第3話 嫌な差し入れ

「起きたか、イスベルグ公爵令嬢」


 流石に餓死させるつもりはなかったらしい。

 硬そうなパンと一切れのハム、一杯の水を持って粗野な印象の男が訪ねてきた。ガシャン、と荒っぽく鉄格子の隙間からトレーごと投げ入れられたせいで水の入っていたコップが倒れかける。 セーフ! なんとか貴重な水をだめにせずすんだ。


「あら、ありがとう」

「はっ! 流石、悪女様は肝っ玉が違うね」


 せっかく表情筋を総動員して笑顔を作ったのに鼻で笑われてしまった。ショック。


「ええと、少しお尋ねしたいのだけれどここはどこかしら。モネ様とフラム様もこちらにいらっしゃるの? 」


 刺激しないよう丁寧に尋ねてみると男はやや面食らった顔になった。少しの沈黙の後、舌打ちが響く。


「ちっ、何を企んでるんだか知らないが気持ちわりぃな。ご丁寧に俺がそれを教えると思うか? 」


 ですよねー。


「まぁ、祟られても困らぁな。あんたの腰巾着二人は罪が軽いってんで修道院行きさ。それとこいつは王子様からの御慈悲だ」


 とりあえず安心したのもつかの間、またも投げ入れられた小瓶の中身を見てぎょっとする。紫と緑がゆらゆら混ざり合うような色をした液体がぼこぼこ泡を立てながら揺らめいていた。誰がどう見ても毒だ。


「こいつを飲んで、きれいなお顔のまま楽に死ぬか、公衆の面前で首を落とされるか選ばせてくれるんだとよ。飯には毒は入ってないから、好きな方を選びな」


 男はポケットから取り出したカードもついでにこちらに投げ入れるとひらひらと手をふりながら去ってしまった。


(ええええ、服毒自殺ってどうやって毒入手したのかと思ってたらこれ?!)


 カードにも一応目を通してみたが、さっきの男がいった内容とほぼ同じことが書いてあるだけだった。むしろ、前置きに「君は罪人だが、それでも長い付き合いだ。苦しませる気はない」といったことが書いてあって余計イラッとした。


 (仮にも自分を愛していた婚約者に対する最初で最後の贈り物が毒って。鬼畜すぎるわ、なんであんな善人ヅラできるのあの人?)


 色々思うことはあるが、収穫はゼロではなかった。さっきの男と話していて、ひとつわかったことがある。


 ここは、確実に王宮の地下牢ではない。ほかの囚人もいるはずなのに静かすぎることからも変だなと思っていたが、罪人だとしても公爵令嬢相手に看守の態度が悪すぎるし、服装も正規兵のものではなかった。先程の男もよくて騎士見習い、騎士くずれ、悪くてゴロツキといったところか。


(まぁ、そもそもベットがあるだけましだったけど貴人用の牢でもなく、一般の牢に放り込まれたのもおかしかったし……。)


 嘘を言っている様子ではなかったから、恐らくモネとフラムが修道院行きと言っていたのもカイル達が勝手に下した判決のような気がする。私の処遇も含めて、陛下に訴えている最中だろうか。とにかく、二人に命の危機はないようでよかった。


✱✱✱


 さて、本当は毒を差し入れてくれる使用人かなにかに脱出を手伝ってもらおうと思っていたけれど仕方ない。ちょっと危険だし、運任せだけど第2プランだ。


 誰の気配もないことを確かめてから、くるぶしまであるワンピースの裾を力任せに引きちぎり、布を折りたたむ。簡易のハンカチで鼻と口を覆ってから足枷の鎖にカイルからもらった毒を少量垂らしてみる。ジュワッという音を立てて、溶けるまではいかないが鎖が変色した。いける!


 毒を少しづつ少しづつ垂らしていき、ほとんど使い切ったところでようやく金属に綻びが見え始めた。そこに足枷の鉄球をガンガンと打ち付けていく。20回ほど打ち付けて、やっと鎖が砕けた。


(よし! でも、ここからどうしよう……)


 主に鉄球が魔力を吸い上げていたのか、いくらか体が軽くなったが万全とは言えない。魔力量が豊富なほうではあるが、チート級でもないし、元々適正があるのは氷と闇だけだ。

 

 たとえ万全だとしても、炎で鉄格子をどろどろに溶かすとか、風の刃で切り刻むとか、大地を動かして抜け穴を作るとかそういった芸当はできない。


 試しに無詠唱で氷を出そうともしてみたが失敗した。「氷よ、顕現せよ」と詠唱して初めて鉄格子に霜が下りた程度だ。頼みの綱、というのも変だがカイルからもらった毒もさっき使い切ってしまった。


「うーん……」


 唸ってなんとか役に立ちそうな記憶を掘り起こそうとしていたら、急に目の前にぴかぴか光る黒いウィンドウが表示された。


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「ネージュ・ド・イスベルグ」が以下、隠された業績を達成。


✔断罪劇後、二十四時間経過後も生存

✔枷の破壊


条件が満たされました。


《悪の救世主ルートが解放されました!》

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