第13話 密偵

「前から私、不思議だったの。処刑宣告を受けた子ってみんな命乞いしたり、逃げようとしたりはするけれどど、それだけなの。これからお前を殺すぞって言われてるのにおとなしくっていい子ばっかりよね?」

「そうだね、リーシェ。陛下も何を考えていらっしゃるのか、こうなるとわかっていただろうに……。気が触れたとしか思えないな」

 

 心底不思議そうに「この世の謎だわ」と首を傾げるお母様を見て微笑む家族全肯定お父様。この親にしてこの子あり、とでも言うべきか原作ネージュがやりたい放題に育つはずである。


「もし私達と入れ違いに王宮から使者が来ても容赦なく追い返せと家人に伝えておいてくれ」

「やだ、グラースったら優しい! でも、そうね。使者の子はお仕事なだけですものね。あなたってやっぱり素敵」

「そんなことないさ」


 何故かイチャイチャモードに突入した二人は仲良く笑みを交わし、一瞬ほんわかした空気が画面越しに伝わってきた。


「いや、あの、お母様? 国に喧嘩を吹っ掛けるのは時期尚早では……」

「ふふ、ネージュが優しいのもお父様譲りかしら。心配しなくて大丈夫よ。王と教皇の首をすげ替えるだけだから、民に被害は出さないわ。じゃあそういうことだから、よろしくね」


 にこにこと軽い調子で手を振るお母様達の姿を最後に映像がぶつんと途切れ、本来の状態に戻った鏡に唖然とする私の顔と「流石お父様達だ。対応が早い」と感心したようにうなずくお兄様が映る。


(OH……。お母様達、王国ごと潰す気満々みたいだし、このゲームって国盗りシミュレーションだったのかー。)


 処刑を公布されてしまった時点で真っ当な手続きを踏んで無罪を勝ち取ることはできなくなってしまった。こうするしかなかったといえばそうだけれど周りが暴走しすぎて当の私は置いてけぼりである。お兄様達がいいんならいっか! なるようになぁれ。


「オルゲル、入ってこい」

「セルジェ様、お呼びでしょうか」

「わがイスベルグ公爵家はタンジード辺境伯とラムール伯と共に全面的に王家と敵対することになった。もし、使いの者が訪れても門前で蹴り飛ばしてやれとのことだ。詳しくは追ってお父様達からお話いただけるだろうから、お前たちで共有しておくように」


 大事な話をするから、とあらかじめお兄様が人払いをしてくれていたおかげで二人きりだった部屋にするりと老執事長オルゲルが入室した。お兄様の言葉に「おや」と少し漏らした後、「かしこまりました」と淡々と頭を下げる。反応が薄すぎてびっくりである。オルゲル、うちの反乱の時点で大問題だけど――内乱だよ? 有罪の娘を匿うとか消極的なやつじゃなくて、ガンガン攻めるぜのほうだよ? 


「でしたら、ネズミはいかがいたしましょう? 締め出してもよろしいので?」

「ああ、頼む」


 心なしか嬉しそうに出ていったオルゲルを見送ってからしばらくして、何やら廊下から騒がしい音が聞こえてきた。そろり、とドアを薄く開けて様子を確認してみるとメイド二名、フットマン一名が――雑に詰め込まれた私物がはみ出している――それぞれのものであろうトランクと一緒にオルゲルに風魔法で浮かせられ、じたばたともがいていた。なにあれ。


「いったいどういうことですか!」

「私共が粗相を致しましたでしょうか?!」

「お許しください、オルゲル様ぁ!」

「急なことだと思いますが、ちょっと事情が変わりましたのでね。では、お達者で――」


 そのまま、ぽぽぽーいと文字通り邸の外に放り投げられ、そのまま彼らは遠くに飛ばされていった。わー、あれ、どこまで飛んでいったんだろー……。


「って、オルゲル?! 私、全然話についていけてないのだけど!」

「ネージュ様、失礼いたしました。お目汚しを」

「ありがとう、オルゲル。お前がいると、荷運びが楽で助かる」

「お褒めにあずかり光栄です、セルジェ様」


 オルゲルは老体のわりにぴんと伸びた背筋を深々ときっかり45度に曲げ、照れたようにカイゼル髭をくしゅくしゅ整えてほほ笑むと「ネージュ様は学院に通っておられたのでご存じではなかったようですが」と彼らのことを説明してくれた。


 元々、お母様が公爵家に嫁入りした際に行動を監視するためか王直属の密偵が潜り込んだのだけれど、お母様が「あら、そうなの?」というだけで気にしていないこともあり、王家に敵対の意思はないと表明するためにわざと放置していたそうなのだ。


 まぁ、彼らは邪魔になったというだけで、特にこれといった目立つ問題行動は起こしていなかった。ただ、私が学院の寮に入ってから王家から紹介状を持ってやってきたメイドにオルゲルは頭を抱えていたらしい。


 なんでも彼女は陛下直属ではなく、王子直属の密偵で婚約者――つまり私――の素行調査のためにうちに潜入したようなのだが、最初は大人しかったというのに近頃は態度が目に見えて酷く、私の部屋を不在なのをいいことに掃除のたびに度々漁っていたり、一度だけだが私物盗難未遂さえあったらしい。「あんな手癖の悪い娘を送ってくるなんて……、いくらなんでも酷すぎます。やっとすっきりしました」とオルゲルは晴れやかな顔で笑った。


「へ、へー、そうだったの……。ちなみにそのメイドは何を盗もうとしてたの?」

「お嬢様の装飾品や文房具類でしたかな。懐に忍ばせやすいとでも思ったのか小物ばかり!」

「うわ。多分それ、王子の指示かもしれないわ」


 そういえば、あの時は全然気にしていなかったがクラスの女子生徒――聖女がやたら物をなくしただの、壊されただの騒いでいるときにカイルがこちらを睨んでいたような気がしないでもない。本来、原作では犯人が現場に髪飾りを落としてしまい、それが重要証拠になり、断罪前にヒロインと王子がネージュに詰め寄るイベントもあった。

 

 確かにあのパーティーですら、自筆の被害届のようなお粗末な証拠しか出せなかったのだ。捏造しててでも物証が欲しかったのかもしれない。


 ていうか、うち、そんなに密偵入り込んでたの? どんだけ信用ないの……。

 お母様が嫁入りした時にはもう数人入り込んでたってことは、もしかしてこうなる前から謀反でも疑われてた……?


 そこまで考えて、頭をふった。

 陛下の思惑など考えてもしょうがない。結局、今、公爵家は王家に切り捨てられて、離反しようとしている。それが事実なんだから。


 二人に一声かけて、部屋に戻ると疲労感からため息が零れた。

 ……ただこうなってくると、次の悪役はどう登場することになるんだろう?

 お兄様の奇襲がなくなったということは、次は――元公爵家領地に視察に来た聖女一行が「アルバ」に騙されるイベントがあるはずだけど……。


 ウィンドウをタップして、救済対象一覧を開き、いかにも好青年ですといった容貌なのにどこか胡散臭い笑みを浮かべた男――「アルバ」――の項目を選択する。すると、前見たときは顔写真と名前、簡易な説明しか記載がなかった画面に「ステータス」の表示が追加されていた。


 あ、そういえば、ヘルハウンドを倒したときになんか追加されてたような。あれって私だけじゃなくて、救済対象のステータスも見れるようになるってことだったの?


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「アルバ・サーシス」


変幻自在の強欲詐欺師。物腰は柔らかで紳士的だが、騙されないようご用心。

グルメで美味しいものに目がない。


Lv:25

スキル:「変身」「雑食」「商才」

状態:変身中

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「……これって、アルバの現在位置もわかったりするのかしら?」


 スキルの使用状況までわかるのなら、もしかしてと今度はマップを開いてみる。

 公爵家の内部マップが映し出され、私の現在位置とお兄様の名前が表示された。

 そこに親指と人差し指を突っ込んで画面をつまむように動かすとマップの表示がガラリと変わった。やっぱり、拡大縮小できるんだ、これ。


 そのまま画面をピンチインして見てみたが、どうやらアルバは公爵領にはいないらしい。画面を指で横になぞって、王都の方も調べてみる。すると、アルバの表示が見つかった。


「あれ……? 王宮にいるの?」

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