第19話 鬼遊び
◆
紅葉のように
腕の中で抱かれたままになっていると、半美は手首のひねりを効かせて傘の柄をぐるりと回す。まるで子供がそうするかのような軽い所作だったが、風車のように回る傘は風を纏い、槍ともども魔物の体躯を吹き飛ばしてしまった。
どこからともなく現れたひと張りの和傘と、有り余るほどの余裕を感じさせる半美の佇まい。
そこに尋常ならざる雰囲気を感じていると、不意に瑠稀の肩から手が離される。
「瑠稀ちゃん、戦える? お墓守っといて欲しいんだけど、出来るかな」
「やっぱり……一人で戦う気なんですか」
「うん」あっけらかんとした様子で半美は答え、「すぐ終わらせるけど、そのお墓は壊されたくないから」
万が一を考慮して、という事なのだろう。
友人の墓であることを考慮すれば至極当然で、しかしその懸念とは裏腹に半美の言葉には根拠のない自信と、瑠稀に対する信頼の念が滲み出ていた。瑠稀に返せる言葉は、ひとつだった。
「……わかりました。でも、気を付けて……!」
「ひひっ、ありがと」
相対するは、異形を人の形に押し込めた有象無象の怪物たち。
傘を閉じ、地を踏む足をにじらせて、面持ちに浮かぶ笑みは変わらない。緊張感など知った事か。
「さあて、と――!」
地を蹴って響く音は驚くほどわずかで、瞬時に魔物との距離を詰めた半美が繰り出したのは飛び膝蹴りだった。
曲げられた膝がガラス玉のような頭部を捉え、蹴り抜けばサッカーボールのようにその体を吹き飛ばしてしまう。同時に向けられる多方向からの殺気が、半美の感覚を鋭敏に研ぎ澄ませる。
魔力で槍を形成し、手をかざして弾丸か、あるいは刃を放とうとする魔物たち。たとえ視界に映り切らずとも、肌を刺すような感覚が如実に挙動を伝えていた。
そして予感は、間を置かずして現実のものとなる。
「っはは! カラフルだねぇ、受ける方はたまったもんじゃないけど!」
取り囲むように弾幕のごとき厚みをもって迫る、槍と魔法の雨あられ。物々しい通り雨を前に、しかし半美はなお笑う。
傘を開き、先のように
ならば、とくと
「さあて、お気に召すかな!」
その槍は肉体を
大地に傘を突き立てて、ことごとくを阻むは地中から
「ほらほら! 次は一曲、聞いていきなよ――ッ!」
半美の獲物は傘の形を捨てていた。
抱えられるは真白い
酔いの回った雄叫びに、唸るように震える弦に応えたのは、はたして周囲にいる
「……もしかして、音に魔法を乗せてる……?」
ただ騒々しいだけの演目を行っているわけではない。魔力を込めてつま弾けば、弾き出された音色は音波、
卒塔婆を攻撃する者と、卒塔婆を背景に
気付くのは容易だった。これを見逃すほど半美の目は節穴では――
「はっ! ほっ! ……あれ?」
魔物目掛けて放った魔法は全弾命中――せずに大きく的を外れ、蒼天の彼方にむなしく消えていった。十中八九、酔いが回っていたせいだろう。半美の目は多少、節穴の可能性があるかもしれない。
「うわ、あっぶな!」手に刃を纏わせて斬りかかる魔物の一撃を背後に回り込んで
がら空きになった背中を文字通りに踏み倒すと、半美はそのまま魔物の体に飛び乗った。
「っひひ……”
痛快な笑みを浮かべ、再度、半美の得物は形を捨てる。
彼岸の花が秘めやかに三味線を取り巻き、徐々に
「――いぃやっほぉぉぉぉう!! 飲酒運転さいこ~~~~っ!!」
酒気を帯びた船頭が握るは、風情溢れる木目調の
卒塔婆も魔物も巻き込んで、逆巻く
「おいしょおっ!」櫂を振るって半美は乱雑に舟を殴り飛ばし、「お疲れ! いい乗り心地だったよ!」
好き放題にうねりを上げた波の後、降り注ぐ飛沫の雨が半美と、ただ一体の魔物の肩を濡らしていた。
よくぞ耐え凌いだと称えるべきであろう。
騒々しくも凄絶な演奏をくぐり抜け、二十に近い魔物の群れを飲み込まんばかりの大波にも抗い切ってみせた。奇想天外にして奇天烈極まりない半美の戦いぶりをここまで刮目した、ただ一人の強者。
ゆえにこそ、その手に纏う赤き刃は仲間の無念に燃えていた。
「……っひひ、やる気満々だ」
櫂が形を捨てる。あろうことか得物が次なる形をとったのは一升瓶だったが、半美に戸惑いはない。むしろそれでいいと言わんばかりにほくそ笑み、一升瓶を刀のように脇に構えだすという始末だ。
仰々しく剣を構えた魔物からすれば一笑に付すべき格好であろうが、互いに真っ向から相対する構図は一騎打ちさながらの気迫に満ちている。そして、
「――ッ!」
両者の肩を風が撫でれば、合図には十分だ。
踏み込み、詰め寄り、抜き打つ。
一瞬にして一秒にも満たない刹那の閃きこそが、決着に要された時間だった。
魔物が振り上げた赤き刃を日の光が照らし出す。まるで鏡合わせのように、半美も同じく得物を振り上げた姿勢のまま硬直していた。しかし、ただ一つ。違うのは得物の形。半美の手に握られていた一升瓶は、
「……
魔物を抜き打つ瞬間から、刀へと形を変えていた。
潔い散り際を最期に――かくして、ここに雌雄は決した。
「――っぷはぁっ! 運動した後の一杯もたまんないわぁ……っひひ!」
美酒に酔いしれる声が
突き上げられた一升瓶とそのラベル――”鬼遊び”の銘柄が、誇らしげに燦々と輝いていた。
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