第13話 距離感の正体


 依頼内容の確認をして外に出ると、なんら変哲のない空気がやけに新鮮に感じられる。十中八九、考え事に頭を回していたせいだろう。要望をすべて叶えられなくても、なるべくバオムさんの希望には沿えるようにしたい。


 バオムさんから声を掛けられたのは、そう考えた矢先の事だった。


「っつうワケでよろしくな! ルキ、サジ!」


 やや哀愁を漂わせていた先ほどとは違い、背中を押すように掛けられた言葉には陰りが無い。空元気というには陰りが無く、純粋に私たちを応援してくれているのだろう。私は淡く微笑み返し、


「ありがとうございます。なんとか、頑張ってみます」

「おう。……ああそれと、こいつをサジに渡した方がいいかと思ってな」バオムさんは手にしていた剣を差し出した。「ほれ、宣伝用の剣。特殊な加工がしてあるから、雑に使っても大丈夫だ」


 はたして剣を一振り渡されて、どう人に宣伝すればいいのか。一抹の疑問が頭をよぎりつつ、サジは剣を受け取って少しだけ柄を引く。


 あらわになったのは日の光を反射して輝く、白銀の刀身だった。


 刃は両側に付き、細身の刀身は鋭利かつ芸術品のように美しい。さや共々、飾り気のない外見をしているものの、無駄を削ぎ落とされた結果この形に落ち着いたと考えれば、印象としてはむしろスマートさの方が際立って見える。


「……ありがとう。一生、大切にするよ」


 刀身を鞘に納めると軽やかに鯉口が鳴り響く。一瞬耳を疑いつつ、武器屋を離れていくサジに私は戸惑いつつもついていった。


「お、おいサジ? なんだ一生って。何、あたかも『オレからお前にプレゼントしました』みたいな雰囲気出してんだよ。貸すだけだからな? いいか、後で返せよ!? おい、ちゃんと聞いてん――!」




 昼食を済ませた私たちはサジの提案で再び、ギルドを訪れていた。


 ちょっと気になる依頼があったのを思い出して、確認しておきたいんだ。断る理由はなかったけれど、バオムさんの依頼を早めに解決したいという気持ちが強かったため、勝手に出鼻を挫かれたような気分になってしまう。


 いったい、なんの依頼を探しているんだろう。

 コルクボードに張られた依頼書に視線を巡らせるサジを眺めていると、目当ての依頼を見つけたのか、その内の一枚に手が伸びた。


「よかった。まだあった」

「……サジ。それ、なんの依頼?」

「盗賊退治」


 思わず耳を疑った。


「私たち、先にバオムさんの依頼受けてるけど……?」

「依頼を追加で受けるのは――限度はあるけど、問題ない。それにここ、よく見て」サジは依頼の備考欄を指し示し、「”やたら身なりのいい盗賊でちょっと変です”って書いてある。もちろん外見だけかもしれないけど、

「高い、って……もしかして」

「売れそう、だよね。武器の宣伝も戦いながら出来るし」


 こんなにも早く、自分の耳を二度も疑う経験をしたのは初めてだった。


 お金を持っていそうな人であれば、武器を買う余裕だってあるかもしれない。

 戦いになればバオムさんから受け取った武器を披露、および宣伝して興味を惹くことだってできるだろう。


 理屈だけを抜き出せば、サジの言っている事は辛うじて理解できる。さらに、


「盗賊って……盗みを働いてる人、だよね。そんな人たちに武器なんて売っていいの?」

「その人たちの身柄をギルドに引き渡す前提で、盗品での取引は無し、かつ合意の上でなら。そうする為にはやっぱり、退治する必要があるけど」


 会話を交わすたびに懸念事項がことごとく潰されてゆく。


 舌を巻くほどの手際の良さで、言葉の端々から滲み出る説得力がその知識を確固たる情報として裏付けていた。正直、口を挟む余地がないくらいだ。


「……ありがと、サジ」私は淡く微笑み、「バオムさんと話してた時も思ったけど、物知りなんだね。よく分かんないけど、依頼の仕組みとか、法律とか」

「……本とか色々読んでたからね、小さい頃から。あとは人に教わったり」


 なぜだろう、サジにしては珍しく返事を返すまでに間があった。多少違和感を覚える程度のものだったけれど、今重要視すべきはそこではない。


 バオムさんの依頼、その解決の兆しが見えてきた。





 ギルドを出て向かった先は、盗賊が住処にしていると噂される岩山の洞窟だった。


 場所は以前、みんなで果物の採取依頼を行った森の近くにあるので、着くまでにそう時間はかからない。とはいえ、行きと帰りの時間を考慮すれば街へ帰る頃には夕方か夜になっているだろう。


 でこぼこの山道を歩いていると何度か不意につまづきそうになる。そのたびにサジは私を気に掛け、


「瑠稀さんって、結構話しやすいんだね」


 道中、話題を切り出されたのも同じく唐突にだった。


「……急にどうしたの?」

「いや。おれの方から勝手に距離、感じてたから」サジは少し間を置いて、「カフェだと大抵、瑠稀さんが話すのはメロか葵さんでしょ? だから、それで」


 私に対し距離を感じていたという、同級生の話が脳裏をよぎる。

 その子達と同じ指摘をされたのは異世界に来て初めての事で、無意識のうちに頬が緩んでしまう。サジも、私と同じ感覚を抱いていたんだ。


「……どうしたの?」

「いやそれ、仲良い同級生とか友達にも言われた事あるから……ちょっとおかしくて。でもたしかに、二人としか話してなかったかも。ごめん」

「あ……いや、謝らなくていいよ。ただ本当に、意外だったってだけだから」

「うん、大丈夫。……それから私も同じこと、サジに考えてた」


 そう言うとサジは「そっか」とだけ呟き、小さく微笑み返してくれる。今まで感じていた距離感が不思議となくなったような気がした。


 ほどなくして岩山のふもと、その中間地点を越えようかというタイミングでサジが足を止める。視線の先を見ればそこには木枠で囲われた洞窟の入り口と、薄暗闇の中へと駆けていく人影がかすかに見えていた。


「……気を付けて、瑠稀さん」


 息を潜めて揺さぶる声が、否応なく緊張感を高めていく。


 気配を殺して近くまで歩み寄ると、意外な事に近辺はやたらと清掃、整備が行き届いていた。住処にしているだけあり、頻繁に人の出入りがあるからだろうか。山道にあれほど散らばっていた石ころが、この辺りではほとんど見当たらない。


 鬼が出るか、蛇が出るか――


「――っ!」

「っ!? サジ……!」


 サジの傍を歩いていたのが奏功した。

 暗闇の奥で音も無くきらめいた二条の閃光。しかし刹那の間に伸びてくるそれらは、まばゆいばかりの一刀によって斬り伏せられた。


「……気付いてたのか」刀身を伝い、魔力の残滓ざんしが剣先から逃げてゆく。「瑠稀さん平気? 敵、来るよ」

「大丈夫……! ありがと、サジ!」


 ブーツのつま先を整え、肩にかかる髪を後ろに払う。サジの言葉通り、洞窟からはぞろぞろと盗賊と思しき人たちが出てきた。数は一人、二人――ちょうど八人。依頼書にあった通り、どういう訳か装いは身綺麗だ。


 いくらか塵や埃を被っているものの、質のよさそうな生地感に凝った装飾といい、そこはかとなく上流階級の人間を思わせる、はずだった。


「――おい、囲うぞ! 囲え!」

「オッケー! ……で、どうすんの?」

「バッカお前、バーッと攻撃すんだよ。集中砲火だ集中砲火!」

「いや、向こうにいる奴らに当たったらヤバいっしょ。お前、あとで蹴られるぞ」

「……たしかにそうだな。やめよ」


 ひびの入った石像が音を立てて崩れるように、抱きかけていたイメージが崩壊する。砕けた喋り方に緊張感が削がれる中、


「……なんだお前ら」


 ただ一人、明確な圧を滲ませた低音の声が私たちの意識を引き付ける。


 大岩のように屈強、かつ大柄な体格に、肩に担いでいるのは長方形を描いた特殊な刀身の剣。おそらく盗賊のリーダー格なのだろう、あの男の人だけは明らかに身に纏っている気迫が違う。


 呼吸を整える私の横で、サジは手にした剣を見せつけるようにして呟いた。


「すいません。おれ達、武器の宣伝に来ました。これ買ってください――」

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