第5話 脱出
「うわっ!」
報酬を選択すると、ウィンドウが消え、滞っていた血が一気に全身にめぐるような感覚に襲われた。体中に魔力がみなぎり、吸収が追い付かなくなったのか未だ魔力を吸いあげ、鈍く輝いていた足首の枷が色を失い、砕け散った。
「……ふぅ」
ひとつ息を吐いて、もう一度無詠唱で氷を出してみる。念のため、控えめな魔力量を意識することも忘れずに。すると、先ほどは雪すら出せなかったのにガロンと音を立てて腰掛けられそうなほどの氷塊が床に転がった。
(え、りょ、量がおかしい。何これ怖……)
ちょっと不安になったが、今からやろうとしていることには問題ないので気を取り直して牢の鉄格子をちょうど半分冷やしに冷やしまくった。バチバチと鉄が悲鳴をあげながら凍りついたのを確認して、常温の鉄格子の後ろに退避する。それから、冷えた鉄格子に鉄球を思い切り投げつけた。
――パキン
意外と軽い音がして、鉄格子がくだけ折れた!
(や、やったー!! 成功! うまくいってよかった!)
正直詳しい原理はわからないが、鉄は冷やしすぎるとある温度を超えた段階で急激にもろくなるらしい。鉄の板をマイナス100°だったか、200°だったかの液体窒素にくぐらせて冷やした後トンカチで軽く小突き、「ね、簡単でしょ?」と真っ二つに割っていた動画投稿者様、ありがとう……!
「“私の姿は闇に溶ける。月も私を照らせない”」
まだ冷気の立ち上る鉄格子だったものを避けながら、どうにかこうにか牢の外に出て、今度は認識阻害の闇魔術を発動させる。こちらは元々無詠唱で扱えなかったから、つい癖で詠唱してしまった。まぁ、恥ずかしいけど唱えたほうがイメージの構築しやすいしね。
(……さて! まずは、さっきの男が歩いていった方向に行ってみよう)
幸い、道はそこまで入り組んでおらず、思っていたよりこの空間自体広くなかったようで10分かそこらで階段を見つけ、地上に出ることができた。ここは、廃教会の地下だったらしい。薄汚れたステンドグラスから降り注ぐ朝日に照らされ、部屋を舞う埃が光っている。近くに森があるのだろうか、窓越しに青々と生い茂る木々が連なって見えた。
(ここ、王都じゃないのかしら? でも、あまり遠くに運んでも後々面倒だろうし。王都のはずれのボワ森林近く?)
あたりを観察しながら、扉に手をのばした――その瞬間。
さっき会った男が扉を開き、ばっちりと目が合った。ひゅっと息をのむ。
「闇」の魔術は夜にその真価を発揮する。さっきかけた認識阻害の術も夜ならば術者の姿を認識できなくなるが、昼だと相手の顔が認識できないレベルの効果に落ちる。つまり、今の私は悪女を閉じ込めておいた廃教会から出てきた謎の通行人Aなわけで……。めちゃくちゃ怪しすぎる不審者と化していた。
「あ! あの、私、えーと! ここを仮住まいにしてまして! 誰かがいらっしゃるとは思わず!! し、神父様?! いや、土地の権利者の方ですかね?! すみませんでした! 雨風をしのぎたくて、つい!」
何言ってるの、私!? 不審さが増した。
しかし、慌ててまくしたてる私を男は一瞥もせず、すたすたと奥に歩いていくと、そのまま地下牢へ続く扉へと消えていった。
「あれ? なんで・・・・・・。 いや、そんなのどうでもいい! 逃げなきゃ!!」
男が開けたままの扉を出ると、近くに見張りだろうか――ほかに男が数人控えていた。一瞬、ぎくりと固まってしまったが彼らの脇を急いで走り抜ける。小道をはずれ、森の中の道なき道を進んでいく。しばらく走って、走って、体力の限界がきて。肩で息をしながら、後ろを振り返ると誰も追ってきていなかった。
「はぁっ、はぁ、はぁ……!! 助かったぁ!!!」
ずるずると大木に体を預け、座り込む。疲労が限界に達したのか、ひどく瞼が重かった。周りに魔物の気配もない。穏やかな陽気に眠気を誘われる。こんな森の中で眠るわけにはいかない、でも――。
「うーん……。目がチカチカする……」
そんな眠気を吹き飛ばすように、いつの間にかまた現れたウィンドウが目の前で明滅を繰り返す。
結局これは、いったい何なんだろう? ひとまずおかげで助かったわけだし、悪いモノではなさそうだけど……。
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《チュートリアル 牢獄からの脱出》クリア
✔牢獄から脱出
✔教会から脱出
✔追手の追跡をまく
新機能「救済対象一覧」が解放されました。
新機能「マップ」が解放されました。
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どうやらさっきの脱出でチュートリアルがクリア扱いになったらしい。ウィンドウの上部にタブが新しく増えていて、「ミッション」「救済対象一覧」「マップ」と表示されていた。
(マップ!! ここがどこなのかわかるかもしれない!)
マップのタブを押すと、文面が消え、簡易的な地図に表示が切り替わった。この白い丸が私の位置なのだろうか。アイコンをタップすると、「ネージュ」と表示された。やっぱり現在地はボワ森林らしい。時間はかかるだろうが、王都の別邸に歩いて戻れなくもない距離だ。
「あれ?」
ふと、森の中に黒い丸が現れた。アイコンをタップすると「ネームドヴィラン:セルジェ」と表示される。
あー、魔王編に入ったら真っ先にヒロイン達を襲う敵がセルジェだっけ。日常編でもヒロインにちくちく嫌味を言ってくる陰険インテリ貴族だけど、妹の敵討ちで命を狙ってくるんだよね。
完全逆恨みだけど、普段澄ましてる人が理性かなぐり捨ててボロボロになりながら戦いを挑んでくるの好きで推してたなぁ。蛇みたいな男とか言われてたけど、見た目もうちのお兄様みたいでかっこいいと思う、し……。って――
「なんでこんなところにいるの、お兄様?!」
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