第15話 伸びしろ


 盗賊の人達が武器の魅力に気付き、無事に依頼達成の目途がついた――という単純な解決にはならなかった。


 来た道を戻り、山を下る。後ろを振り返れば、先ほどまで気を失っていた盗賊の人達が黙って私たちの後をついてきている。遠くの空にはうっすらと茜色が差し始め、すぐ隣から聞こえる会話が私の耳を揺さぶった。


「――いやまさかバカ正直に、ただ武器を宣伝しに来ただけだなんて思わねえだろ。もうちょっと文言考えろよ。普通にしょっぴかれると思ってたぜ、俺は」

「まあ、今しょっぴいてるけどね。悪いけどそういう依頼だから……ベルさん」


 サジに名を呼ばれたのは盗賊のリーダーである男性、ベルさん――本名はベルガリオであると、先ほど自己紹介がてら教えられた。


 白髪交じりの頭髪が年齢を伺わせ、羽織っているジャケットの腕には見慣れないロゴマークのようなものが刻まれている。おそらくは服のブランドか何かのシンボル、なのだろうか。改めて一瞥いちべつすると、隣から「ねえ」と声を掛けられる。


「助かったわ、来てくれて。えっとぉ、名前、が……」

「……あ、瑠稀です。神山さん」

「ああ、あーしの事は蘭子でいいよ。カタいっしょ、名字に神とか」


 カタいかどうかは考えたことが無いけど、フランクな、というより若干ギャル寄りの口調で話しかけられるのが新鮮であり、私には久しくもあった。


 神山蘭子さん。この人が盗賊の住処である洞窟から出てきたときは、さすがに驚きを隠せなかった。


 白のブラウスにデニムパンツを合わせた装いは涼しげで、サンダルのつま先からはとりどりの柄が散りばめられたネイルが顔を覗かせている。長く伸びた金髪にアンダーリムの眼鏡も十分特徴的といえるだろう。


 盗賊であるベルさんと、私と同じ転移者である神山蘭子さん。


 一見して接点を持ちそうにない二人が出会ったのは、つい昨日の事だったらしい。


「……蘭子さん、いろいろ大変でしたね。転移してすぐ魔物に襲われちゃうって」

「あー……はは、まあね。正直あ、これ詰んだわって思ったもん。よりにもよって初手、山かよって」


 呆れたような表情を浮かべながら、蘭子さんの視線はベルさんの横顔に注がれる。


「けどま、ベルさんが助けてくれたから」


 岩山に転移したばかりの蘭子さんは魔物に襲われ、そこを助けたのがたまたま山道を通りがかったベルさんと仲間の人達だった。ふとサジと会話する、ベルさんの声が耳に入る。


 ――人生で初めて悪酔いした日の事は忘れねえ。王都の騎士団クビんなって、カミさんに逃げられて……酔いが覚めた時にゃあ、いつの間にか盗賊呼ばわりよ。


「酔っててもお店のお酒盗んだら犯罪だし、ある意味当たり前だよ」


 サジの指摘は至極まっとうであり、そしてその過ちこそが、ベルさんを盗賊たらしめてしまった。本来であれば、ベルさんが助けた蘭子さんを街まで送り届けるのが最善であり、しかし夜という時間帯がそれを許さなかった。


 夜になれば、街の外では魔物が活発に動き回る。

 サジとベルさんは口を揃えてそう語り、ならば日を改めて街へ向かおう――ベルさんが私たちと出くわしたのは、まさに街へ向かう矢先の事だった。


「さっきはいきなり疑って悪かったな」ベルさんはため息をつきながら後頭部を掻き、「いきなり”宣伝しに来ました”なんていう奴、いくらなんでも怪しすぎてよ。負い目がある分、こっちもピリピリしちまってたんだ」

「あ、いえ。そんな……」


 もしかしたら、開口一番は私が務めた方が穏便に済んだのでは。

 ベルさんの言う事を否定できずにいると、ふと疑問が脳裏をよぎる。もっともそれも、今となっては後の祭りでしかない。


「ランコ。この世界と街については昨日教えたとおりだ。あとはどう生活してくかなんだが……悪いな。そこまでは面倒見れそうにねえ」

「いいよ、助けてもらっただけでも感謝してる。ってかまず、街に着いたらシャワー浴びたいわ――」


 盗賊退治の依頼は無事に片付きそうな気配を見せていた。しかしもう片方の、バオムさんの依頼はどうだろう。


 当初の予定では身なりのいい盗賊、つまりはベルさん達に宣伝し、買ってもらおうという筋道を立てていた。けれど今、円満解決の雰囲気が漂い始めている中でその話題を切り出すのは――ひどく野暮というか、無粋な気がしてならなかった。


「ねえ、サジ」


 雲行きの怪しさに負け、声を潜めて私はサジに喋りかける。


「これ、武器買ってほしいって言える雰囲気じゃなくない……?」

「瑠稀さんも思ってた?」言いながらやれやれといった様子で首に手を添え、「でも、さすがにこのままってわけにもいかないしな……」


 どちらかが切り出さなくてはならない。心苦しさは当然あるけれど、そうしなくてはバオムさんに申し訳が立たない事も分かっている。分かっているけど――


「そういえば……サジ、お前武器の宣伝しに来たって言ってたな」


 私たちの心情を知ってか知らずか、顎先を指でつまみながらバオムさんが開口する。


「迷惑かけた詫びだ。ギルドへ向かう前に、社会貢献してやるのも悪くねえ」





 俗っぽい話になるが、果たしてベルさんがお金を持っているのかどうかという点は気になるところだった。ともすれば身なりがいいだけで、実際は素寒貧すかんぴんという可能性も――かすかに芽吹いた一抹の不安は、重々しい音により否定された。


「この金額であるだけの武器をくれ」


 カウンターに分厚い札束が置かれると、ベルさんの目がぎょっと見開かれる。


「質の良さはサジこいつとの打ち合いで分かってる。昔、世話んなった騎士団の訓練校に寄付してやりてえんだ。……おい兄ちゃん、ちゃんと聞いてんのか?」


 その後数回に渡って呼びかけると、言葉を失いかけたバオムさんがようやく反応を示してくれた。具体的な金額はさておき、大金を前にすればおそらく誰もが同じ反応を返すだろう。


 そのまま私たちは武器を運ぶ手伝いをしてほしいと頼まれ、然るべき場所に送り届ける手続きも済ませ、無事に作業をひと段落させる。


 震える手で受け取ったお金を勘定するバオムさんを横目に店内を見て回っていると、店の奥側、アクセサリー類が収められたショーケースの前で蘭子さんは何かを呟いていた。


「……デザイン地味かな……ベースは悪くないけど遊びがない……ってかアクセの棚狭すぎだろ。ネイルチップとか、種類ももっと増やした方が……」

「……蘭子さん?」

「ん……? ああ、瑠稀ちゃん」眼鏡のブリッジを指の甲で持ち上げつつ、「どしたの?」

「いえ。なんだか、独り言呟いてるなって思って……ごめんなさい。集中の邪魔してたら」


 声を掛けた理由は特にない。強いていうなら――会ったばかりなのにこういう事を言うのもおかしいかもしれないが――普段と少し様子が違っていたからだ。

 おずおずと謝ると蘭子さんは小さく微笑み、


「や、別に? ただまあ、気になるよなーって思ってね。元の世界で、こういうののデザイナーやってた身としてはさ」


 初耳だった。


 けれどデザイナーという職業を踏まえた上で蘭子さんを見てみると、身に着けているブレスレットやピアス、指先を彩る色彩豊かなネイルなどが一気にそれらしく主張し始める。続く話に耳を傾ければ、どうやら蘭子さんにもスキルが備わっているらしかった。


 本人曰く、「手にした物体同士を掛け合わせてアクセサリーを作ったり、それに対して装飾ができる能力」――蘭子さんにぴったりのスキルですねと言ってしまうのは、さすがに気安すぎるだろうか。


「じゃあ……いっその事、ここで働いてみるとか?」


 するりと口にしてしまったのは他でもない、私だった。根拠がなかったわけではない。


 私たちがベルさんの身柄をギルドに引き渡せば、蘭子さんは一人になってしまう。依頼だから仕方がない事とはいえ、無視できない程度には自責の念もあるし、スキルを鑑みればここでなら蘭子さんも過ごせそうだという予感があった。


 けれど、何よりも大きかったのは力になれればという想いだった。


 異世界に転移した時、メロ達が手を差し伸べてくれた時の心強さを思い出す。

 あの時のように、少しでも不安や心細さを軽くできれば――思案するうちに、声は後ろから聞こえてきた。


「それ、いいんじゃねえかランコ。適材適所ってヤツだ、お前のスキルも活かせるだろうよ」

「っぱ、ベルさんもそう思う?」蘭子さんはあっけらかんとした様子で、「つか、家無しはさすがにキツいしね。野宿一日ですらガチめに無理だったのに――あ、すいませーん! 店員さん、ちょい相談なんだけど――」


 手招きされたバオムさんが話を聞くと、ほどなくして素っ頓狂な声が店内に響き渡る。


 いやいやオイオイ、男一人の家に正気かよ。たしかにこっちとしては嬉しいが、アンタは色々と大丈夫なのか? いや、頭がじゃなくて、その、だな――紆余曲折のやり取りを経て、様々なルールを決めた上で二人は同意した。




 バオムさんの要望に完璧に応えられたかと問われれば、正直、三割ほどは出来ていなかっただろう。


 武器屋の固定客は見つけられなかった。それでも帰り際、バオムさん達の顔に浮かぶ笑顔は満足げなものだった。


「――ありがとよ、二人とも! 報酬は全額、きっちり払うから安心してくれ」

「お礼ならあーしからも。気ぃ回してくれてありがとね、瑠稀ちゃん」

「いえ……力になれたのなら、良かったです」

「おれたちのカフェもよろしく。……それじゃ瑠稀さん、ベルさんも」


 終始、手探りな状態だったと思う。


 初めての依頼にサジとの距離感。それでも今は、頑張りを認めてもらえたという実感が素直に心地よい。気付けば街は街灯の明かりに淡く照らされていた。


 一日の終わりは、もうすぐだ。

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