【KACぬいぐるみ】ポンコツ魔法使いとかっこいいオレ
葦空 翼
ポンコツ魔法使いとかっこいいオレ
「お願いします!! どーかこの通り!!!!」
「…………これはなんの真似だい、ご主人サマ」
「恋愛弱者の僕に救いの手を!!!!!!」
呆れた。オレの眼の前で大の大人が床に這いつくばっている。もっと端的に言うなら、哀願のドメジャーな仕草──土下座をしている。どうしてこうなった?
説明しよう。オレは何を隠そうぬいぐるみである。ただ可愛い部類の見た目ではない。「なんとかウサギとわかる形」に作られたギリギリのフォルムに、ボタンの目とギザギザステッチの口がつけられている。そうだな、優しい奴が見たら「笑っている」ように見えたろうが……一般的な感想は「怖い」なんじゃなかろうか。それくらいは自分のことを心得ている。
そして、目の前のこの男だ。
さて、この男は何者なのか。オレというぬいぐるみのご主人……もっと言えばオレというぬいぐるみを「動かしている張本人」。
職業魔法使いだ。
「なんでだよ?! なんのためにお前を作ったと思ってる! 知識の集合体! 叡智の結晶!! 5年分のデータベースを活用するのは今しかないだろう!?」
「待てコノヤロー、まだ肝心な説明が全部終わってねぇんだよ、口挟んでくんな!」
「なんの話だ?!」
「つか、なんなんだよお前の最初の質問!!!」
『みんなのアイドル花屋のマリアちゃんを射止めるにはどうしたらいいですか?』
「知るかクソボケぇ、ぬいぐるみに聞くとかいうトチ狂ったことしてる暇あんなら、デートの誘いでもバシッとキメてこいやぁ!!」
「それが出来たらお前に聞いてないんだよバーーーーカ!!!!」
ぜえはあ。滅多にない大声を出して、ご主人もとい魔法使いアーサーが息をきらせる。布と綿の集合体であるオレはノーダメージだったが、アーサーはゲホゴホひとしきりむせこんだ後、オエッとえずいて止まった。
「いいか、僕は15で家を出てから今までずっと、魔法による人工生命体の研究をしてきた。その一環で作ったのがお前、ベディだ。
魔法はイチから魂を作り上げられるのか? それはどれだけの知能を得るのか? そしてそれは、どれだけ制御出来るものなのか。その活動理念に従い、お前にはひたすら本や世間の情報を叩き込んできた。
ならば! 恋の解決法の1つや2つ、知っててくれたって良いじゃないか?!」
「は〜〜?バッカじゃねーの、情報源が本と根暗で奥手なオタクなのに、オレが大逆転するようなヤベー方法思いつくわけないだろ」
「なんでだよ! 僕の5年はそんなものなのか!!」
「そんなもんだろ? だから今こんななんだ」
くり、と首を動かし周りを見る。貧乏人がすし詰めになって暮らすアパルトメント。一応1人一部屋あたっているとはいえ、あらゆる設備が他人と共同なので、ルームシェアと呼んだ方が近い。
狭い部屋に散らかる紙、紙、埃、本。魔術に使う道具や材料が整頓されることなく机や床に積み上げられ、今にも崩れそうだ。その中になんとか置かれたベッド、……終了。こいつの家財道具はこれでシマイ。オレが泥棒だったらこの部屋はひと目でスルーする。
「はぁ、これでよく女を口説きたいとか言ったな。とりあえず掃除から始めたらどうだ?」
「ダメだダメだ! こないだあの子が肉屋のロットからデートに誘われてるのを見たっ、その前は成金息子のモルドレ、その前は……とにかく色んな男から声かけられてる、これ以上もたもたしてられない!」
「で? マリアはそれになんて言ってたの?」
「マリアは優しいから断れないんだよ、全部にハイって言ってた。それにあいつらみんなマリア目当てで花屋に通ってるから、大事なお客様でもある。お得意様の誘いを断れるわけないだろ……!」
「はぁ、とんだ尻軽じゃねぇか……」
「マリアの悪口を言うな!!!!」
そこまで言うと、アーサーはまた咳き込んで口を噤んだ。ホントこいつ体力ねぇな。
「頼むよ、このままじゃ可愛いマリアが他の奴の物になってしまう……なんとかいい方法はないか……?!」
両腕で抱えるサイズのぬいぐるみの前でがっくりうなだれるご主人サマ。その姿はあまりにも小さく、みすぼらしく見えた。
こいつが随分前からマリアの花屋に通い詰めてるのは知ってる。そもそものきっかけは花が魔術の材料になるからだが……大量に買って薬やアイテム、杖を作っては大して売りさばけず、廃棄している。その度「僕はマリアの笑顔が見たいだけだから」なんて強がっていた。
……そんなのダメだ。こいつももうハタチ。世間の男たちはとっくに結婚して所帯を持っている。これ以上うだつが上がらず、女もいないとなったら人生あんまりだ。
「…………。まぁ、方法。普通にあるんだけどな」
「本当か?!」
簡単なこと。こいつになくてオレにあるのは勇気と度胸。仮にもオレという動くぬいぐるみの生みの親なんだ、脱ぐ肌はねーがなんとかしてやるしかないだろ。
「いいか、お前には唯一使える属性魔法があるだろ。それを上手く使ってヒーローになるんだよ」
「ひー……ろー……?」
作戦はこう。
アーサーは人工生命体に関する研究とは全く関係なく、「拡大」の魔法を使うことが出来る。縮小は出来ない。大きくした物に対して「魔法を解除する」って形で縮めるのがせいぜいだな。
「で、お前はオレをぽんと大きくして花屋の前に放り出す。そしたらオレがマリアにウザ絡みする。そこにお前が通りがかったフリをして、オレを小さくしてマリアを救い出す。
『大丈夫ですか? マリア。悪者は僕が成敗しました。結婚しましょう』
これよこれ」
「最後! 最後雑すぎる!!」
人が行き交う、麗らかな午後。外に出たオレたちは、一路マリアの店に向かっている。
石畳で舗装された王都の隣町。ここは貴族が多数馬車で行き交うので、国が熱心に道を舗装している。お陰様で、ごみごみして空気の悪い都会ど真ん中じゃなくとも、そこそこ快適な住環境を享受出来ている。
道の両隣には農具、靴、服、樽、その他専門店がずらり。ここを歩いているのはそれら店に行こうという買い物客だ。そして、オレのご主人アーサーもその1人。
「あんま大声出すと不審がられるぞ」
「誰のせいだよ誰の?! ガバガバシナリオぶん投げといて言うことか!」
「まっ、とにかく最後はなんでもいーから。いい感じに話すきっかけ作ってやるから、あとは上手くやっといてくれ」
「そこからが重要だと思うんだけどな??」
オレは今、手のひらサイズのぬいぐるみのフリをしている。元々はこの大きさだった。しかしアーサーが話しやすいよう、普段はある程度「拡大」している。そして今日、さらに人間サイズに拡大してマリアを驚かそうって寸法さ。
「ほら、店が見えてきたぞ。拡大! 拡大!!」
「変な煽り方はやめてくれ……まったく、すー、はー……」
「おらヒヨんな! とっととやれ!!」
「はい!」
拡大!
事前に準備していた通り、長々呪文を唱えることなく瞬時にオレを拡大する。石畳の道、麗らかな春の午後。アーサーの腕の中からぶん投げられたオレは、すたんっ! と店先にいたマリアの目の前に着地した。店員は一人、つまり店主だけの店と聞いている。紹介されずともこの女がマリアだ。
「ようネェちゃん! この店の花、そこの鉢植え。銅貨1枚でくれねーかな」
オレが声をかけると、マリアが顔を上げて目をまんまるにする。みんなのアイドル、可愛い花屋。そんな彼女は、アーサーの言う通り素晴らしい別嬪さんだった。
年の頃は花盛り、10代半ばくらいだろうか。よく手入れされた金髪を清楚にまとめ、働き者らしくエプロンを腰から下げたワンピース姿。服のランクはただの町娘の域を出ないが、なんたって優しげで大きな瞳がいい。鼻筋はすらっとして主張しすぎず、唇なんてほんのりピンクで艶々。完璧かよ!
思わずオレが口説きたくなったが、ここはアーサーの手前引き下がってやろう。人間の大人サイズまで膨れたオレは、店先のカウンターに肘を投げ出してマリアの言葉を待った。さて、やたらでけーぬいぐるみが話しかけてきたら、迷惑な注文をしたら、あんたはどうする?
「は、はい? えと、イチゴの花ですね。これから丁度花が咲く頃で、うまくすれば実も食べられますよ」
「うん、それ。銅貨1枚」
「すみません、これ、銅貨3枚なんです……」
「はぁ?」
困惑しつつもこちらを客として相手し始めたマリアの目の前に、ダン! と拳を振り下ろす。
「あ〜〜? これイチゴだろ? なんならその辺にでも生えてるだろ? なんでそれが銅貨3枚もするわけ? 意味わかんねぇ」
「いえ、でもこれは野生の物とは違う品種ですし、お花が咲くよう大事に肥料をあげて育てたものなので……」
「は? イチゴはイチゴじゃん。お前雑草に手間暇かけてぼったくるのが仕事なの? いいから銅貨1枚で売れって……」
ばすこんっっっ!
変な音がした。視界が勝手に移動していく。あれオレ、
アーサーに蹴っ飛ばされた?
「すみません!! 僕の実験体が大変粗相しまして!」
「おいおい、話が違うじゃねーかよ!!」
ずしゃん。ここでようやく地面に落ちた。つまりオレは恐らくアーサーに蹴られて飛び上がり、一瞬宙を舞っていたわけだ。見上げれば、驚きすぎて言葉を失ったマリアがおろおろオレとアーサーを見比べている。
「お前! 言っていいことと悪いことがあるだろ?!」
「なんでだよ?! ていうかホラその、……魔法でボン! ってすりゃ解決する問題だったろうが!」
「謝れ! この店の花たちを二度と雑草と呼ぶな!!」
「……!」
真剣な目。長い前髪から覗く灰色の目が、怒りの色を湛えてオレを見ている。ああ、そういうことか……。
「……本当にすみません。あの、これ、僕が魔法の研究で作ったぬいぐるみなんです。人工の魂がどれだけ賢くなれるかって内容で、色んな言葉を教えていたんですけど……貴女の大切な商品をあんなに酷い言葉で呼ぶなんて。
マリアさん、いつも大切そうに世話してるのに、きっとお花が大好きなはずなのに……すみません、すみません……」
アーサーは突然現れたと思ったら、オレを景気よくかっ飛ばした後深々と頭を下げた。思わずつられてオレも立ち上がり、頭を下げる。マリアはようやく目を瞬かせて唇を動かした。
「貴方。いつも花をたくさん買って下さるから普段何をしてるのかと思ったら、魔法使いだったんですね」
「はは……資格を何も得てない、自称魔法使い、ですけどね……」
「いいえ! それでもこうして実際に動くぬいぐるみを作れてるんですから、すごいことです!」
見れば、マリアは頬を染めて本当に感動したように手を合わせていた。……おや? これはいい雰囲気なのでは??
「なぁマリア! こいつの職業に感動したところで、今度デートしないか?!」
「はぁ?!!!???!」
アーサーの手が飛んできて、慌ててオレの口をふさごうとする。しかしオレは口から喋ってるわけじゃないから無意味だ。もごもご格闘しつつ、明瞭な音声を届け続ける。
「こいつ、アーサーって名前なんだけど二十歳にもなってガールフレンドの一人もいなくてよぉ。可哀想だろ? 良かったら同情でいいから、こいつとちょっと遊んでやってくれよ」
「やめろ!!!! マリアの前でカッコ悪い情報を開示するな!!!!」
魔法解除。
ついにオレは拡大の魔法を解かれ、アーサーの手の中に収まった。布と綿が握り潰され、思わずぷぎゅ。と呻き声が出る。
「本当にすみません、あっ、ていうか呼び捨てして、本当に、ゴメンナサイ……あのその、こいつの言うことは気にしないで…………!」
必死に何かを言い訳するアーサーの眼の前で、マリアは。しばらくぽかんとした後、ゆっくりと笑みの表情を浮かべた。
「…………いいですよ。今度、デートしましょう」
「えっ?!」
「じゃあいつにします? 行くなら
「えええええええええ!!!!!!」
まさかのまさか、見事に大逆転が決まった。アーサーは耳まで真っ赤になって飛び上がる。
「じゃ、じゃあっ、今週末! 日曜日なら店閉めてますよね!」
「神が労働するなとおっしゃってますからね」
「じゃあっ、日曜の朝、ここに迎えに来ます!」
「はい、では今週の日曜の朝。お待ちしていますね」
満面の笑みを浮かべるアーサー、微笑むマリア。よっしゃあ!! オレはご主人に潰されながら思わず拳を握りしめた。
当日。アーサーときたらそわそわしながら支度したくせに、髪は切りもせずぼさぼさのままだし、服もこれまたいつのオシャレ着だよ、とツッコミたくなるような一張羅。正直言ってダサい。しかしさすがにローブは羽織らず、なんとかこいつなりにデートの格好っぽく整えた。
天気よし、快晴。ぽかぽかで良い気候。
行き先まぁ良し。初回だし、植物好きなマリアに合わせて、近所の公園へ散歩に行くことにした。まっ、イケてる遊び場をポンコツアーサーが知るわけもないし、変にかっこつけて外すよりは良いチョイス、良いデートコースだと思う。
ただ問題は。そう、絶対やると思った。会話のヤバさである。
「──魔法使いってなり方が2種類あって、一つは国家主導の冒険者試験を受けて合格すること。もう一つは魔法協会主導の試験を受けて合格すること。けど、僕は別に外でトラブルシューティングしたいわけじゃないし、かといって独り立ちした当時は魔法協会が認めてくれるほどの功績を出せる気がしなかったので、とにかくベディを完成させることに注力してきたんですよね」
「へぇ、そうなんですね」
「僕はベディを完成させた暁には魔法協会経由で魔導師になり、王宮に仕えて、高度に自律戦闘出来るゴーレム部隊を作って代理戦争をしてもらうのが夢なんです。一旦システムさえ完成させたら、量産するのもきっと夢じゃない。いつか戦死する兵士のいない世界が来ると思ってます」
「わぁ、そうなったら素敵ですね」
これである。おい、さっきからマリアが相槌しか打ってないことに気づいてるか? その話、一般人興味あるか? うんうんって聞いてくれてるのはマリアが優しいからで、お前も「お得意様だから無碍に扱えない客」の一人だからなんだぞ? そこんとこわかってるかこのポンコツは??
オレは一応気を使ってアーサーの上着の内ポケットの中にいるが、そろそろ我慢ならなくなってきた。もごもご、どんどんとアーサーを叩いているのに、こいつは全く意に介さない。あーーッ、これだからオタクは! 自分の興味ある分野について話しだしたら全然止まらない!!
「あっ、アーサーさん見てください。池ですよ。舟があります。乗りますか?」
ついにつまらない会話に耐えかねたのか、それとも本当に目に止まっただけなのか。マリアがふいに弾んだ声を上げた。上着の裾からちらりと覗き見れば、春の陽光に揺れる木々の合間。きらきらと
「いいですね、じゃあ乗りましょうか」
ずっとぺらぺら魔法使いについて話し続けていたアーサーは、乗ったが最後、狭い場所である程度距離を詰めなければならないことにも気づかず、呑気な返事を返した。よーーし、こうなったらあとはもうひと押し。オレがこっそり小さなトラブルを演出して、アーサーがそれを解決すればいい雰囲気になるはず。
今度はしくじらない。オレがやったとバレないように事を進めなくては。
「気をつけて下さい、レディ。揺れますから」
「あっはい……」
ふと見れば、なんとアーサーが立派にマリアの手を引き、小舟にエスコートしてるではないか。こいつ、デートに誘う勇気もないと吠えてたのに、ちゃんと女に触れるのか! やるぅ!!
一方マリアはと言えば、おおっ満更でもないぞ。こんなに自然にアーサーに手を取られるなんて全く思ってなかったようで、ちょっと意識してるのが見て取れる。くぅ〜〜〜〜、青春! 青い春だねぇ!! 全く、ポケットの中だが小躍りしそうだぜ!!
「あ、その、アヴァロン王国に生まれた男は女性に優しい紳士になりなさいって、母が言ってたので、すみません、つい……!」
「いいえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
アーサー! いらん情報は言わなくていーんだよ!! 黙ってちゃんとエスコートしろ!! オレがどん! とポンコツの胸を叩いたこと、アーサーは気づいてるだろうか?
やがてマリアはおずおずスカートの裾を摘み、小舟に乗り込んだ。いつも纏めている金髪をお嬢さんらしく下ろし、シックなネイビーのワンピースドレスを着た彼女は、眩しいほど美しかった。はてさてアーサーは彼女を射止められるのか? それはこの初回のデート次第だ。気張れよ!!
アーサーが座り、続いてマリアが座り、ギ、と
「えっと、すみません……これ、
どうやって漕ぐんですか?」
「えっ?」
「すみません、僕、実は舟を漕いだことが……なくて…………」
ダサい!!!
項垂れるアーサーがあまりにかっこ悪くて衝撃的で固まっていると、あはは! とマリアが笑った。
「じゃあ私が漕ぎますね。こう見えてこういうの、けっこう得意なんですよ」
マリアは手慣れた様子で
「…………私、元々農家の娘で。けど田舎で誰かのお嫁さんになるのは嫌で、家を飛び出して花屋を始めました」
お、マリアが自分の話を始めた。これは必聴だぞアーサー。思わず奴の上着を握りしめる。
「小娘がたった1人で都会で、花屋をやるのは不安でした。でもアーサーさんを含め、お花をたくさん買ってくれるお客さんが少しずつ増えて、商売で食べていけるようになって、嬉しかったです」
「そうなんですか……」
白い尾を引いて舟が進んでいく。そんなに大きい池ではないので、もうしばらくすれば向こう岸につく。
「そのうち、色んな男の人が妻にならないかと声をかけて下さいました。けど……」
そこで舟が止まった。
「みんな言うんです。
『花屋、どうせ儲かってないんでしょ? もうやめなよ。君は花なんか触らなくていい。僕がもっといい生活をさせてあげる』。
…………花屋の商品を、花屋である私を、好意的に認めてくれたのは貴方が初めてでした」
謝れ! この店の花たちを二度と雑草と呼ぶな!!
マリアさん、いつも大切そうに世話してるのに、きっとお花が大好きなはずなのに。
そうだ、あの時確かにアーサーはそう言った。
はい完全脈アリむしろブッチギリ!!!! 決まった!!!!
マリアの言葉から今後の進展が大いに見て取れてめちゃくちゃ嬉しくなったオレは、勢い余って思わずポケットから飛び出してしまった。
すぽーん! と宙に躍り出たオレ、それに驚いて咄嗟に立ち上がるマリア。この瞬間はいっそ、スローモーションのごとくアーサーの目に映ったに違いない。
「ッ、キャアアアアア!!」
「マリア!!」
咄嗟にアーサーが手を伸ばすも、全く間に合わない。ぐらりと傾いだマリアは哀れにも体勢を崩し、頭から池に着水した。
ジャボン!!
「…………ッ!!」
顔面蒼白になったアーサー、しかし怯まず瞬時に懐の短杖を掴み出す。バッとそれをオレ──舟底にいたぬいぐるみに向けると、いつもの腑抜けた声とは別人のような強い声を張り上げた。
「この世におわす
これが“拡大”魔法のフル詠唱。杖にすぅうと光が集まり、詠唱が終わった途端オレの身体がぐんぐん大きくなる。さっきしれっとだが、アーサーの全魔力がオレに注がれた。その大きさが一抱えとか人間サイズで収まる訳がない。舟を沈めないよう、急いでマリアの落ちた方へ跳ぶ。
どぼん!!
ほどなく脚に何かあたる感触があった。慌てて手を突っ込むと、良かった。マリアだ。もはや立場が入れ代わり、マリアが人形のようなサイズになってしまったが、水中から抱き上げなんとか救い出すことが出来た。
「ベディ! マリア!」
「そらよ
不安そうに見上げるアーサーが座り込む小舟へ、そっとマリアを下ろしてやる。マリアはほどなく意識を取り戻し、ごほごほと盛大にむせた。
「…………マリアっ、さんっ、すみません……すみません……大丈夫ですか?!」
「アーサー、さん……?」
うっすら瞳を開き、アーサーを見上げるマリア。無事ポンコツからヒーローになれたアーサーは、びちょびちょのマリアを怯むことなく抱きしめた。
「すみません! すみません……! うちのベディが、馬鹿なことばっかりして、
僕は叶うなら国より世界よりずっと、貴女を守る魔法使いになりたいのに……!」
そこで恐る恐る身体を離す二人。互いの手が届く距離で見つめ合う。
貴女を守る魔法使いになりたい。
他の男に声をかけられ、困りながら頷く貴女を見たくない。
「…………もし良ければこの願い、叶えてもらえませんか。ポンコツとポンコツのコンビですけど、貴女の憂いを一つでも多く払えるように、どうか。お側に置いて下さい」
「……………………それって、」
「付き合ってください、マリアさん。こんな、駄目な魔法使いで良ければ」
うおお言った!!!!
「……………………はいっ」
答えた!! ゴール!! ゴオオオオオオル!!!!
遠目だがはっきり見えた。乱れた前髪の隙間からきちんとマリアを見つめて告白したアーサーと、はにかみながら微笑んだマリアと。
ヤバい! ヤバい!! オレってば名アシストじゃねーの?!
「…………あれっ?」
そこでぱしゅん。と小さな音が聞こえた。途端にみるみる視界が下がっていく。もしかして……
「ベディ!」
「ベディ、くん!」
アーサーの魔法が切れた。そうか、全力最大で魔法をかけることなんてそうなかったもんな。この程度の時間しか保たないのか。
…………まいっか、オレぬいぐるみだから、死ぬとかないし。いつオレの命の魔法が切れるか知らないけど、二人のハッピーエンドが見られたなら……それで。
ずっと池の底に沈んでいても。
「ベディ! 馬鹿かお前、ぬいぐるみなんだから沈むわけないだろ?!」
はっ。気づくとオレは、アーサーとマリアの二人に覗き込まれていた。
「あれ、オレ…………」
「ベディくんが突然ちっちゃくなってびっくりしたけど、池にぷかぷか浮かんでたからすぐ小舟を漕いで拾い上げたのよ。大丈夫?」
「な〜〜にが『二人のハッピーエンドが見られたなら池の底に沈んでいてもいい』だ、ぬいぐるみが馬鹿なこと言うなよ」
「くっ…………、オレの唯一の見せ場が……!」
あはははは! アーサーとマリアがからから笑う。穏やかな春の昼時。大体がずぶ濡れだが、何はともあれ。この物語はハッピーエンドだ。
ポンコツ魔法使いが一つの夢を叶えたお話として。
【KACぬいぐるみ】ポンコツ魔法使いとかっこいいオレ 葦空 翼 @isora1021
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