竜殺しのぬいぐるみ
永庵呂季
竜殺しのぬいぐるみ
とある世界の、とある国。
とある町の、とある道具屋。
「おい店主……いくらなんでも、そいつは信じられないぜ」
「おやおや。七大陸を股にかけ、幾多の
「そりゃまあ、これまでにも色々と奇っ怪な道具や武具は目にしてきたさ」と勇者は言った。「たとえば『邪神の縫い針』だ。こいつは普通の縫い針とほとんど変わらない見た目と大きさだったが、これ一本を足の小指に突き刺すだけで、
勇者はそう言って、改めてカウンターに置かれているモノを、嫌そうに眺める。
「だが、こいつはナンセンスだぜ」
カウンターにあるモノ。
それは、可愛らしいドラゴンの赤ちゃんを模して縫い上げられた、ぬいぐるみであった。
「こいつが竜を殺せる最強の道具だって?」
「だから、さっきから何度もそう言ってるでしょう」と道具屋の店主がため息交じりに言う。
勇者は、
「しかも、なんだってこんな代物が五万ゴールドもするんだ? ちょっとした魔法の力を備えた武具がワンセット揃えられる値段だぞ?」
「おや、ご存知ない?」と店主が驚く。「勇者様、もしかしてあまり女性にモテたことがありませんね?」
「――は、はぁ? な、なに言ってんの? 俺、勇者だよ? お、女なんてアレだよ、マジ、ちょーモテるって。だって、こないだもさ、隣の王国で、あれだよ、お姫様助けたんだよ? んで、そんで……あれ? 感謝はされて……あれ? それだけだな……」
言ってて悲しくなってくる。
どういうわけか、勇者は女にモテなかった。顔が悪いわけではない。性格だって勇者なんだから良いに決まっている。
それに、もちろん強い。伝説の鎧やら、光の剣やら、装備品だってハイブランドできっちりコーディネイトしている。
だが、なぜかモテなかった。
「いやいや、別に見栄を張る必要はありませんよ」と店主が慌てて言う。「私も失言でした。そりゃ魔王を倒すんですから、女なんかにうつつを抜かしている暇もありませんやねえ」
「え? あ、うん。ま、まあね」と勇者は咳払いする。「確かに、ちょっと最近忙しいっていうか? 魔王軍の進行が早いっていうか? これから退治する竜だって、魔王の城へ向かう谷に巣食っているから退治しにいくわけだしね。あまりプライベートで女性と話す時間はないかなあ……うん。ないな。確かに、俺、勇者だし。こればっかりはしょうがないよねえ……うん、俺のせいじゃないからねえ、魔王が悪いからねえ、これ」
「いやね、何が言いたいかというと」店主はぬいぐるみを持ち上げる。「このドラゴン・パピーのぬいぐるみ――ドラパピちゃんてのが、いま大陸全土の女子と子供に大流行している品物なんでさあ」
「あー、そう? そうなんだ? いや、確かに俺、最近忙しくてそういうトレンドとかあまり知らないんだけど、へえ、そうなんだ。そういう風に言われると、たしかにアレだよね、センスある感じのぬいぐるみだよねえ」
「というわけで、竜殺しに最適ってわけですよ」
「いやいやいや」と勇者が言う。「なにが『というわけ』になるんだよ。まったく説明になってないだろ」
「おや、ご存知ない?」と店主はまた驚いた。「勇者様、もしかして竜の姿をご覧になったことがないのではないですか?」
「竜? いや、あるよ。たしか地下神殿の迷宮でファイヤー・ドラゴンに遭遇しているし、魔の山でサンダー・ドラゴンと対峙したこともある」
「いやいや、谷間に住んでいるドラゴンのことですよ」
「そりゃ、これから討伐に行くんだから、まだ見てないが……別にドラゴンなんて似たりよったりだろ? せいぜい吐く息が炎だったり毒霧だったりって違いくらいだろ?」
「ああ、やっぱり知らないのですね」と店主は困ったように首を振る。「あの谷間に巣食っている竜はですね、いわば化身なんですよ」
「化身? 竜の姿をしていない、ということか?」
「左様でございます」と店主は続ける。「実際は竜なんでしょうが、化身している姿は、なんでも絶世の美女らしいんですよ」
……美女……だと……?
「だからね、ほら、コイツの出番ですよ」
店主はぬいぐるみをぽんぽんと叩いてみせる。
「こいつは竜討伐に向かって、見事返り討ちにあった冒険者からの情報なんですがね……なんでもその美女に化けた竜が聞いてきたんだそうですよ。『ドラパピちゃんを持っておらぬのか?』ってね」
「ほ、ほほう……」
「で、まあ、確かにこれから竜と戦うってときに、そんなもん持ち歩く戦士はいませんよねえ? で、まさに逆鱗に触れたがごとく怒り狂った竜に返り討ちにあって、
「つまり……」と勇者が生唾を飲み込む。
「そうです」と店主の目が光る。「竜とはいえ、美女に化けた女です。ならば、いま巷で大流行のドラパピちゃんにご執心であるのは自明の理。つまり、誰よりも早くこのドラパピちゃんを持っていった人間こそ、谷間の竜を――いや、谷間の美女を口説き落とせる男となるわけですよ」
「美女を堕とせるのか……このぬいぐるみで……」
勇者の目つきが野獣のように輝き出す。
このさい、相手が人類だろうと竜種だろうと関係ない。
美女に国境はない。美女に種族の違いなどない。
――美女は美女なのだ。
「まあ、信じる、信じないは勝手ですけどね。別に勇者様じゃなくても引く手あまたの人気商品なんで。やっとのことで手に入れた、この国最後の一体なんでよかったら……と、最初にお伝えしたんですが、いらないのでしたら――」
「買うぞ店主。即金だ」
勇者は革袋に入っている全金貨をカウンターに勢いよく置く。
確か隣の王国でお姫様を助けたとき五万ゴールドの報奨金を貰っていたはずだ。袋の中には最低でも、それまでの路銀も合わせて六万ゴールドは入っていたはずだ。
買える。俺なら即金で買える。大人買いならぬ、勇者買いじゃあ!
「あ、すいません。いま帳簿確認したら、さきに予約している人がいたみたいで――」
「一〇万出そう。即金だ」
「いや……そりゃ一〇万ゴールドならお渡ししますけど……どうみても、この袋の中に一〇万ゴールドもあるように見えませんぜ」
「こいつを売ろう。あと、これもだ」
勇者はそういうと、伝説の勇者のみが手にすることのできる『伝説の鎧』を脱ぎ捨て、魔王の邪悪な波動を跳ね返すと言われている『光の剣』をカウンターに載せる。
「だ、大丈夫なんですかい? そいつ売っちまって……まさか魔王相手に『ひのきの棒』と『布の服』で行く気じゃないでしょうね?」
「いや、もう俺には必要ない」
……絶世の美女が彼女になるのであれば、もう魔王とか世界とかどうでもいい。俺は『●等分の花嫁』とか『●●お借りします』とか、そういうイチャラブ路線で生きていきたいんだ。
「どうだ、これで文句はないだろう? このパピコちゃんは貰っていくぞ」
「パピコちゃんじゃないですよ。それアイスですよ。谷間の竜に合う前に溶けちゃいますよ。ドラパピちゃんです」
「うむ。そのドラゲナイを貰い受ける。一刻も早く出発したいのだが」
「覚える気ないでしょアンタ。あんまりドラゲナイを馬鹿にすると信者に粘着されますよ?」
「いいから早くよこせえ!」
「あー、はいはい。毎度あり。谷間までのモンスターも充分強いですからお気をつけて」
「問題ない。雑魚相手には勇者魔法で充分だ」
勇者はそう言うと、颯爽と店を後にした。
「あー駄目だ。ありゃ女にモテないわけだ」と店主は頭を掻く。「……にしても、モテない男ってのはチョロいな。ちょっと煽ったら伝説の武器まで置いていったわ」
店主はそう言うと、勇者が置いていった金貨の袋と武具を奥に仕舞う。
それから、おもむろにカウンターの下かもう一体のドラパピちゃんを取り出すと、店のショーウィンドウに飾った。
『大陸全土で人気沸騰中のドラパピちゃん! 最後のひとつ!』
可愛い文字で書かれたポップの位置を直して、店主はカウンターの奥へ引っ込んだ。
竜殺しのぬいぐるみ 永庵呂季 @eian_roki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます