【短編】あっちゃんは時々動く。

大河原雅一

ぬいぐるみのお話。

生きている期間が長いほど、その長さに比例して少し不思議な現象に出くわす機会も増えるもので、少し不思議だけどオカルト未満の出来事は人に語るくらいのストックが貯まっている。


今回はとある「ぬいぐるみ」の話をしよう。

おっさんの人生で唯一所有したぬいぐるみの話である。


その人形の名は「あっちゃん」。

名前のイメージ通り少女の姿形をしている。


ハンチング帽をかぶり、太めの毛糸でできた茶色の髪の毛。

黄土色のオーバーオールにチェック柄の長袖。そして茶色のブーツ。

そばかすだってちゃんと表現されている、いかにも田舎風娘の出立ち。

3頭身くらいで体育座りをしている約20cm程度のぬいぐるみだ。


オルゴールが内蔵されており、背中のネジを巻くと首をななめにぐるりと回転させながら音楽を奏でるのが特徴である。

(もしかすると【首振りオルゴール人形】というジャンルかもしれない)



この人形と出会ったのは8歳の時。

どこかの村だか集会所で大量に発売されたものを1つ購入したのである。


何度か音を鳴らしてみたもののすぐに飽きてしまい、サイドボードのお飾りとなってしまったのだった。

(時代はファミリーコンピューター!)

__


実家で眠っていたあっちゃんを20年ぶりに取り出したのは、娘が幼稚園に上がる報告に帰省した時だった。

手持ち無沙汰な娘の慰みにサイドボードに飾られているあっちゃんを渡したのだ。


娘は新しい人形が手に入り、あっちゃんは遊び相手ができて少し嬉しそうだった。

自分が遊んでやれなかった分、可愛がってもらいなさい!

当然の流れであっちゃんはお持ち帰り一直線。



妻が奇妙なことを言い出したのはそれからだ。


曰く

「何もしていないのに人形から音が鳴る」

「気がつくと音がしていないのに首だけ動いている」

「娘も見た!」


話だけ聞くと完全にホラーである。

妻は気味悪がって娘にいろいろ吹聴しているが、当の娘はキョトンとしていて何も気にした様子がない。

(おっさんの血を引いているのだから当然だ)


何度もヒステリックな話を聞くうちに思い出したことがある。

あっちゃんを購入した日、母親が不思議なことを言っていたのだ。


「人形の説明をしている時、横に積まれて並んでいる人形の首が動いた・・・気味が悪い。」


ああ、思い出した。

普段は人形なんぞ目もくれないクソガキがなんでいきなりぬいぐるみを買ってもらったか?

「だったら買おう! 絶対買おう!」

母親に猛プッシュして買ってもらったんだった。



「俺もそれ見たいんだが・・・めっちゃ見たい!」


いきなりやる気を出した夫に戸惑う妻と娘・・・そしてあっちゃん。


その現象が起こったタイミングを見計らって再現性を検証しよう。

パーツの経年変化なのか、それとも魂が宿っているのか?

できれば後者に期待したい。心通わせる友は人の形とは限らないのだから!


ワクワクした気持ちを抑えられないまま、あっちゃんに語りかける。

「ずっとうちの家族の営みを見てきて幸せだったかい?」


__ピーン


これはオルゴールの鍵盤を弾く音。

1時間以上誰も触っていないのにこのタイミングで鳴るのだよ・・・本物だ!

ギャーギャー喚き散らす妻は放っておこう。


少しゆっくりした口調で娘に語る。

「人を模(かたど)ったものにはいろんなものが入り込むんだ。それが悪いものであっても、怖がらなくていい。長い時間をかけてゆっくりと飼い慣らして染めていけばいいんだ。


あっちゃんはおばあちゃんの家から引っ越してきたばかりだから、パパしか頼れる人がいなくて不安なんだよ。だからお前がお友達になってあげなさい」


たぶん娘にはこれまでいろんなものが見えていたのだろう。

母親に言っても理解してもらえるわけがないもの。


久しぶりに頭を撫でると俯き加減で笑っていた。



__

この話に後日譚は無い。

離婚して家族が散り散りになってしまったから。


遠い昔の少し不思議なお話。

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