖の先端で遠くに見える時計塔を指す。


「あの鐘、見えるだろう? ぜつ――中にある、鐘を鳴らすのに必要なおもりの事ね――の部分が特殊な魔石になっていて、鐘が鳴るたびに新しい夜空に切り替わるんだ」

「イメージ的にはプラネタリウムが近いかな。街全体がドーム状の魔法壁に覆われてて、そこに夜空が映し出されてんの。……あ、仕組みは聞かないでよ。フツーに知らんから」


 具体的なたとえを出されればイメージはぐっと掴みやすくなった。


 作り物の空と言ってしまえばあっけないが、闇夜を照らす三日月も、それに寄り添い輝く満天の星々も、本物の夜空と見紛うほどの美しさを誇っている。


 しかしまだお昼の時間帯にも関わらず夜空が見えているので、体内時計や諸々の感覚が狂わないかは不安に思う点だった。この街で生活している人たちはそれにも慣れてしまったのだろうか。


 気にはなったものの、私たちがここに来た目的は決して観光をする為ではない。


「どうなさいますかライモン殿?」葵さんが髪の毛先を撫で、「今からチョクで店に向かうのが、一番手っ取り早い方法かと思いますが」

「たしかにそうなんだが……?」


 肯定でも否定でもなく、ライモンさんが返したのは訝しげな視線だった。

 それも葵さんにではなく私の隣、話の途中からしきりに辺りを見回しているメロに向けられていた。


「メロ? どうかしたの?」


 私が呼びかけると、はっとした様子でメロが振り返る。


「あ……ごめんルキ。なんでもない、と思うんだけど」

「うん……?」

「……さっきから気になってるんだよね。なんだか、見られてるような気がして」


 ――見られている?


 メロの言葉にそこはかとない危機感を煽られ、私たちはおもむろに視線をさまよわせる。広場を通過し、通りや立ち並ぶ店の中へ消えていく人たち。道行く人の大半は小綺麗に身なりが整い、中にはメロと同じくゴシックロリータ系の装いに身を包んだ人も見受けられるが、特筆して怪しい人物やものは見当たらない。


 この場にいる全員が同じ結論にたどり着くと、ライモンさんは顎先を指でつまみ、


「警戒した方がよさそう、かな。オレ達が帰ってきたタイミングで、というのがどうにも引っかかるが……」

「アイツ、もしかしてなづな達のこと監視してる?」

「……そんなに用心深いの、その人?」

「さあ? でもよく分かんねえヤツだから、かなー、って」


 気のせいであればそれでいい。

 けれどライモンさんの言う通り、メロが視線を感じたのと私たちが転移したタイミング、この二つを照らし合わせて無関係だと切り捨てるのは難しかった。


「適当に歩き、しばらく様子を伺ってみましょうか。もしかしたら、向こうからボロを出すやもしれませぬ」

「わかりました。……メロ。危ないし、手繋いで歩こっか」

「えへ、ありがとルキ!」


 葵さんの提案にそれぞれが頷き、私は差し出された手をとって微笑み返す。


 元の世界で歩いていた夜道とは違う。

 記憶の中にある風景と目を差すような明かりの海は、似ても似つかない光景だった。





 ――見つけた。


 みつけた、みつけた――見つけた?

 え、本当に? 本当にあの子? 私、ちゃんと眼鏡してる? よく見えてる?


「んぐっ――!? げっふげふ……!」


 喉の奥がからい。

 いつもとは気分を変えて辛めの味付けサンドを選んだのが失敗だった。


 手元に残るそれを咀嚼そしゃくして、飲み物と一緒に流し込んで、物陰から物陰へまた歩き出す。つとめて私の存在を気取られないよう、素早く、気配を殺しながら。徐々に距離を近づけていくと、あの子の輪郭が少しずつ大きくなってゆく。


「……やっぱり、”一号”……?」


 木漏れ日のような優しい日差しをイメージした明るめの金髪に、私手作りのヘッドドレス。似合うだろうか、気に入ってくれるだろうか。内なる不安と戦いながら作り上げた、和柄の意匠を凝らしたジャンパースカート――あれ、でも腕に付けているアームカバーは知らない。誰かに買ってもらった?


 それに、一号と手を繋いでいるあの子は誰だろう。


 綺麗な、長い黒髪を揺らして歩く女の子。一号と親しげに話しているけれど、友達、なのかな。


 いっぱいいていいなぁ。あの背が低い子も、ボディバッグ付けてる子も、杖をついてる男の人も。みんな一号の友達なんだろうなぁ。


 私はそういうの、放り出してきちゃったからなぁ。


「すみませぬが、そこのかた


 オートマタの事にかまけっきりで、でも夢中になってる間は楽しかったしなぁ。好きな事を仕事にするのどうなんだろうって思ってたけど、実際うまく――って自分で言うのははばかられるけど。でも上手にやれてる方だとは思うし。


「……ダメです。聞こえてないようですな」

「なづな、本当にこの人なの?」

「うん。なんかむせてたし、その後ビビって隠れてたから確定っしょ」


 あの後、一号はどこに行ってたんだろう。

 っていうか、私なんかが話しかけに言って良いのかな。


「…………はあぁぁ」

「……ため息をつく余裕はあるみたいだ。フッ、案外図太いな」

「――あの、おねーさんっ!」


 ――え?


「い、いちご――どぅえっ!?」


 肩を叩かれ振り返れば、透き通った水色の瞳と目が合う。

 人形のように――いや、実際自動人形オートマタではあるんだけど――ぱっちりと立ち上がったまつ毛に、鈴の音が軽やかに鳴るような可愛らしい声。


 目の前にいる人たちは皆、まるで不審者でも見るかのようなまなざしを私に向けていた。

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