第14話 剣はいらんかね



 宣伝に来たというサジの啖呵たんかは場にしばしの沈黙を生んでいた。


 三枚目の役者が似合わない決め台詞を吐き、観客一同の失笑を買ってしまったかのような冷めた空気の中。盗賊の一味は声を潜めて耳打ちし合う。直後、


「――おい、なんか怪しいぞこいつら! 追い返せ!」

「戦いになるね。頑張ろう、瑠稀さん」

「前向きだね、サジは……! 『ハンター』!」


 予感があった分、前もって心構えは出来ていた。自分たちが受けている依頼は盗賊退治。となれば当然、荒事は避けられない。向けられる敵意がピークを越えた時、盗賊たちは一斉に手を正面にかざし出す。


 四方八方を囲まれた状況から如何いかにして脱するべきか……瑠稀が思考を巡らせるその横で、サジは鞘に納めた剣を脇に構えていた。


「瑠稀さん。ちょっと、離れてもらっててもいいかな」

「……? う、うん。分かった……! 疾風跳躍フロージャンプ――!」


 普段と変わらない気だるげな声音の中に、静かな気迫が滲んでいたのを瑠稀は聞き逃さなかった。自身に放たれる魔法を軽やかなステップとしなやかな身のこなしでくぐり抜け、身をかがめた刹那に足元で疾風を炸裂させる。


 矢のように弾き出された瑠稀は岩山の壁面に足をつけ、勢いを相殺。なびく髪をおさえつつ顔を上げれば、盗賊たちの囲いの中には未だサジがいた。


「サジ……っ!?」


 視界に映り込んだ魔法の弾丸が、自分を狙っている。壁面を蹴ってそれをかわせば、着地した瑠稀の前に四人の盗賊が立ち塞がる。


火炎掌底フレイムフィスト――油断するなよ! すばしっこいぞ、あの姉ちゃん!」

「わぁーってる! 岩塊弾丸ロックバレット!」

「……狙ってきてるじゃん……!」


 火炎を纏うてのひらを避け、放物線を描いて飛来するいわおの弾丸をすんでのところで躱し切る。位置取り的にはそれぞれ前衛、後衛が二人ずつといった具合だろう。


 前の二人が接近して瑠稀を追い詰め、後ろの二人が援護、補佐するように魔法を放つ。出会い頭の軽々しい調子とは裏腹に、戦法そのものは地に足をつけた堅実なものだ。明確な役割分担や立ち回りには経験値の高さが伺える。しかし、


水流剣アクアブレイド! 動きには、ついていけてるっ……!」


 スキルと魔法を併用すれば、瑠稀の戦いぶりも決して劣りはしない。


 身をひるがえしながら手に纏わせた水刃を振るい、的をひとつに絞らせない。人数の不利は背負えど、身軽さを武器に斬り結べば痛打は避けられる。


 巧みに敵の連携をいなす一方、攻めあぐねているじれったさに急き立てられたか、三人の盗賊がナイフを構えてサジに飛び掛かった。


「せーので行くぞ、二人とも!」

「っしゃあ!」「オッケェイ!」

「……なるほど。魔力が伝わりやすいのか」


 軽薄なやり取りなど聞くに値しない。

 集中すべきは己の意識と、振るうべき刃。

 柄を握る手に力を込め、息を吐き、閉じていたまぶたを持ち上げる。刹那、


「いっ、せー、のー……!」

「――ッ!」


 一意専心――ただ”斬る”事のみに念頭を置いた一振りは暴風をまとい、三人の体躯を瞬きの間に壁面へと叩きつけた。白銀の剣閃は乱れ無き太刀筋の証明であり、気を失った盗賊たちはその証人。剣風がシャツの裾をいたずらに舞い上げると、直上から落とされる影がサジの顔を上げさせる。


「――っらあああああっっ!!」


 咆哮の主は盗賊たちのリーダー格と思しき男だった。長方形の、特徴的な刀身を携えた剣を掲げ、有り余るほどの膂力りょりょくをもって振り下ろす。


 かたや、サジの手に握られているのは心許ない細身の剣だ。空を切り裂きながら迫る分厚き刃に、真っ向から打ち合えばどうなるかは想像に難くない。


 刻一刻と眼前に迫る刃を前に――あろうことか、サジは片手で剣を差し出した。


「……!? ハハハハッ! どんな度胸してんだ、お前はぁっ!」


 釣り合わない力の前に、折れるのは決まって小さき方だ。しかしそのことわりに抗い、持ち主の期待に応えるようにして、白銀の剣は己が頑健さを誇示していた。火花散る鍔迫り合いの最中、サジはおもむろに唇を動かし始める。


「この剣、頑丈だと思うんだけどどうかな。武器屋さんが今困ってて、買ってくれたら嬉しいんだけど」

「ほう、そうかい? ただあいにく――押し売りは苦手なんでなぁっ!」


 乱暴に剣を振り抜くと、男は刀身に魔力をみなぎらせ、


「耐えてみな! 岩塊斬波ロックエッジッ!」

「……このままいけたりするのかな、これ」


 手を抜いているわけではない。受け止めた一撃の重さも、他ならぬサジがよく理解している。だからこそ確信するには十分だった。


 この剣の耐久性は間違いなく、高い。

 魔力をよく通し、より大きく重厚な剣とも張り合えてしまう。幾度いくたび刃を重ねようと打ち負けない白銀の剣は、見事サジの期待を裏切らなかった。


 二つの剣閃が交差し、すれ違うたびに、太刀傷が大地に刻まれていく。他方、瑠稀はそれまでの立ち回りを一変させ、盗賊たちに面と向かい合っていた。


「――『リベンジャー』! この感覚、やっぱり……!」


 一発、二発と飛来する魔法を弾き逸らすと、体の内に力が溜まっていくような感覚が蓄積される。その感覚は以前、姿を消すスキルの持ち主である、御笠春日みかさはるひと戦った時にもうっすらと感じていたものだった。


 攻撃を『リベンジャー』スタイルで弾き、受け止めるたび、その威力に比例して力が蓄積する感覚。二度目ともなれば、これを気のせいで片付ける事は出来ない。


 蓄積した力をどう扱うのか……盗賊たちの攻撃を見極める中で、既に答えは出ていた。


「いい加減捕まれぇっ! 火炎フレイム掌底フィストォッ!」


 烈火に燃える拳が迫り、横に並ぶもう一人は稲妻の刃を振り下ろさんと跳躍する。背後から放たれる魔法は隙をカバーするためであろう。


 確実に勝負を決めに来ている。しかしそれは、瑠稀とて同じこと。


「ここまできて、失敗しましたは無しだからね……!」


 自らに言い聞かせる。

 目を逸らすな。退くな。

 攻撃を受け止めて、それから、


「っぐうっ!? な、何っ!?」


 受けた一撃は、きっちり――!


「――――そこぉっ!」


 まるで、夜を切り裂く流星のようだった。


 燃える拳を受け止めて、蓄積した力をまとめて右手に流し込む。そのまま突き抜けるようなイメージで掌底を繰り出せば、力の奔流は蒼き光を乗せてほとばしった。


 あらかじめ魔法を弾いていた分の力も加わったのだろう。瑠稀が放った力は凄まじく、肉薄していた盗賊二人の体をまとめて宙に舞い上げてしまった。


「出来た……!」

「クソォッ! 疾風飛槍フロージャベリンッ!」


 そこへすかさず後方に控えていた盗賊二人が魔法を放つ。しかし、技をものにした瑠稀の前には物の数ではない。加速して迫る飛槍に向き直り、


「ああもう……! いい加減に――してよっ!」


 切っ先を捕まえ、体に回転を加えながらブーメランを投擲とうてきするような姿勢で投げ返した。避けるべきか、防ぐべきか。応手を考える暇はごくわずかで、飛来した時以上のスピードで加速する槍を前に、盗賊たちはなすすべもない。


 着弾と同時に巻き起こったつむじ風は盗賊たちの体を巻き上げ、乱暴に地べたへと叩き下ろす。


 寄せてきた風の波が瑠稀の黒髪を弄び、これで残すはただ一人――


「ちいっ……!」


 火花散らす剣劇が不満げな舌打ちをもって幕を閉じる。

 リーダー格の男は飛び退いて、サジから大きく間合いをとった。


「あの、まだやるんですか……! 私たち、武器の宣伝に来たのもありますけど……」

「俺らを捕まえに来た、か?」

「そうだね」サジはあっけらかんと答え、「でも今は武器の宣伝で来てるから、まずは話だけでも聞いてほしい」


 バオムの依頼と盗賊退治。どちらの依頼も貴賤はないものの、二人の心情としてはサジの言葉がもっとも近かった。


 戦い始めてから一切流れる事の無かった沈黙が、三人のいる空間を支配する。

 男の身に纏う気迫は未だ衰えないが、徐々に消沈の兆しを見せ始めたのは間もなくの事だった。


「……おかしな奴らだな。そっちの白髪、ちっと手ぇ抜いてたろ」


 返答はない。だが納得はしたのか、男は投げ捨てていた鞘を拾い上げ、剣を収めて向き直る。


「まあ、いいがよ。どうせギルドに向かうんだろ? ……歩きながらでいいなら聞いてやる」

「え? あ、ありがとう、ございます……?」

「それと、だ」男は洞窟の奥を見つめ、「一人、連れてきたい奴がいる。そいつは盗賊じゃなくて、ただの民間人なんだが……問題ねぇか?」


 男の声にも、身にまとう覇気からも、瑠稀たちに対する敵意が消えていた。その言葉に頷いた二人は、ほどなくして岩山を下山する。


 男と暗闇の奥から出てきた、一人の人間とともに。

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