第4話 目覚める力《前編》



 穏やかだった筈の空間に緊張感が張り詰める。

 瑠稀たちに向けられるは身の丈ほどもある無骨な大剣と、逆手に構えられた二振りのナイフ。はたして場を取り巻く静寂は、低く響く声によって打ち破られた。


「キア、頼むッ!」

「わかってるよ、ロッツ! ――水流柱アクアピラーっ!」


 両の手にナイフを構えた女、キアはひねりを加えつつ高々と跳躍し、


「っ……! 冗談でしょ……!?」


 投擲したナイフが地面に突き立った直後、着弾地点を中心に大きな水流が立ち上る。まかり間違ってもここは水場ではない。黄土色の大地から天に吹き上げる水の奔流ほんりゅうは、瑠稀の目からすれば超常現象にも等しい、あり得ない光景だ。


 しかし、驚きの間にも敵の動きは止まらない。


 水柱が立ち上る瞬間、大剣を担いだ男ロッツはその奔流を足場にし、十分な高度を稼いだうえでさらに跳躍。頭上に掲げられた刃が獲物を見定めるかのように、逆光を反射して獰猛どうもうきらめいた。


「叩き、潰すッ……!」


 最小限のやり取りで互いの思惑を理解し、有効打たり得る一撃へと瞬く間に繋げてみせた。敵ながら見事な連携という他ないだろう。しかし、


「何ぃっ……!?」


 地を割り砕かんほどの膂力りょりょくをもって振り下ろされた刃は、別の刃に食らいついていた。


 甲高い音をかき鳴らし、高速で駆動する絡繰からくりの刃――その操り手を目にした時、瑠稀は思わずその名を呼んでいた。


「メロ……!?」

「そんなの振り回したら――ルキが危ないで、しょおっ!」


 自分は今、夢を見ているのだろうか。


 駆動刃チェーンソーを手の側面から表出させ、水平に薙ぎ払って大剣ごと男の体躯を押し返す。一撃、二撃と交差する互い違いの剣閃は青白い火花を散らし、ひるがえるジャンパースカートが、奔放に跳ね回る少女の姿が、夢と現実との境界を曖昧にさせる。


 だが瑠稀が目にしている光景は、紛れもない現実だった。


「貴様……! 自動人形オートマタか!」

「オート、マタ……?」

「ふふん、驚いたでしょ!」メロの耳が瑠稀の声を拾い、「ざっくり言うと”かわいい人形”って事っ!」


 回転する刃が青白き光を纏い、いっそうの唸りを上げて刃を削る。その一方でフリルの袖は傷付けず、小さな足が幅広な刀身を足蹴にする。


 跳躍ざま、メロはそのまま手をかざし、


火炎毒蛇フレイムヴァイパー!」

「ちいっ……レグ!」

「あいよぉ! 岩塊弾丸ロックバレットォ!」


 蛇行して迫る炎熱の荒波も、つぶてのように飛来する岩石の弾丸も、やはりあり得ない。あり得ないが――立て続けに目の当たりすれば、現実として受け入れるのは容易かった。


「――ねえ、なんで戦わないの?」


 声の先に自分がいる事を瑠稀は直感的に理解した。キアだ。

 樹上の木陰に身を潜めていたのだろう、木の葉を散らして着地し、地を這うような姿勢になりながら瑠稀の方へと駆けてくる。


「やばっ……!」

「もらった! 疾風円刃フローカッター!」


 近くの木を蹴り飛び上がり、振り下ろされた刃が生み出すは交差する風の刃。攪乱かくらんするような立ち回りが瑠稀の視線を踊らせる。メロに助けを求めようにも、今は相手方二人の攻防に手間を割いている。


 とるべき行動は、呼ぶべき相手は――いくつもの逡巡しゅんじゅんが隙を生み、


「っ!? 葵さんっ!」


 気付けば己と飛翔する刃の間には、葵が割り込んでいた。

 かばう為であろう事は想像に難くない。しかし、着弾して炸裂した風刃は葵を吹き飛ばし、無残にもその体を地面に横たえさせた。


「――やれやれ、ですな」


 しかし、それは大きな


「よもや、素人ではあるまいに――!」

「え……? なっ、ま、”丸太”……!?」

「隙ありですぞ!!」


 どこからともなく飛来した影が一閃、キアの胴体を真白い刃で切り捨てる。すんでのところで受け止めたか、キアは中空でナイフを構えてその一撃をいなし、


水流アクアダーツ、プラス光る苦無サイリウム・クナイッ!」

「なにそれっ……! く、うああっ!?」


 しかし、矢継ぎ早に繰り出されるダーツとクナイの投擲とうてきが生半可な防御を許さない。葵が袖の下より取り出したクナイは、不気味なほどの真白さをたたえていた。


 たとえるならそれは白い毒蛇のような――だが、刃先のみはサイリウムさながらに色とりどりの発光を見せる、奇天烈きてれつ極まりない武器だった。


「今のは峰打ち……魔法もあとになりませぬゆえ、ご安心を」

「……それも全部、魔法なんですか?」

「いえ、”スキル”の産物はクナイこれだけですな」


 魔法の次はスキル、それでも混乱せずに済んだのは、聞くより先に見ていたおかげかもしれない。詳細は分からないものの、単語自体は瑠稀にとっても聞き覚えのあるものだった。


 同時にそれは、瑠稀の中で”何か”がくすぶるような感覚を覚えさせる。


「レグ、こっちは俺が引き受ける! お前はあのボウズを頼む!」

「あいよ――オラッ、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ白髪!」


 再度、メロとロッツ、チェーンソーと大剣に魔法を交えた大立ち回りが幕を開けた。剛力をもって振るわれる剣は地を抉るほどの斬撃で、一方軽やかに舞うオートマタの駆動刃は自由奔放に剣閃を描いて見せる。


 その横でレグは、これまで沈黙を貫いていたサジに標的を変えていた。


雷光飛槍ライトジャベリンッ!」レグの頭上に電撃を帯びた槍が列を成して形成され、「食らっとけぇっ!」

「……ああ、おれに狙いを変えたんだ」


 瞬間、威嚇するように稲妻をほとばしらせていた雷槍は、切っ先を向けたままサジへと殺到した。


 緑で覆われた空間に、一時、雷の通り雨が降る。

 避けようとも、さりとて防御の姿勢を取るでもないサジが選択したのは、


「それ、一本もらうよ」


 槍が己に命中する寸前――放たれたそれを、振り回し、残りの槍すべてを切り払うという荒業だった。


 触るなと言わんばかりに雷槍は稲妻を発するものの、サジは柄を握る手に力を込め、それを無理やり黙らせる。つゆほども表情を変えず、己が獲物に主従関係を叩きこむその様にレグは戦慄せんりつした。


「バ、バケモンかテメエは……!?」


 墓標のように地面に突き刺さる雷の槍と、並外れた技量と武芸。


 それを見たレグは、しかし辛うじて戦意を保たせる。


「……頭いいね、あんた」


 透き通るように白い髪を向かい風がそよがせる。残酷な風だった。レグにとっては追い風である筈なのに、風向きの変わる兆しが一向に見えない。


 見えるのはただ、雷槍とともに迫りくる一陣の風のみ――


「半分、合ってる」

「クソォっ! 疾風円刃フローカッター!」


 疾風の刃をスライディングでくぐり抜け、槍を支柱にして跳躍。サジがレグの上をとる。なおも遮二無二しゃにむにに魔法を放つレグだが視線を上げた瞬間、逆光が彼の目を差した。サジは弓なりに体をしならせ、


「ぐっ……おわぁっ!?」


 乱舞する魔法を貫いてほとばしる、一条の迅雷。

 投げ放たれた槍は大地に突き刺さり、雷鳴とともに炸裂したそれはレグの体を乱暴に舞い上げた。


「おれの勝ちでいいよね」

「あ、う……!」

「それじゃ」


 興が失せたと、目は口ほどに物を言う。


 すれ違いざま、レグが澄み切った空色の瞳に見出した感情はただひとつだった。そして決着が着いたのはもう一方でも同じく、力なく大剣を取り落としたロッツの横で、メロは誇らしげに笑みを浮かべていた。


「これはもうメロの勝ちでいいよね~♪ おにーさんも頑張ったと思うけど♪」

「っく……不甲斐ない。”魔力切れ”とは……」

「魔力切れ……?」


 瑠稀が反芻はんすうすると、語気に滲んでいた疑問の色をサジが拾い上げる。


「……魔法は使う時、体内にたまった魔力を消費する。魔力が空になるまで消費し続けると、あんな風にちょっとの間、力が入らなくなるんだよ」

「ですが大気中に含まれる、”魔粒子エーテル”という物質を呼吸して循環させれば、すぐに魔力は蓄積されます。すぐに治る、かすり傷のようなものですな」

「あ、ありがとうございます。何となく、分かったような……?」


 サジはともかく、自身と同じ転移者である葵まで理論的な事を言ってのけたので、瑠稀が驚いてしまうのも無理はない。


 とはいえ仮にロッツが復帰したとしても、仲間がやられた状態では戦況の不利は覆らないだろう。彼の目の前にいる三人は、みな相応の実力を備えているのだから。


 勝利と呼んで差し支えない結果を収めた今、しかしただ一人、瑠稀の心境だけは穏やかではなかった。


「ルキ? さっきからどうしたの?」

「あ……ううん。もう一人、どこに行ったんだろうって――っ!」


 静まり返った周囲に視線をさまよわせた、その瞬間だった。


 ささやかな音が鼓膜を震わせた後、瑠稀の足元で三本のダーツがぜたのは。

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