第2話 整理してみましょう
「さむっ……」
ひやりとした空気に身震いして、目が覚める。
なんだか嫌な夢を見ていたような……? 途中までは最近ハマったゲームに出てくるキャラと友達になるいい夢だったのに。
寝ぼけ眼を擦って、視界が開けると暗い石造りの部屋の粗末なベッドに寝かされていたことに気がついた。
「え、ここ、どこ? 冷たっ!」
起き上がって、床に足をつけるとダイレクトに冷気が伝わってくる。
確か私、クソ王子の命令でサビ残してたらほぼ気絶状態で寝落ちして?? 起きたら、ハゲ上司に婚約破棄された? ちょ、ちょ、ちょっと待って絶対違う。待て待て待て。
ぶんぶんと頭をふってから、何回か深呼吸。
(……あ~、思い出した。 私、カイルに婚約破棄されたんだっけ。)
どうやら気絶している間に地下牢にぶちこまれたらしい。卒業パーティー用に仕立てたきらびやかなドレスもいつの間にか着替えさせられていて、質素な白いリネンのワンピースに裸足。魔力封じの手かせこそ外されていたものの、代わりに足枷がはめられた今すぐギロチン台にあがっても場になじめそうなファッションに変わっていた。
あれから、どれぐらい経ったんだろう。
松明が揺れるばかりで明り取りの窓すらないため、今が昼か夜かすらわからない。おまけに心なしか空気も薄く、静かすぎてかえって耳が痛いのも不安を増長させた。
「どなたかー! いませんかー!!」
人を呼んでみたが何の返事もかえってこず、自分の声だけがぼわんと反響したあと、壁に吸い込まれていく。誰でもいいからいないかと思ったけど……。
(と、とりあえず現状確認しよう。)
ただでさえ混乱した考えをまとめるために本当は記憶を紙に書き出したりしたかったが、あいにくとここには筆記具はないし、しょうがない。
硬いベットに寝転がり、指をペン代わりにシーツをなぞりながら一つ一つ思い出していく。
まず、この世界は前世でプレイしていた《エトナル魔術学院の聖女》という乙女ゲームに酷似している。
ある日、ただの村娘だった女の子が不思議な蝶に導かれ、偶然聖遺物を獲得し、平民ながらも聖女として王国中の優秀な人材が集う「王立エトナル魔術学院」に入学することになる――。
入学当時、誰も彼もが聖女の噂をしていたけれどどこかで聞いたことのある話だなと不思議に思ったのは実際「聞いた」ことのある話だったからだったんだ。
ゲームの物語は確か二部構成となっており、攻略対象達と出会い、絆を深める「日常編」。それと、聖女として世界的に認められて、一番好感度の高い攻略対象と結ばれる「魔王編」からなっている。
……その日常編のボス、いわゆる中ボスがネージュ公爵令嬢。つまり今の「私」だ。
ベットサイドに置かれたおそらく、洗顔用――もしくは、水差しも見当たらないので飲み水かもしれない――の水盆に映る顔を改めて見る。
(当たり前だけど、クマがない。肌キレー!)
豊かな白銀の髪に長いまつ毛で縁取られたつり目がちな灰色の瞳。血の気がないほどに白く透き通った肌。恐ろしいほど無表情なのもあいまって、正に氷のような美少女がそこに映っていた。
なにぶん、この顔とも長い付き合いのせいか美しいという印象より表情がなくて怖い……。なんか夜中に動き出して笑い出すタイプの呪いの西洋人形みたいと思わないでもないが。
それはさておき、本来のネージュはその冷えた容貌とは裏腹に攻略対象の一人、カイルを激しく愛しており、恐ろしいほどの熱情を秘めた人物でヒロインを陥れようとことあるごとに画策する。
常日頃の嫌味、直接的な暴力。嫌がらせ。暴漢を差し向けたり、命を狙ったり……、エトセトラ、エトセトラ。カイルと親しくしているという理由だけで他の攻略対象との親密度が高かろうと全ルート共通でヒロインを排除しようとすることからもその執着ぶりがわかるだろう。
そんな彼女の最期はどれも悲惨だ。カイルルート、もしくは逆ハーレムルートの際は断罪中に追い詰められた勢いでヒロインをナイフで刺そうとし、カイルに斬り殺される。そのほかのルートの場合は、婚約破棄の末、貴族の地位をはく奪されて地下牢で失意の中、服毒自殺する。どちらにせよ、待っているものは死のみである。
だが、ここに存在している「私」は殿下やヒロインを刺す気もなければ薬をあおる気もないし、執拗にいじめるどころか聖女と面識すらなかった。
それに原作と違っていることは他にもある。悪役令嬢ネージュの取り巻きであり、攻略対象の婚約者でもあるモネとフラム。幼馴染のあの二人も
本来ならあんな場でネージュを庇うようなキャラじゃなかったはずだ。
モネは魔法使いクロードの婚約者で、フラムは王子の護衛騎士ゼルの婚約者であり、それぞれのルート選択時の敵対キャラではあるがネージュとは所詮家同士のつながりで仲良くしているだけで断罪中に割って入って助けようとするルートなどない。
そう考えると、原作と随分違った状況だったはずだけれど結局地下牢行きか。
「……ははっ、詰んだぁ」
もうデッドエンド確定状態に泣きたい気持ちなのに一向に涙はあふれてこなくて、代わりにひきつったような乾いた笑いが漏れる。人間、本当にどうしようもなくなると笑ってしまうというのは本当らしい。
ふと、脳裏にパーティーの断罪劇がよみがえる。自分の正しさを微塵も疑っていないカイルの私を軽蔑しきった顔。それに追従する攻略対象どもに、ヒロインのゆがんだ笑顔。
カイルの野郎! なーにが品行方正な優等生王子様キャラだ。 どうせ処刑なら、あのお上品な面にグーパンいれとけばよかったぁ! せめて、クロードに頭突きしとけばよかった。ゼルには無理でも距離的に絶対できたのに!!
冷え切った胸の奥に、ぐらぐらと今更ながら怒りの熱が灯る。前世の記憶が混ざったせいだろうか、もう令嬢としての淑やかさが風前の灯である。
よくよく考えたら、断罪中に斬られて死ぬ運命は回避できたし、いくらカイルが王子とはいえ裁判なしに王の外戚でもある公爵令嬢を処刑することなんてできっこない。
裁判が開かれたら、カイルは動かぬ証拠とでも言いたげに真面目くさった顔で読み上げていたあのでたらめだらけの手帳を提出する気なんだろうか。
もしかして、私が連行されたとき兵士ではなく、攻略対象たちに捕縛されたのも彼らの正当性が法的にまだ認められていないからなんじゃ?
いや、でも、あの偽の記録に合わせて、証人をでっちあげることだってできるし、そもそも国王陛下があの馬鹿をかばい立てて私を切り捨てたらおしまいだ。せめて、家族に助けを求められれば――。
そんなとりとめもないことを考えていると、ひたひたと誰かの足音が聞こえてきた。
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