第5話 目覚める力《後編》
「ルキっ!?」「何とぉっ!?」
身を案じた声と驚愕の言葉が突如、轟いた爆発音にかき消される。ほぼ同一箇所に着弾した三本のダーツは瞬く間に膨張、炸裂し、ひと際大きな爆風をもたらした。
爆心地から離れていた三人は風に
「――たっか……! 跳び過ぎでしょ……!?」
巻き起こった爆発の直上、その中空を漂っていた。
「風の魔法を使ったのか……瑠稀さん」
サジの推測は的確なものだった。
ダーツが爆ぜる間際、まさに間一髪というタイミングで唱えた魔法は疾風を足元で炸裂させ、瑠稀の体を勢いよく爆発の外へと打ち上げていた。
大気中に含まれる
重力に引かれて
「やば、落ちるっ……!? ええと――
落下地点に形成された水のクッションに受け止められながら、瑠稀は直感的に理解した。メロ達が使う魔法には、ちょっとした法則性がある。
前半にはおそらく”扱う属性”を、後半にはそれに伴う”物の形”をイメージして唱えれば、魔法は成立する。乱れた髪を整えつつ、しかし瑠稀を迎え入れたのは得体の知れない緊張感だった。
「ルキ、大丈夫!?」
「私は平気……! でも気を付けて。まだ一人、隠れてる……!」
「……サジ殿。あの三人の誰かが、瑠稀殿に?」
互いに背中合わせの格好となり、瑠稀達は周囲に気を配る。葵の問いかけにサジが首を振ると、
「いいや、あの三人は倒れたまま何もしてなかった。だから多分」
「その敵は文字通り、姿を消しているかもしれない――という事ですなッ!」
はたして口を塞ぐためか、あるいはその予測を肯定するかのように、何もない空間から撃ち出された
しかし、手応えはない。
わずかだが、肌で感じられる程度の気配は確かに存在する。しかしいくら周囲を見渡せど、それらしき人影は見当たらず、薄気味悪い違和感ばかりが雪のように降り積もる。このまま身を固めていても
なにか打つ手は――視線を動かしていた瑠稀の視界に、あるものが映り込んだ。
「……あれ、使えるんじゃ」
おぼろげながら予想図は描けた。足がその方向に動いたのはすぐの事だった。
「ルキ!? メロから離れちゃ駄目!」
「大丈夫……! それより”これ”、適当に投げるから! みんなで撃って――っ!」
「ふっ……なるほど瑠稀殿。察しましたぞ」
「奇遇だね、葵さん」サジが足元の石ころを拾い上げ、「おれもだよ」
放物線を描き、バスケットいっぱいに詰め込まれていた、いくつかの”リンゴ”が宙を舞う。メロが余分にとり過ぎたというバスケットに、瑠稀は駆け寄っていたのだ。
意図は伝えずとも、行動で示せば誰かが応えてくれるはず。
しかしその思惑に反するように、メロ達三人は瑠稀の期待に応えてくれていた。魔法が、クナイが、石ころが果実を砕き、
「――ひいぃ!?」
声を上げたのは瑠稀達四人の誰かでも、ましてや地に
甘酸っぱい破片と果汁に身を暴かれた、見えざる敵そのものだった。
「いた……!
「いっ――
痛みを感じたのがきっかけか、瑠稀の眼前に外套を纏った敵の姿があらわになる。高めの声から察するに女性だろうか。そう思ったのも束の間、敵は両の手に風の刃を纏わせて瑠稀に斬りかかった。
「うわぁぁぁっ……! 見るな見るな見るな!」
「ちょっと、危なっ……っ!?」
一振り、二振り、刃を重ねてもう一撃。矢継ぎ早に繰り出される斬撃は風切り音を生み、対する瑠稀も必死で身を
しかし――どん、と背中にぶつかった感触に背筋が凍り付く。
ここは森だ。木にぶつかってしまったのであろう事は想像に難くない。だが必死に攻撃を
「……嘘でしょ……!」
――やられる。
本能が告げる前に直感で理解する。
木々の隙間から差す陽光が敵の輪郭を映し出し、刃が言葉では止まらない事を、瑠稀はゆっくりと流れる時の中で感じ取った。だが、かすかに己を照らす木漏れ日の中で、瑠稀はもうひとつの感覚を拾い上げていた。
戦いの最中、まるで種火のように体の奥底で
状況を打開するための、逆境をひっくり返すための、あるいは――
「……アンチスタイル」
ままならない、”今”に抗うための力――!
「――『リベンジャー』!」
木々の葉が揺れ、爽やかにさざめく音の中。
高らかに鳴り響いた音こそが、まぎれもない力の証だった。
咄嗟に構えた手の側面。鍔迫り合うは風を纏いし、二つの刃。
理解は
「私の――”スキル”って事だよね……ッ!」
「へっ……? ぅえ、えっ、な、なんで……!?」
左手を振り抜き、風の刃を押し返す。理屈は分からない。だが敵に抗えるという心強さが瑠稀の立ち回りを支え、襲い来る刃をものともしない勇気を与えていた。
ゆったりとした歩調で瑠稀が歩み寄ると、形成を不利と捉えたか敵は大きく後退して跳躍。風の刃を砕いて、両手を正面に突き出した。
「ら、ららっ、
もはや、なりふり構っていられない。焦燥感が生み出した魔法の弾幕は厚く、固く、しかし哀れなほどに弾道が曖昧だった。刃と弾丸は明後日の方向に飛翔し、森の中を乱舞する。
一方、瑠稀はブーツのつま先を整え、力強く大地を蹴った。
「――『ハンター』!」
声を発すると同時に、瑠稀の立ち回りががらりと変わる。
軽快な足回りで弾幕の隙間を掻い潜り、右手に形成した水の刃で腑抜けた魔法を次々に斬り捨てる。身を
「なんで当たんないのっ!?」
「当たりたくないから、でしょっ……!」
防御に長けた力から、機動力に長けた力へ――いや、
魔法の使い方も、スキルの使い方もおおよそ理解した。おまけに敵は動揺しきっている。至極冷静に思考を巡らせながら、瑠稀は決断する。
勝負を決めるなら、今をおいて他にない――!
「当てても大丈夫なんだよね、魔法って……!」
魔法は痕にならないという葵の言葉が脳裏をよぎる。
瑠稀は横髪をおさえつつ、木を駆けあがって跳躍。勢いのままゆっくりと反転する視界内に敵を収め、銃口を向けるかのようにして人差し指と中指を揃えてかざす。そして、
「『シューター』、
「ひっ……!? 速ッ――げっほっ!」
口にしたのは三つ目のスタイル。
円刃を穿ち、弾丸を破り、鮮やかな
着地した瑠稀が慌てて敵の様子を伺うと――倒れはしたものの、呼吸を繰り返している様子を見て胸を撫でおろす。当然、相応の痛みは走ったであろう。
攻撃が当たった事よりも傷がない事に安堵している自分に気付き、けれどそれは決しておかしな感覚ではないと自分に言い聞かせる。
「はぁっ、はぁ……っ――どうなってるの、この世界……?」
今さらな感想だと、みんなは笑うだろうか。瑠稀は肩にかかる髪を後ろへ流し、気持ちを切り替えるように横髪を耳の上にかけなおす。
自分を呼ぶ声に振り返れば、木漏れ日の淡い光がメロ達のいる方向を照らし出していた。
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