第6話 後始末は甘く、昏く


 依頼を片付け、その途中で襲ってきた人たちと帰り道を共にするなんて、いったい誰に予想できただろう。


 けれど受けている依頼が同じである事を鑑みれば、それは至極しごく当然の帰結だったのかもしれない。来た道のりが同じなら、帰る道もまた変わらない。


 その道すがらで私は、転移した街の名前が『セントシャール』であり、今向かっているのは依頼を斡旋あっせんする施設である、”ギルド”と呼ばれる所なのだという事を会話の流れで理解した。


 ほどなくしてギルドにたどり着くと葵さんが依頼報告を済ませ、次にレグさん達三人が中へ入っていく。私の隣からはやや甘酸っぱい香りが漂い、それもその筈、彼女が小脇に抱えていた外套がいとうはリンゴの果汁まみれになっていた。


「あっ……っふ、ど、どうも。こんにちはです」

「……こ、こんにちは。えっと……春日はるひさん」


 私たちを襲ってきた四人組の一人であり、”姿を消すスキル”の持ち主であるこの人の名前は御笠春日みかさはるひさん。こちらがいくら視線を合わせようとしても目が動き、今なお春日さんの瞳は魚の如く泳いでいる。


 佇まいや仕草も挙動不審気味で、もしかしたら極度の人見知りなのかもしれない――などと偏見へんけんに近い印象を抱いていると、


「ねえ、ハルヒ」


 メロの声に春日さんが体をびくんと跳ねさせる。


「ルキに謝った方がいいんじゃない~? さっき襲ってきたんだし」

「ひぃぃ!? さっきまで話しかけてくれたのに突然の裏切りっ!?」

「謝罪っていうか……処分も? 危害を加えられたのはこっちなんだし」

「サジさんまでっ!? あわわわ……も、もしかして、ロッツさんとキアさんに言われた事の意趣返しですかあっ……?」

「そこまでは考えてなかったけど……言われてみればたしかに」

「はうっ!?」


 メロと似たような墓穴を掘り、狼狽うろたえる。

 枯れ尾花という訳ではないけれど、名前や人となりを知ってしまった今では、戦っている時に感じられた不気味さはつゆほども感じられない。


 ありきたりに言えば私は、いや、私たちは春日さんに拍子抜けしていた。


「わわわわたしっ、今手持ちゼロなんですよぉう! もう指詰めるかっ、マグロ漁船に乗ってお金返すぐらいしか思いつかないんですけどぉ……!?」

「お、お気を確かに春日殿。エンコはともかく――いや、全然ともかくってレベルではないのですが。マグロ漁船は流石に古いのでは……?」


 支離滅裂な口ぶりから察するに、春日さんの頭の中は空回りの最中なのだろう。それを裏付けるかのように視線は跳ね回り、挙句の果てには葵さんが気を遣うという有様だった。


 つい先ほどまで緊張感のあるやりとりをしていたという感覚が思わず抜け落ちそうになる。ともすればなごやかとも言える空気の中、ギルドを出る人混みの中から飛んでくる声はまっすぐに耳を震わせた。


「――おい、ハルヒ!」


 聞き覚えのある声だった。振り返ればそこにいたのはやはりレグさんで、ロッツさんと同じくキアさんがその後ろをついて歩いてくる。


 特にそういった役割は決められていないのかもしれないが、立ち居振る舞いからしてレグさんが四人のリーダーなのだろうか。すぐ近くまで歩み寄ると三人は私たちを一瞥いちべつし、


「……ハルヒ」小さくをため息をついた後、レグさんの視線が春日さんに突き刺さる。「依頼の報告は終わったぞ、と。で、お前は?」

「へ?」

「お前、謝ったのかって聞いてんだよ」

「え、あ……」


 まるで子供を叱る時のような厳しい語気が、泳いでいた視線をぴたりと止める。冗談で言っているわけではなさそうだという事は、おそらく春日さんを含めた誰もが分かっていた。そして謝るべき対象が、誰なのかという事も。


 数秒の沈黙が訪れた後、春日さんの視線が私と重なる。今度はちゃんと、目が合った。


「……すいません、でした。わたし、人に謝る時、なあなあで済まそうとするクセがあるので。途中から、謝んなくていっかなって思ってました」


 最後の一言は言わなくても良かったんじゃ――と思う気持ちをいったん横に置き、


「……ケガ、してないですか」

「え?」

「いや私、春日さんに魔法当てちゃったから……ないなら良いんですけど。春日さんが反省してるなら……たぶんみんな、許してくれるんじゃないかなって」


 自分の言葉を確かめるように、私はメロ達の顔を順に見やる。けれど、すぐにその必要はなかったと確信した。言葉を交わすまでもなく、それぞれの表情からは同じ感情が読み取れたからだ。


 春日さんを安心させるように頷き返すと、その肩をキアさんが優しく叩いた。


「アタシからもごめん。でも、アタシ達の中で一番頭が回る子だから、重宝してるのも事実だったりして」

「俺からも、すまない」ロッツさんが小さく頭を下げ、「少々金に困っていてな……今回は、魔が差してしまった」

「それとほら――これ、迷惑料。俺らがやらかした、ケジメみてえなもんだけどよ」


 もしかするとそのお金はたった今、依頼をこなした事で得た報酬金なのでは。直感的に脳裏をよぎった予感は、限りなく確信に近い気がした。


 受け取るのか、受け取らないのか。


 なかば逃げるようにして葵さんにその判断をゆだねていると、


「それならば……後でワイらの経営しているカフェに来て、何か注文していってくだれ。店の名は『サジメロアオイ』、おすすめはメロ殿特製のパンケーキ。大通り沿いから少し外れたところにありますので」


 葵さんの返事は私にとって予想外ではあった。けれど、その言葉の意図するところは容易に察することが出来た。


 そのお金は受け取らない。

 代わりに自分たちが経営するお店に足を運び、お金を落としていってほしい。


 暗にされた意思表示は、はたしてレグさんの頬を緩ませた。


「……そっ、か。なるほど。こりゃマジで俺らの負けだな、うん。反省するわ」

「レグ、甘いものに目が無いもんね?」

「……俺は苦手なんだがな。コーヒーで貢献するとしよう」

「いつ行きましょっか? ――あ、す、すいません! いろいろありがとうございました! 今度、お伺い致しますのでっ!」


 ――丸く収まった、と見ていいのだろうか。


 去り際に見たレグさんの表情は申し訳なさと、しかし、ありがたさの滲む満足げなものだった。四人が纏う朗らかな空気は出会い頭に感じたものとは対照的で、人混みに紛れていく背中を見送りながら私は問いかける。


「葵さん。さっきの、カフェがどうとかっていうのは……?」

「ああ、あれはまあ、この世界なりの挨拶のようなものです。お店を経営しながら生活する、というスタイルがこの世界のスタンダードですから」


 髪の毛先を指の甲で撫でつつ、葵さんはさらに説明してくれた。


「ギルドの依頼だけで食べていく事も出来るにはできますが……依頼の数も質も、時期によって変動するため安定はしませぬ。定住先があった方がギルドも良い依頼を回してくれますし……何より安定した収入が得られますからな」


 生々しいほどの説得力を感じたのは、やはりイセスタを説明してくれた時と同じく、自分の力で調べた事柄だからなのだろうか。ともあれ、知って損する事でもない。


 ふと見上げれば、黄昏たそがれ時の茜色と夜闇が混ざり合う空に、うっすらと星が輝き始めている。ランタンのような街灯にはぽつぽつと明かりが灯り始め、道行く人たちの足元を優しく照らしている。


 いつぶりだろう。

 帰り道を、少し心許こころもとない心地で歩くのは。

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