08職場での悩み事

 最近職場で悩んでいる事がある。

 一言でいうとスメハラである。

 要は職場に臭い人間がいるのである。


 ちなみに一連のエッセイに登場するアルバート君のことではない。

 彼は濃いマリオ顔のくせに、思いの外おしゃれである。

 何気に普段使っている香水がいい感じだ。

 「トイレ行く!」と言って、隣の部署の美人な外国人エンジニアの所でニヤニヤしているアルバート君の事だ。

 「その辺」のところはしっかり気にしている。


 仮にその人をB君とする。

 どういう臭いかというと、タバコ臭だけではないことだけは分かるが説明がちょっとあれだ。

 部下に言わせると、

『床にこぼした牛乳を拭いた雑巾を放置して腐らせたような匂い』

という人もいれば、

『あいつ自身が発酵している。』

という人もいる。要はクリーンルーム用の服や平素の作業着をまったく洗濯していないようなのだ。

 それに加えて、本人…お風呂にも入っていないようである。

 部下が曰く「中に着ているTシャツが毎日同じ」だそうである。


「B君は確か実家暮らしだから家から毎日来てるはずだよね。まさか家出してるとかじゃないよな。」

 部下に自分がそう問いかけると、

「いやあ、分かんないですよー。案外車の中で生活してるかもしれないかもですよ。」

「あいつの車の中見たことあるけど、食べ物のゴミでいっぱいなんですよ。」

「あいつ同居している親とうまくいってなくて嫌いだって言ってましたよ。」

と言いたい放題である。


B君の臭いに関しては実は少し前からアルバートくんが油を売りによく行っている隣の部署から、

「臭すぎて吐き気がする」

というクレームが連日自分の所に届いていた。ウチの職場はクリーンルームで完全空調。B君の臭いは空調の風に乗って、決して狭くはないクリーンルーム全体に広がり、隣の部署にも届いていたのだ。隣の部署も毎日B君の臭いに悶絶していたのである。


とある休憩時に部下が集まった時に、B君のことが話題になり、

「このB君のスメハラ問題どうしようか」

と自分が切り出すと、


「ファ◯リーズの原液あいつに飲ませろ。身体の内から消臭だ。」

「いや…、それ犯罪になっちゃうからダメじゃん…。」


「あれだ、北欧のニシンの缶詰よシュールストレミング。あれ開けて、その臭いでB君の臭いを上書きすればいい」

「いや…、クリーンルーム内の人みんな失神して倒れるからダメ」


「あれだ。Adoさんの『うっせぇわ』の替え歌で本人に知らせてやれ。」

「『はぁ?くっせぇくっせぇくっせえわ!』の部分が歌いたいだけだろうが!」


「仕方ない……。火炎放射器だ!汚物は消毒だぁぁぁ!『20XX年、クリーンルームはデブの体臭に包まれたァァ!』」

「それってただの悪口じゃん……。」


 うちの部下の連中は呑気にこんなことを言っている。大喜利をやっている場合じゃない。こりゃだめだめだ。腹を割って自分が言うしかないか……。

 その時部下の誰かが、

「あっ、今話題あのAIチャットで聞いてみれば?」

 なるほど。それはきっと的確なアドバイスをいただけるかもしれない。部下のT君流石だな! 

 少しだけ感心した自分はAIにこう聞いてみた。


『いま職場に体臭がひどいデブがいます。どうすればいいですかね?』


少ししてAIから返事が来た。


『それはお困りですね。職場のみんなを集めてこうお話すればいいでしょう。

「皆さん最近職場が生ゴミの匂いですごいです。」』


 言えないわ……。


 部下をみんな集めて「この中に生ゴミがいる」どうして言えようか……。

 部下に話す「生ゴミ」というパワーワード。恐ろしすぎる。

 AIチャットは人の心情に配慮する能力に欠けているようだ。


 結局同じ職場の人間が言うと、わがままなB君が故にきっと「角が立つだろう」ということで、自分が事務所の上層部に事情を話し、

 上層部からB君にそれとなく「風呂に入れ。洗濯しろ」と言ってもらうことにしたわけである。


 後日、上司が自分の所にやってきた。

「B君の件はすいませんでしたねー。内容が内容だけにお話しにくかったでしょ。どうでしたかB君は?」

すると上司の顔が曇った。

「いやあ。B君に『君の服が随分汚れているね。ここはクリーンルームだから。クリーンルームにふさわしいように服装にも気を使っていただいて……』」

と話しかけたら、B君は、

「これは、オレが一生懸命お仕事しているから汚れているだけなの!オレは他のやつより真面目に仕事しているからそうなっているだけなの!」

と逆ギレしたらしい。

「参っちゃいましたよー。B君には」

と苦笑いしていた。

「えーっ。それでB君には『洗濯しろ。風呂に入れ』って言いましたか?」

「それがB君がさっきの主張一点張りで話を聞いてくれないのよ。」

 あぁ。この強情者め。部下たちは一様にガッカリした。


 それでもB君はある日、作業服と無塵服が新品ピカピカになった。

 最終的には上司が作業服と無塵服の新品を調達して、だまってB君に渡したらしい。

 そのせいもあってか、不快な匂いが全部とは言わないが殆んど消えた。

「クルーンルームって本当はこんなに空気がキレイなんですね」

と喜ぶ部下たち。いやあ、クリーンルームは普段からキレイなんですけど…普段から…。

 隣の部署も「奇跡だ!」と喜び、自分の部署に「よかったらどうぞ」と大量のお菓子が振る舞われた。

 その日は一つのクリーンルームを共有する部署みんなが喜びに溢れた日でもあったのである。


 数日後、社員研修をやるということで上司がやってきた。

 内容は「ハラスメント」について。

パワハラ、モラハラ、セクハラといった他に今回はスメハラについてかなりの時間をかけて説明があった。スメハラについての説明の間部下の連中はB君のことを横目でチラチラ見ていたが、B君は眠そうな顔をしていた。こいつ絶対話を聞いてないだろうな。

 と思っていたら研修後、部下の一人が自分に恐ろしいことを言った。


「あいつの作業服やばいですよ。服が黒くなりはじめていますよ。」


 恐ろしい…。

 遅かれ早かれクリーンルームが再び悪夢の臭いに覆われるのも時間の問題か…。 


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