第11話 メンタル大根おろし
カフェの営業を終える頃には日は沈み、私たちは夕飯がてら、その日の事について話し合っていた。
買い物へ行くついでに街も見て回った事、ギルドへ顔を出し、その帰りに会った酔っ払いの女の人――
出会いも別れも唐突で、けれど人通りが多ければ自然と見失う事もあるだろう。半美さんも何か用事があると言っていたのを思い出し、自然と話題は流されてゆく。
「明日は一度、二組に分かれて行動しましょうか」
夕飯後、私たちに提案したのは会計帳簿に売り上げ等を記帳していた葵さんだった。結論から切り出されたので、どういう思惑があっての提案なのか想像がつかない。私は話すべきことを整理しつつ、
「急、ですね……? 私、今日初めてカフェの仕事したばっかりなんですけど。大丈夫なんですか?」
「大丈夫です」きっぱりと葵さんは言い切った。「初めてであれだけの人を捌けるなら、もう教える事は何もありません。……ワイの稼働日初日より全然動けてたので」
「え? でもメニューとかまだ覚えられて……」
「瑠稀殿」
声のトーンが一段階下がり、湿度を帯びたじっとりとした視線が私に突き刺さる。
「世辞ではなく、本当に大丈夫です。ワイはコミュ障かつ陰の者ゆえ、接客する過程で心身がガリガリ削られます。それはさながら、大根おろしにかけられる大根のごとく」
「あの、葵さん……!?」
「……瑠稀さん、おれから見ても問題ないと思うよ。注文はミスしてないし、運び間違いが一回あっただけだし」
サジからお墨付きをもらった喜びよりも、ミスした回数を具体的に覚えられていた事に対して若干の驚きを隠せなかった。戸惑いがちにありがとうとだけ返すと、葵さんから滲み出ていたどこか形容しがたい、負のオーラのようなものが引っ込んだ――気がした。
「ともあれ、人手が増えたのならこれを活かさない手はありませぬ。暫定的にではありますがギルドで依頼を受ける組を依頼組、カフェで仕事する組をカフェ組と呼称します。それぞれ二人一組で行動し、それから……――」
◆
話し合いを経て葵さんの提案を受け入れた、その翌日。私たちはさっそく二人一組に分かれて行動していた。話し合いと言っても軽いもので、ルールのようなものをひとつ決めただけだ。
もしもの事があった時に連絡を取り合うため、依頼組とカフェ組にはそれぞれ私と葵さんが入ること。守るべき事柄を決めた後はメロとサジがどちらの組に入るか、コイントスによって決められる。
そうして今日の依頼組である私のペアになったのが――
「なにか目ぼしい依頼あった? 瑠稀さん」
綺麗な空色の瞳と視線が交わった。
「……ごめん、サジ。正直に言うと、どれが良いとか全然ピンとこなくて」
「いや、いいよ。おととい来たばっかりなんだし」
ギルドのコルクボードに張り出された依頼書の数々は、十や二十の規模ではないだろう。
魔物退治に盗賊退治、失せ物探し、果ては迷い猫の捜索願など、よりどりみどりな内容が目を移ろわせる。ジャンルも報酬もすべてまちまちだ。二、三の言葉を交わして再び依頼の選別に戻ると、その事とは別に頭が回り出す。
率先して私を気に掛けてくれるメロに同じ転移者である葵さん。消去法的な考え方になってしまうけれど、私の中で一番つかみどころのない人物がサジだった。
口数も多い方ではなく、メロや葵さん以上に内面が見えてこない。
かといって、他人に無関心な訳でもない。
ギルドに来るまでの間はしばし沈黙が漂いつつも、適度に声をかけてくれていた。私からもとりとめのない話題を切り出せば会話は続き、勝手に感じていた距離感が徐々に縮まっていくのを感じた。
そこまで考えてふと思い出したのは、元の世界で仲の良い同級生から言われた言葉だった。
『――瑠稀って一回話しかけるまでのハードル、エグいくらい高いけどさ。二回目からはだんだんハードル下がってく感じだよね』
『あ、それ分かる。うちも雰囲気と見た目で勝手に距離感じてたし、なんかスゲーって――』
今、サジに感じている距離感は、もしかしたらその時の同級生が感じていたものと同じなのかもしれない。一人
「あっ……サジ。それは?」
「報酬高いやつ。内容はちょっと変わってるけど」
差し出された依頼書を手に取り、私は内容を黙読する。
――依頼内容:店の売り上げを回復してほしい――
”この街が出来た時に開業した、武器屋の者です。
ざっくり言うと、武器の売り上げがここのところ
お力になってくれる方募集中! 詳細は大通り沿いの武器屋まで! 報酬は――”
なんで、言葉遣いがちょっとだけフランクな感じなんだろう。
それに現実で”武器屋”という物騒な字面を目の当たりにするとは、まさか思いもしなかった。銃刀法とかいったいどうなって――やたらリアルな方向に
魔法が当たり前に存在する世界なら、同じく武器もあるのだろう。
二度目の黙読をして気になったのは、依頼主の人が具体的に何をお願いしているのか不明瞭な点だった。売り上げの回復と銘打ってはいるが、それだけでは少し抽象的に感じてしまう。
「どうかな。一回、話を聞きに行ってみるだけでも」
「……そ、そうだね。聞くだけ聞いてみよっか」
当然ながら異世界で生活している期間はサジの方が長い。であれば、ある程度こういった依頼の良し悪しを見極める審美眼も磨かれているはず。
それに何よりも、このまま決めあぐねていても時間を無駄にするだけだ。
意を決して頷き返し、受付窓口まで依頼書を提出しに向かう。すると見慣れた人影が手を振り、私たちを席まで招いてくれた。
「――こんにちは。氷見坂様、サジさん」
黒を基調とした着物姿に栗色の艶やかな長髪から覗く、鹿のような一対の角。柔らかな笑みに
「こんにちは。昨日ぶりですね、シオンさん」
「こんにちは――あと、すみません。この依頼お願いします。ちょっと話を聞きにたくて」
サジが差し出した依頼書を引き取ると、代わりに渡されたのは契約書のような紙だった。記入欄と思しき箇所は太枠で囲われ、異世界の字で書かれた文字がなぜか私にも読めてしまったのは、不思議を通り越して驚いてしまう。
疑問に思っている事を察してか、サジがペンを握るとそれとなく説明してくれた。
「インクに特殊な魔法が使われてるから。見た人の慣れ親しんだ言語に変換されて、字が読めるようになるんだよ」
――昨日から私は、魔法というものに驚かされてばかりな気がする。
「お店の方はどうですか? サジさん」
「まあまあです。昨日は瑠稀さんも手伝ってくれたし、これからはこっちに顔を出す頻度も増えるかも」
「…………書けた」サジから渡された契約書に名前を書き終え、「これでいいですか? あと……私は下の名前で大丈夫です。名字で呼ばれるの、落ち着かなくて」
「あら……ふふ。では、これから瑠稀さんとお呼び致しますね」
契約書と依頼書、それぞれに一枚の
まずは、依頼主に話を聞くところからだ。
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