第12話 公爵家の怒り

 朝、目覚めてすぐ呼び鈴を鳴らし、メイドにお兄様の様子を尋ねてみる。すると、どうやらお兄様はもう起きていて、私を応接間で待っているらしい。ゆっくりでいいという話だったけれど、朝食もそこそこにすぐに応接間へと向かった。


「おはよう、お兄様」

「ネージュ、おはよう。疲れているだろうに、悪いな。実は昨夜、お父様達から連絡があって……」


 お兄様は少しモゴモゴと言葉に詰まってから、ため息を吐く。その視線は私と交わることはなく、手元のティーカップに落とされた。


「ネージュ、お前の――死刑判決が公布された。首都では検問が行われていて、お父様達もお前を匿っていないかどうか確認されたそうだ」


「公布……。そう……」


「それに今は審議中だそうだが、うちの家門を潰すべきだという話も出ているらしい。連中はお前が聖女を害した悪魔だとか、令嬢一人でやれる悪事には限界があるだろうからお父様達も聖女暗殺に手を貸したに違いないだとか意味の分からんことをわめいているそうだが……。一体、何があったんだ?」


 切り捨てられるだろうなとは思ってたけど、やっぱりだめだったらしい。

 それも当然といえば当然か。そもそも私とカイルが婚約したのだって、公爵家の力を削ぎたい陛下と孫を王にしたい両親の思惑が一致しただけだし。おそらく対応が遅れたのも私が何もやってないせいでこれといった証拠がなく、攻撃しづらかっただけなのだろう。


「ええと……」


 カイルに婚約破棄されたこと、聖女殺害未遂の罪を急に突き付けられたこと、行方が心配な友達のこと、投獄されてから現れるようになったウィンドウのこと――。包み隠さず話していくと、どんどんお兄様の表情が歪んでいく。


「そうか、そうか。あのアバズレと一緒にいるうちに、元からよろしくないオツムに蛆が沸いたのかあのクソども」


 淡々とそう呟き、苛立たし気に紅茶を一口飲んだお兄様はこちらを見て、ばつが悪そうにサッと口に手を当てた。


「悪い。汚い言葉を聞かせてしまったな」

「ふふっ。お兄様ったら、そんなこと気にしてたのたの? 学院じゃお兄様の毒舌は有名だったわよ?」

「そ、そうか?」


 お兄様は少し頬をかくと、私の頭にポンと手をのせる。


「ネージュ……。大変だったな。あいつらの言いがかりなど気にするな。私やお父様達がきっとなんとかするから安心しなさい」

「ありがとう、お兄様」


 もう私だけの問題じゃなく、公爵家の存亡がかかった状況になってしまったのにひたすら私の心配をしてくれるその様子に胸が熱くなる。心からの味方って、なんて心強いんだろう。あとこれ、絶対ゲームだったら新スチルだったな。推しにほほ笑みかけられるとかお兄様って意識があるからギリ大丈夫だけど本来だったら死んでた。供給過多……。生きてるだけでブロマイドが量産されていく……。


 途中から思考がずれ始めた私をよそにお兄様は立ち上がると「ふむ」と私の周囲を観察して首をひねる。


「それとお前を助けてくれた空中に浮かぶ板? だが、まだ目の前に浮かんでるのか?」

「ええ、お兄様には見えてないの?」

「うーん…………、見えないな。魔法の類か……? それか、聖遺物……。その板が見えるようになった時、何か変なものを見つけたりしなかったか?」

「いえ、地下牢には必要最低限のものしかなかったし、特に変わったものはなかったわ」

「ふむ、前触れもなく現れて加護を与える予言板か……。確か先代の聖女の記述に似たようなものがあった気もするが、お前は聖属性ではないしな」

「そうよね」


 私――ネージュが認識阻害の闇魔術を最も得意とするように、人にはそれぞれ得意な魔術がある。例えば、同じ「聖」属性持ちでも回復魔術が得意でバフ魔術が苦手なものもいればその逆もあるため聖女の能力も代ごとにずいぶん様変わりしている。


 ヒロインは癒しとバフ特化型のはずだが、先代聖女は神からの啓示を受け取る力――予言能力があり、先々代は自身にバフをかけるのがずばぬけて得意で戦女神という別名があったというふうに。


 けれど、聖女は大前提として「聖」属性の適正者でなくてはならず、適性のないものが神に選ばれたなんて記録はない。


「まぁ、使えるものは使った方がいいか。今は特にその板からの知らせは来ていないのか?」

「ええ、目新しいものは……」


 なんて話していると、ウィンドウではなく応接間の奥にある三面鏡――通信魔道具――が淡く光りだし、鏡面が水面のように揺れて映像が映し出された。


「あら、ネージュ! 起きたのね、本当に無事でよかったわ……!!」

「連絡が遅くなってすまない。おかえり、ネージュ」


 こちらを見て、顔を一気に明るくして涙ぐむリーシェ公爵夫人と安堵したような表情で小さく笑うグラース公爵――両親からの通信であった。


「お父様、お母様。今、ちょうどネージュにいきさつを聞いていたところだったのです。陛下はなんと仰っていたのですか?」


 お兄様がそう尋ねた瞬間、いつもにこやかなお母様から表情が抜け落ちた。反対にいつも表情の乏しいお父様の口角が不自然に上がる。


「ええ、レナールったらしょうのない子よね。自分がネージュはお城にいるって嘘をついた癖に私たちにネージュの居場所を聞いてきたのよ? 息子一人諫められず、教会にせっつかれて、言いくるめられて。私の可愛い可愛い娘が大罪人ですって」

「そう、あまりにも脈絡のない話だからね。私たちも腹を決めたよ」


 パチン、とお父様が指を鳴らすと鏡の左右に見覚えのあるおじさん二人の顔が映し出された。


「ネージュ嬢、よくぞご無事で。此度のレナール王のご判断、誠に遺憾の限りです」


 いかめしい顔つきのオールバックの男――フラムの父、タンジード辺境伯――は慇懃無礼にこちらに頭を下げると、わなわなと拳を震わせる。


「本当に。いやー、お嬢様がご無事でよかったです。私も全く遺憾です、はい」


 もみ手をしながら、頭を下げる男――モネの父、ラムール伯爵――の額にはだらだらと冷や汗が滴っているようだった。


「あ、ありがとうございます。おじ様たちも陛下に抗議に向かわれていたのですか?ということは、モネ様とフラム様も本当に修道院行きに……?!」


 今すぐ、その修道院に殴り込みをかけてでも二人を助けに行かなきゃ!と慌てる私にお母様がほほ笑む。


「大丈夫よ、ネージュ。あなたのお友達はここにいるわ」


 父と母の姿が消え、真ん中の鏡におそろいの修道服を着た赤毛の少女と若草色の髪の少女が馬車の中ですやすやと眠っている様子が映った。


「あ……! ありがとう、お母様! でも、どうやって……?」

「ふふ、修道院って言っても何も清い人間ばかりがいる場所じゃないわ。いくらでもやりようはあるのよ?」


 軽くウィンクをするお母様にタンジード辺境伯が男泣きをして、頭を下げる。怖くて厳しいおじさんのイメージしかなかったが、どうやらフラムのことを内心溺愛していたらしい。屈強な男がボロボロ涙をこぼしながら、頭を下げる姿には迫力があった。


「イスベルグ公爵様方にはなんとお礼を申し上げてよいやら。わが娘をお救い下さり、心より感謝申し上げます」

「わ、私からもお礼申し上げます」


 続いて、ラムール伯爵もへらりと頭を下げる。タンジード辺境伯とは対照的に「面倒なことになった……。誰か助けてくれ……」といった表情で別の意味で泣きそうになっていた。


「いいのよ。私たちは仲間ですもの」

「セルジェ、ネージュ。私たちはね――もうこの王国を信用できなくなった。娘を想ういたいけな我々に謀反の意思ありというのなら、お望みどおりにふるまってあげようじゃないか?」

「ええ、今日をもって西の三大領地は独立国となるの」

「な」

「それって――」


 攻略対象の婚約者ともなるような悪役令嬢たちの実家が権力を持っていないわけなどない。王の義母姉、宰相である両親が治める魔道具が盛んにやり取りされている貿易都市を持つイスベルグ公爵領。


 王国最大の魔境、広大なルーマル渓谷から溢れ出る魔物を掃討するため、腕の立つ私兵――辺境騎士団を持ち、魔物素材の多くを国に納めているタンジード辺境伯領。


 その二つの領地に挟まれるように位置しているラムール伯爵領も最高品質の魔法石が取れる鉱山が見つかり数代前に男爵から成りあがった家である。


 いや、ゲームだとネージュが死んだあと無気力になった公爵夫妻はあっさり捕まり、公爵領は取りつぶされて、領地まるごと攻略対象に下賜されて魔王討伐の拠点になるし、他の家もおとなしく従ってたからよかったんだろうけど、これは……国、傾くんじゃ??


「私たちに牙をむいたことを後悔させてあげるわ。内側から食い破ってあげる」


 ネームドヴィランどころか、悪役令嬢と一緒に破滅する立ち絵すらないモブ? いやいや、娘可愛さにその傲慢を許し、罪をもみ消し、邪魔者を排除する――親こそ一番にヒロインが潰しておかなければいけなかったのである。


(み、味方でよかった……!)


 くすくす笑うお母様に冷や汗が流れた。

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