第12話 鬱憤を飲み干して


 日は高く、人々の活気で賑わう街並みは昨日となんら変わらない。

 時折髪を撫でていく風は春風のように涼しく、うららかな日和ひよりと相まって長閑のどかさを象徴するかのようだった。しかし、


「着いた。ここが依頼にあった武器屋さん」


 心中に吹く風は、それとは裏腹にざわめきを帯びていた。


「……? どうしたの、瑠稀さん」

「えっ? ああ、ごめんサジ……!」いったん視線を外してから店構えを見直し、「……ねえサジ。本当にお店、ここであってる?」

「うん。ていうか、あってなかったら立ち止まってないよ」


 思わず天を仰ぎそうになって、こらえるようにひたいを押さえる。店の入口前にある白い段差、特に飾り気のない木製扉。普段なら気にもとめないような箇所が真っ先に目についたのは、フラッシュバックのように昨日そこであった出来事を思い出してしまったからだ。


 まさか、よりにもよって――半美さんが”キラキラ”にしてしまったお店に再び来ることになるなんて。


 特に自分が悪い事をした訳でもないのに、途端に気まずさがこみ上げてくる。

 急に止まってごめん、早く依頼主さんに話を聞こう。そんな言葉が口をついて出る前に、お店のドアは気前のいい声と共に開け放たれた。


「らっしゃあい――ってああっ!? アンタぁ、昨日のッ!」

「えっ!? あ、いや、すみません……! でも掃除はちゃんと――!」

「それだよそれ!」


 男の人はふっと笑みをこぼしてドア枠に寄りかかる。


「いや不貞寝して見直した時ぁビビったぜ。半分、八つ当たりみたいな感じでお願いしちまったし……っへへ、悪いな。手間かけさせてよ」


 ともすれば「今すぐあのキラキラ女をここに連れてこい」と怒鳴られるのではないか。語気の勢いに負けてよぎった不安は、あえなく杞憂きゆうに終わった。





 依頼の話を聞きに来た。サジがそう伝えるとこころよく中へ案内され、店内に飾られた武器が物々しく私たちを歓迎した。


 剣、槍、斧――分かりやすい刀剣類以外にも見たことが無い、武器と思しき品々が壁や棚に飾られている。さらに奥側の壁際、ショーケースに収められているのはアクセサリー類だろうか。


 スペースはこじんまりとしているものの、指輪や形状も様々なピアスなど、どれも意匠が凝らされているのが分かる。個人的には飾られている武器よりも、こちらの方が見ていて楽しいかもしれない。


「……この剣とか、全部本物なのかな」

「だと思う。武器屋さんだし」


 その返事を肯定するように、刀掛けに仰々しく飾られた抜き身の刀身が光沢を放つ。現実味のない空間だった。どことなくアンダーグラウンドな雰囲気を感じるのは、私がこういった場所に足を踏み入れたことがないからだろう。


 店内を見回していると、店の奥からこの武器屋さんの店主――先ほど会ったバオムさんが、トレーに人数分のティーカップを乗せて姿を現した。


「悪ぃな待たせて。まあこっち来て、適当に座ってくれや」


 「椅子はそこにあるからよ」と顎をしゃくって指し示すと、サジが私の分まで椅子を手に取り、何も言わずカウンター前に並べてくれる。


「あ、ありがと。サジ」

「いいよ。それよりも」

「依頼の話、だろ?」バオムさんは私たちの手前にティーカップを置き、「俺の名はさっき言ったよな。お前ら、名前は?」


 軽く自己紹介を挟んだ後、依頼の話はすぐに始まった。




 しばらくバオムさんの話を聞いていた私とサジは確認するように顔を見合わせる。


 今の話に聞き間違いはないか、内容は確かか。二、三の言葉を交わした後、私は横髪を耳の上にかけ直し、


「……一応、確認しますね」


 やや怪訝けげんそうな面持ちを浮かべながらバオムさんが首肯する。頭の中で情報を整理しつつ、私はバオムさんからお願いされた事を復唱した。


「バオムさんのお願いは……私たちに武器の宣伝をしてもらって、買ってくれる人を見つけてもらう。それから、できれば固定客になってくれそうなお客さんに、バオムさんの武器屋を紹介する。そっちの方が継続的にお金が入るから――って事になりますけど」

「おう、その通りだ!」バオムさんは自信満々に言い放つ。「最初に言ったろ? オレの依頼は、シンプルに、”売り上げを回復させたい”だけ、だって!」


 念押しするように言葉を区切らずとも、その事は依頼を受ける側である私とサジに十分伝わっている。しかし、いやだからこそ、ここに来て提示された依頼を達成する為の条件の多さに辟易へきえきしてしまう。


「シンプルにって言う割に、結構要求する事多いんだね」


 私が内心で思っていた事をそのまま口にしたのは、隣でレモンティーをすすっていたサジだった。


「サ、サジ。そういうのって言わない方が――私もちょっと、思ってたけど……」

「ぶッ――!? おっ、お前らなあ、好き放題言いすぎだろ! 依頼、ちゃんと受けに来てくれたんだよなぁ!?」

「す、すいません……」「ごめんなさい」


 店の売り上げを回復して欲しい。


 依頼書の文言を見た時は、お店の手伝いをするだとか、街の人に声を掛けてお店まで案内するような仕事を想像していた。けれどバオムさんの話を聞く途中から、想像と現実のギャップはより大きく乖離かいりし始めた。


 もしかしたらこの依頼は、私が思っていた以上に達成が難しいのかもしれない。しかし報酬金の多さをかんがみれば、それはある意味当然ともいえる。


 見通しの甘さを反省し、私はふと疑問に思っていた事を問いかける。


「ひとつ質問なんですけど……そもそも、どうしてこんなに要求される事が多いんですか?」

「……そっちの理由説明する方が、もしかしたら簡単かもな」バオムさんは小さくため息をつき、「そうでもしないとこのご時世、武器屋やってくのが難しいからだよ」


 実感を伴った語気が、有無を言わせない説得力を滲ませていた。


「昔……じいちゃんの代の頃は稼げてた。でもある日、転移者が来て、そっから急激に魔法が発展してからは右肩下がりだ。うちだけじゃないけどな」

「……転移革命」


 耳慣れないが、サジのこぼした単語は異世界特有のものだろう。私とバオムさんの視線は自然とサジの方へ向けられる。


「ある転移者が未知の力、”スキル”を使って大気中に漂っていた五属性の魔粒子エーテルを発見。それまでは非一般的だった魔法を、大衆的なものとして世に広め、根付かせた――っていう魔法の革命だよ」

「……よく知ってんな。でもまあ有名だからな、学校の教科書にも載ってるだろうし」


 バオムさんが唐突に学校の話題を出したのは、私たちを学生と勘違いしているからだろうか。年齢や身分は伝えていないが、雰囲気と見た目――サジは装いが装いなので若干怪しいかも――だけなら、たしかにそう思うのは自然かもしれない。


 けれど、サジの言う転移革命という出来事と、バオムさんが言う武器屋が稼げていた時代の話。その二つを照らし合わせれば、おぼろげながらひとつの予想が思い浮かんだ。


「もしかして……魔法が一般的になったから、武器を利用する人が減った?」


 その通りだ、と乾いた返事が返される。

 武器は嵩張かさばるるし、扱うのに技量も腕力も求められる。でも魔法は唱えるだけでいいから、手軽さという点で武器は魔法に敵わない。


 なかば愚痴のように続いたバオムさんの言葉は、「昔に比べたらまあマシだけどな」という切ない強がりで締めくくられた。


「そりゃあ今は人気ねえけどよ。俺は武器と、じいちゃんから受け継いだこの店が好きだから――なんとか、続けてえんだよなぁ」


 レモンティーを飲み干して口元を拭う仕草は、力強さよりも哀愁あいしゅうが勝って見えた。


 どうすればバオムさんの期待に応えられるんだろう。

 気付けば辟易とした気持ちは薄まり、思考は前を向いていた。

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