記憶の中に

※本城珠希視点。本編最終話のちょっと手前で、『夢のあと、誓う朝』と陸続きになっているお話。




 実家にいた頃の記憶に、なぜか環くんが出てくるようになったのはいつからだろう。


 出来が悪かった私はいつだって何をしても嘲笑われるか、強く叱責されるかのどちらかで。その上、両親やお師匠さんから罰として殴られたり蹴られたりなんて日常茶飯事だった。辛くても誰にも助けてもらえなくて、ずっとひとりで泣いていた。


 今でも度々夢に見たり、ふとした拍子に甦ってくる。こういうの、トラウマっていうんだっけ。私にとっては家族に虐げられるなんてあまりにも当たり前すぎて、傷になっていたことにすら気づいていなかったけど。


『そばにいるから』


 なのに、ある時から何度思い返しても隣に環くんがいる。小さかった私は『このお兄ちゃんは誰だろう』なんて呑気に思っていた……かも。この人のことを知っているのに、知らない、なんか変な感じ。


 いつも抱きしめて、涙を拭って、耳を塞いでくれた。手を繋いで、隣に座ってくれていた。ひとりぼっちなんかじゃなくて、ちゃんと守ってくれる人がいたってふうに、いつのまにか記憶が変わってしまっている。


 実家から勘当されてからもずっと膿んでいたらしい傷が少し乾いたのか、悪夢を見ることもかなり減っていた。


 あの場に環くんがいたら助けてくれたかもしれない、なんて思ったからだろうけど。えへへ、妄想もここまでくるともう末期だよね。気持ち悪いかも。


 でもここで、ふっとあることを思いついた。たとえば環くんが本当に何か魔術を使って記憶を覗いた、とか、私が開いたを逆行して、とか。時々忘れてしまうけど、彼はこの世界でたった一人の特別な人だから、考えられなくもない話。


 ううん。そんなわけはないし、私の思い込みじゃなきゃ困る。環くんだけには知られたくない。身も心もボロボロにされて、泣いてばかりだったなんて知られたら、きっと幻滅されてしまうだろう。


 今の、心の底から笑えている私だけを見てほしい。だからどうかお願い、これからも覗かないで。

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