第2幕 ぼくとけだまとまほうつかい


 昔々というほども遠くなく、昨日というほどにも近くないころ。

 あるところに、小さな男の子がいました。


 小さな男の子はいつも元気いっぱいで、毎日泥だらけになるまで外で遊んでいました。

 ある日のことです。

 小さな男の子がいつものように歩いていると、そばの草むらがガサガサッと揺れました。

 小さな男の子が思わず立ち止まってそちらを見ると、白い何かが勢いよく飛び出してきました。


 「うわぁ!」


 小さな男の子は驚いて、後ろにひっくり返ってしまいました。


 「あー、びっくりした!」


 小さな男の子は体を起こすと、白い何かを両手で掴みました。

 すごくフワフワしていて、ひだまりの布団のような気持ちよさでした。


 「なんだろう……けだま?」

 毛玉のような何かは、小さな男の子の手の中でモゾモゾと動いていました。

 どうやらこの白い何かは、生き物のようです。

 よくよく目を凝らしてみれば、花の種のようなつぶらな瞳が小さな男の子を見つめていました。


 「ねえ、きみはどこからきたの?」

 「モッ、モッ!」

 「わあ、おもしろいなきごえだね!」

 「モッ! モッ!」


 毛玉は暴れて鳴き声を上げましたが、小さな男の子には何を言っているのかよく分かりませんでした。


 「すごいなぁ。ぼく、きみみたいないきもの、はじめてみたよ!」


 小さな男の子はキラキラした目で毛玉を見つめました。

 すると毛玉はさらに大暴れして、小さな男の子の手から抜け出すと勢いよく走り去ってしまいました。


 「あっ、まってよー!」

 小さな男の子は急いで追いかけましたが、すぐに見失ってしまいました。


 「あれー? どこいっちゃったんだろー?」

 探しても見当たらないので、小さな男の子はガックリと肩を落としました。

 するとその時です。

 木の上から毛玉が落ちてきました。


 「わあ!」


 小さな男の子は両手を広げて、毛玉を何とかキャッチしました。


 「きのうえにいたの? あぶないなー」

 「モッッ!」


 毛玉はひときわ大きく鳴くと、小さな男の子の腕の中から飛び出しました。

 そして何度かバウンドしたあと、またさっきと同じようにダーーッと走っていってしまいました。


 「あっ、またにげるきだなー! こんどはにがさないぞー!」


 小さな男の子も、追いかけるために走り出しました。

 ところが今度は、毛玉はキュッと急に止まって向きを変え、小さな男の子の方へ走ってきたのです。


 「ええ!? こっちにくるの!?」


 小さな男の子は毛玉に飛びかかられて、またも地面にひっくり返ってしまいました。


 「わーっ!」


 毛玉はそのまま小さな男の子の首元へ、わさわさと体をすり寄せました。


 「あははっ、くすぐったいよー!」


 小さな男の子も、毛玉を思う存分わしゃわしゃし返しました。


 こうして夕方になるまで小さな男の子は毛玉と遊んで、気がつけばやっぱり泥だらけになっていました。


 「あ、もうそろそろかえらないとおかあさんにおこられちゃう。きみもうちにくる?」


 小さな男の子は毛玉に手を差し出しました。

 毛玉はそれには答えず、小さな男の子に向かって突進してきました。

 今日何度目のことか、もう誰にも分かりませんが、とにかく毛玉は小さな男の子に向かって思いっきり地面を踏み切り、


 「はい、そこまでですよ」


 突然シルクハットをかぶった男の人が現れて、毛玉を分厚い皮張りの本で挟んでしまいました。


 「え?」


 小さな男子はぽかんと口を開けて、男の人を見上げました。


 「いやはや、私のコレクションがご迷惑をおかけしましたね。申し訳ない」

 「こ、コレクション?」

 「ええ、そうです。これは『もぬけのけだま』と言いましてね。私の数あるコレクションの中でも、一等気に入っているものなんですよ」

 「『もぬけのけだま』? へんななまえ」

 「おや、我ながら良い名前をつけたと思っていたのですが。……あれは、元は名も無きケダモノでしてね。そのままコレクションにするには大きいし美しくなかったので、私の魔法でちょいちょいと姿を変えてやったのですよ」

 「あ、だから『もぬけのけだま』なんだね! ケダモノからモをぬいたら、ケダマになるから! って、あれれ?」


 小さな男の子は大発見と手を叩きましたが、自分で言っていてどこかおかしいような、何かが違うような気がして、首をかしげました。

 男の人はうっそりと微笑むと、シルクハットをかぶり直して立ち去ってしまいました。


 「そう、君の言う通り。

 ノがマになったのだから、マをノに戻さなくてはいけないでしょう? それに気がつかないのなら、どれだけ抜かれたモを呼んでも意味はないというのに。

 まあ、人間を見れば襲い掛かるような野蛮な種に言っても無駄でしょうが……」


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